#7
俺は再び【通信傍受<インターセプト>】を唱える。すぐに遮断されるだろうが、情報収集にはこれが最適だ。
「なにがあったのか報告しなさい」
「分隊二つが敗北宣言をして殲滅されました」
「正確には数名の後衛が逃げ延びているので全滅ではないけどな」
「架神くんにやられたの?」
「いえ、森山葵にやられてますね」
「冗談でしょう?」
「残念ながら真実です」
「手段は?」
「おそらく【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】ですね」
「なに【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】って?」
「いわゆるメンヘラ系の特異魔法みたいで森山葵しか使えない魔法みたいですよ?」
「忌々しいわね。まあいいわ」
「次の戦術はどうしますか?」
「攻めたいところだけど籠城ね。架神くんだけでなく森山さんにも分隊とやれる破壊力があるなら迂闊な人海戦術は厳禁だわ」
なるほど的確な判断だな。敵陣が俺の不意打ちを警戒している以上、本命はネルの周辺に固めているのだろう。いきなり単独で乗り込んでどうこうなる展開じゃないよな?
「籠城、了解しました」
「ただしE班は哨戒を続けてくれるかしら? 発見しても攻撃せず監視を頼みわね」
「E班、了解しました」
ふむふむ。現在のネルは完全に指揮に徹しているな。そろそろ煽りの一つも仕掛けてみるか?
俺は【通信傍受<インターセプトⅢ>】を唱える。ここまでいくと傍受先の会話に割り込める能力を得るのだ。
「森山葵を舐め過ぎたな」
「なっ――?」
ネルの声が裏返る。明らかに動揺していた。
「かなり優秀な班員がいるみたいだが、結局のところ、お前が出て来ないと駄目なんじゃないか?」
「黙りなさい」
冷徹なネルの一声に合わせて通話が切れる。おそらく班員が魔法で解除したのだろう。きちんと宣告しておいたのだから再び通信することもない。どうせ無言で切られるだけだろうからな。
すぐさま俺は味方である森山葵に一報を入れた。
「上々の出来だ」
「本当?」
「ただしネルには響いていない」
「やっぱり?」
「挑発に乗ってくる性格じゃなさそうだ。むしろ組織的に動いてくるかもしれない。やはり単独で乗り込んだほうがいいかもな。籠城作戦が完成する前に切り込まないと面倒だ」
「どういうことですか?」
「向こうの会話を傍受していたんだよ」
俺は端的に知り得た情報を葵へ説明した。しばしの無言が返ってくる。流れを汲み取って向こうの発言の真偽を整理しているのだろう。
「つまり警戒されているわけですね」
「そういうことだ」
当たり前の会話を終えて俺は考える。
ネル班の残りは一個小隊を超える三十名以上だ。とりあえず突撃してなんとかなる人数ではない。それならどうするべきか? 葵の【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】もかなり期待できるが、それだけを信用して大掛かりな攻撃を試すべきではないだろう。
結局のところ、これしかないのだ。
「防御に徹した敵陣に俺が単独で突っ込む。なにか起こったら補助を頼むぞ。ただし俺が参ったと宣言したときは素直に降伏しろ。一人で勝ちに向かおうなんて考えるな」
「架神くんは【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】を信じてくれないんですか?」
「信じてるさ――だけどあと何回唱えられる?」
葵は押し黙った。
「強制召喚の制約は俺も理解しているつもりだ。魔術なら沖田小次郎を召喚するのに相当な触媒を積まなければならない話だろ?」
「いえいえ、沖田小次郎先輩は『お兄ちゃん大好き!』というとものすごく頑張ってくれるんです!」
どんな性癖やねん!
「どうにせよ俺の案は採用されるんだよな?」
「……えーっとですね……」
ふわふわした回答をしているが【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】は単純な魔法じゃない。切り札として使うことはあっても、決して常套手段には出来ない代物だ。
「わかっているよな?」
「はい、架神くんが私の魔法を信用できない理由はわかります」
「だったらもう使うな。あとは俺がどうにかする」
「それでネル班を倒せるんですか?」
「まあ……俺を信じろ」
結構な間を置いて俺は宣言した。
「わかりました。それで作戦はどうするんですか?」
「俺が【通信傍受<インターセプトⅡ>】を詠唱できることは知っているよな?」
「もちろんです」
「居場所を吐かせて速攻をかける」
「そんなこと不可能です!」
「真面目に考え過ぎだ」
「どういうことですか?」
「単純なことだ」
俺は悪辣な笑みを浮かべる。人間の容姿だとどんな表情になっているか知らないんだけどな。
「裏を掻くのが得意だから魔王になれたのさ」
「魔王?」
「忘れてくれ。ただの方便だ」
「もっと真剣に考えてください。負けてもいいんですか?」
「負けねえよ、俺たちは強い」
葵は少し戸惑ってから問いかけてくる。
「本当に?」
「ああ、本当だ。事実、困惑しているのは向こうだろ?」
「それは……確かに」
「ネル班は【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】なんて想定していなかった。それだけで俺たちの優勢なんだよ。戦局を左右するのは常に向こう知らない情報を持っていることだからな」
告げると葵は自信に満ちた顔をこちらへ向けた。
「本当ですか?」
「本当だよ。どうして疑う?」
「それならいいんです」
訳がわからない。ただ俺まで嬉しくなるような会心の笑顔で答えてくれた。
「通信傍受に強い奴がいる。まずはそいつを倒さないとな」
「どうするんですか?」
「もう一度喧嘩を吹っかける。当然無視されるだろうが効果はあるはずだ」
「わかりました、正面衝突するつもりなんですね。だったら教えてください。向こうの能力も知らずに戦うのは歓迎できません」
いつにもなく真剣な顔付きの葵がいた。
当たり前の話だ。模擬戦とはいえ冗談では済まされない。今この時間、俺たちは紛れもなく戦っているのだ。
「俺が知っているのはネルだけが強敵じゃないことくらいさ」
「…………」
「なんだよ?」
「それって情報になってませんよね?」
「仲間割れはやめようぜ。不利にしかならない」
「なななななんで私が怒られるんですか!」
「とりあえず敵陣を見つけて古代魔法でもぶち込んでやろうかな」
「あ、それはいい考えですね」
こいつもなかなかいい性格をしているな。
とはいえ本当に勝つなら当然の策だ。二対多数で遠慮をしていたら勝ち目はない。
「ちなみに【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】で呼び出した沖田小次郎はどれくらい活動できるんだ?」
「およそ一分です」
短いのか長いのか判断に悩むな。とにかく瞬間的じゃないことは確定した。
「作戦は簡単だ。敵陣へ乗り込んで殲滅する」
「そそそそそんなこと本当にできるんですか?」
「沖田小次郎の影牢は本物だ。一分間も無敵状態があるなら俺たちは勝てる」
「本当ですか?」
「認めなくはないが事実だ」
葵が嬉しそうな顔をする。その代わり忠告しておかなければならない。
「残念ながら俺たちの作戦は沖田小次郎の活躍にかかっている。あいつが奴に立たなかったらその時点の負けだ」
「架神くんは知らないんですか? 沖田先輩、優しいんですよ?」
むむむ、葵の照れた顔はちょっと可愛いな。
「それでどうする? 俺の作戦に乗ってくれるのか?」
「当然です。架神くんはなんのために班を組んだんですか?」
平気でそういうことを言うんだもんな。
「この模擬試験、俺は負けるつもりがない」
「私でもです。でもどうして今?」
「覚悟を決めるおまじないだ」
「まったく意味がわかりません」
「つまりこういうことだ。超高等魔法【瞬間転移<テレポ>】」
不意に目の前にネルが現れる。呆気に取られているのか互いの班がなにもできなかった。
「こここここんなことができるんですか!」
二つ括りの三つ編みを揺らして葵は驚いていた。
「さっさと沖田小次郎を出せ」
「わかりました。【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】」
状況を把握できていない所為か逆に俺の指示を手早く受け容れてくれる。このとき俺は森山葵の凄さを体験することになった。召喚された沖田小次郎はすぐさま【影牢<シャドウプリズン>】を張った。古代魔法さえ防げるとんでもない魔法だ。
「ご指名頂きました、沖田小次郎です」
「なっ――!!」
ネルが赤面した。そういや小次郎信者だったな。
美貌の先輩は律儀に自己紹介する。まあ唯一の問題点を指摘するとなればすでに全裸ということなのだが、最初から全力を出してくれていると考えればそれはそれで素敵なことだ。
冗談抜きで【影牢<シャドウプリズン>】の精度が違う。脱げば脱ぐほど強くなるというのはどうやら真実らしい。ちなみに森山葵は見たくない感じを装いながら指の隙間からがっつり覗いていた。
「ネルか……厄介だぞ」
「知っているのか?」
「あのな……知らないほうがどうかしている。未来視という得体の知れない魔法を持っている天才だ」
「それでもあいつを止められるんだろ?」
「わからん」
「全裸の割に随分と弱気だな」
「お前こそ攻略の手段はあるのか?」
「あるにはある。防御は任せていいんだな?」
「誰に物を言っている? 俺の影牢は無敵だ」
癪だが事実なんだよな。古代魔法を防ぐとか意味がわからない。こいつのいる一分で勝負を決すれば俺の勝ちだ。
「頼んだぞ」
「任せておけ」
俺は魔法陣を多重展開する。誰がどんな使い手なのか知るにはこれが一番だ。これで仕留められるとは考えてもいないが、それぞれの得意とする分野を見抜くとこはできる。
「この魔法で五人倒されるわ。まずは向こうの女子を標的にしなさい!」
未来視を持つネルの声が響き渡る。なるほど見事な戦略だ。
まず一番弱そうなところを狙うのは定石だが影牢がある限り異なる。ネルがどれだけ凄腕だとしても影牢は破れない。古代魔法をぶち込んだ俺が言うんだから間違いない。
多重攻撃を仕掛けた俺の魔法陣から放たれた炎の刃がネルの宣告した通り五人を降参に追い込む。即効性だけを重視した簡易な魔法だが、雑魚を間引く方法としては最適である。もちろん反撃も受けているのだが、奴の影牢がすべてを防いでくれた。全裸の変態なのに格好いい風なのがすごく嫌だ。
「奇襲に驚いて陣形乱れ過ぎ! こんなしょぼい魔法なんて冷静に対処すれば防げない攻撃じゃないでしょう!」
言ってくれる。だが真実だ。
しかし充分な戦果はあった。冷静な判断を欠いた連中を五人も減らせたんだからな。
「とにかく小次郎様をなんとかして!」
ネルが叫び別の女子生徒が即答する。
「あれはあれで御馳走じゃないですか?」
「馬鹿!」
もうすぐ一分が経過する。奇襲が成功しただけで戦局は緊迫していた。無敵の防御が失われれば局面はすぐにでもひっくり返るかもしれない。おそらく【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】の連続使用は無理だろうからな。
さてどうする?
「葵、絶対にネルと目を合わせるなよ」
「そそそそそんな言われても、どうやって戦うんですか!」
「雑魚だけ倒してくれればいい」
ネルは俺たちの作戦会議を黙って見過ごしてなんかくれなかった。
「向こうは二人、こっちは十倍も戦力があるのよ。これで負けたら魔法学園を退学させられるかも知れないわ。陣形を整えて冷静に弱点を見極めてそこを突けば怖れるに値しない班よ。架神くんは私が死力を尽くして止める。覚悟を決めて臨みなさい!」
明らかに班員たちの顔が変わった。
「グレイス、カル、エレナの三人は私を援護して頂戴」
瞬時にネルは護衛の選択を済ませた。傲慢なようで班員の適性をきちんと把握している。しかも俺の苦手な班構成を知っているかのように四人かよ。
求心力といい厄介な奴だ。