#5
俺は学園が届けてきた制服に袖を通す。
今日が初登校である。ぞくぞくと新入生が正門を潜り学園へ足を踏み入れていた。校章に種類があることから階級章も兼ねているのだろう。第十五種である俺の校章は逆十字が刻印されていた。シンプルだがデザインは悪くない。第三種や第五種の模様も確認しておけばよかったな。
ディスタニア魔法学園の正門を抜けてすぐのところに大きな掲示板が出されていた。魔法・魔術・科学ごとに組分けが載っている。どうやら俺は魔法科の三組に振り分けられたらしい。
俺は案内図と一緒に配布された資料を確認する。
学園には学科と実技の二つの試験がある。学科は魔法科目を魔術や科学の使い手が選択することもできるらしい。もちろんその逆も然りだ。あとで履修科目を考えないとな。実技に関しては問答無用でなんでもありだ。
ぼんやりと歩いていると制服姿のミントを発見した。私服姿とは違い凛としている。
「おはよう」
挨拶するとミントは視線をこちらへ向けてきた。ちょっと面倒臭そうな表情をしている。
「あのさ」
「なによ?」
俺はミントの隣を歩きながら問いかけた。
「妙に注目されているような気がするんだが?」
「…………」
「俺の勘違いか?」
「朝から噂になっているわ」
「なにか知ってるのか?」
「そうね。怒らず最後まで話を聞いてくれるなら教えてあげてもいいわ」
「もちろん」
「その校章」
ミントは残念そうに俺の校章を示した。
「第何種かを示したものじゃないのか?」
「そうよ」
「逆十字って第何種なんだ?」
「学園創設以来、初となる刻印よ」
「どういうことだ?」
「落第者の刻印」
淡々とした口調でミントは宣告する。
「魔法学園は魔法・魔術・科学いずれかに優れた者だけに入学案内が届くのはおわかり? それなのに適正がないなんておかしいでしょう? 架神くんは学園初の落第者に認定されたわけよ。ここはおめでとうと言ったほうがいいのかしら?」
「なるほどな。それで噂になったわけか?」
「そうね」
階級をどういう判断で決めているのかわからないが、少なくとも元魔王に落第者の烙印を押すとは笑えない。審査方法に問題があるとしか言いようがないな。
そのとき遠くで鐘が鳴った。
「私の組は科学だから失礼するわ」
「魔法の俺と組が被るわけがないんだよな」
独りごちて俺は目的地へ向かう。案内図を確認しながら教室へ到着した。扉を開けて入室すると下り階段のようになっており、机と椅子を抜けた先の一番下が教壇となっている。適当な場所を選んで着席した。
「皆さん、席に付いてください」
白い法衣を纏った女性が教室に入ってくる。理智的な巨乳の白銀髪の美女だった。当たり前かもしれないが男子生徒からの評判はすこぶるいい。反対に女子生徒は発言の度に苛々としていたけどな。
「担任のアリシアです。よろしくお願いしますね」
教官というだけあって魔力の波動は大したものだ。少なくとも第六種以下の生徒では歯が立たないだろう。しかし第三種の沖田小次郎ほどの脅威は感じられなかった。
「まず委員長になりたい人は立候補してください。それから各委員を決めていきます。午前中に終わらせたいので速やかにお願いしますね」
言い終えるとアリシアは魔法陣を描き出した。教室の空気が途端に重くなる。これは強制的に空間の重力を増す高等魔法だ。
「これは【超重力<ペイン>】という魔法です。この状況下で挙手できる者だけが委員長になる資格があります」
俺は迷いなく手を挙げた。ざわざわと教室の雰囲気が変わる。落第者が立候補しただけでこの状況は考えものだな。
「架神くんでしたっけ? 残念ながらあなたには資格がありません」
「なぜです?」
「あなたが混血種だからです」
「えーっと……混血種が純血種に劣るとは限らないでしょう?」
むっとしたのかアリシアの言葉に刺が含まれる。どうやら教官は純血種らしい。
「学園の規則を批判するつもりですか?」
「優秀な生徒が委員長をしたほうが三組のためになると言っているんです」
「それなら実力を証明してください」
「実力を証明できれば立候補しても構わないんですね?」
「できればの話です」
しかしどうしたものだろう?
いきなり喧嘩を吹っかけてきた悪辣な先輩と違い、美人教官と一戦交えるわけにもいかないからな。俺は不完全な魔法陣を多重展開する。
「文字の羅列に矛盾があります。アリシア教官は修正できますか?」
「失礼な新入生ね。これでいいんでしょう?」
アリシアは不完全な魔法陣の文字羅列を簡単に修正した。さすが教官だけあって知識は半端ない。しかし俺の実力を示すのはこれからだ。
「次は教官が難易度の高い不完全な魔法陣を出してもらえますか? それを解けたら俺の実力を認めてほしいんですけど?」
「いいでしょう」
アリシアは長い詠唱時間を経て立体魔法陣【多重索敵<サーチライⅢ>】を発動した。なるほど監視の専門家というわけだな。この魔法を使える奴を俺は五人しか知らない。
「さあ、答えられますか?」
「七箇所と言いたいところだが――十箇所ほど改善できるな。間違いを除いてこことこことここの文字羅列を変更すれば二割は精度が上がる。アリシア教官ならわかりますよね?」
しばらく沈黙したあとアリシアは答える。
「あの……ですね……これは?」
「矛盾だけでなく組成式にも改善を加えました。どうですか?」
「…………」
「あの?」
「えーっと……そうですね……わかりました。あなたの立候補を認めましょう」
アリシアは簡単に納得してくれた。実力もある上にただの堅物でもないらしい。ある意味で信頼の置ける教官だ。
「それでは改めて立候補者は挙手してください」
希望者が一斉に手を上げた。俺を含めて七人もいる。その中で一番気になったのは白銀髪ボブカットの赤縁眼鏡をかけた女子だ。どういう特性を持っているかわからないが、ほかの候補者とは異なる魔力を発していた。
「あなた……ネル・イニエスタさん?」
教官であるアリシアまで驚いていた。
「てっきり科学を選ぶと考えていました。ということで委員長はネルさんでいいですか?」
どういうことやねん!
と――心の中で突っ込んだのは俺くらいでほかの立候補者は納得している。じろじろと見ていた所為かネルが声をかけてきた。
「小次郎様を最初に全裸にさせる新入生は私。邪魔をしないでもらえる?」
「いやいやいや、むしろ全裸になってほしくないだが?」
「そう。小次郎様が全裸になったらあなたは二秒でさよならよ」
沖田小次郎信者どんだけやばいねん!
「悪いけど一対一なら沖田小次郎に負ける気はしないぞ?」
「勝てない人ほど強気な発言をするものよ」
「確かにな! だけど俺は違う」
「二人とも静かに!」
アリシア教官が忠告する。今にも魔法陣を展開しそうな気配だ。監視の専門家とはいえ侮れない。ネルもそう判断したのか余計なことは言わなかった。
「とりあえず話を戻しましょう。委員長はネルさんで大丈夫ですか?」
「俺は反対しているんですが?」
「ほかの候補者はどうですか?」
どうやらここは民主制らしい。俺的にはまったく納得していないんだが仕方ないな。
「ネル・イニエスタ。適性は科学七割魔法三割。これから委員長として頑張ります」
ちょっと待て! 俺のすごいことやった感どうなったん? めっちゃ無視されてない? 少しだけでも褒めてよ!
「次は各委員を決めていきます」
驚くほど速やかに各委員が決まった。委員長になれなかった俺は放心状態になっていたこともあり、あれこれ発言することもないまま時間を費やしてしまっていた。
「それでは班分けを行います。班長は立候補制ではなく、本人が望んだ方を選んでください。まだよく知らないでしょうから第一印象で構いません。班には人数制限がありませんので大人数の班になることもあります。逆に一人でも班員がいれば班は成立しますので安心してください。あといつでも班を変更することも可能です。ただし班長は班員を班に入れるかどうかの権限があります。また班員が一人もいなくなった場合、班長はその資格を失いますので気を付けてください」
長としての器量を試す仕組みというわけだな。
「なあ、おい。どうする?」
「やっぱり、ネルの班だろ」
「そうだよな。とんでもない魔力の持ち主だから間違いない」
「おそらく成績にも影響するだろうから強い班を選ぶしかないよな」
事実、ネルのところへ生徒が集まっていく。
さて俺はどこの班を希望するべきだろうか?
そんなとき森山葵が近寄ってきた。
「私たちで班を作ることってできるのかな?」
「アリシア教官の話を聞く限りなら大丈夫かもしれないぞ? 二人以上いれば班は成立するみたいだからな」
「ほかの班に入りたくない。架神くん、班長になってもらえないかな?」
とんでもない要求をする奴だ。
「なんで俺なんだ?」
「ほかに頼める人がいないんだもん」
「ちょっと可愛い言い方をしても無駄だ」
「私じゃなくミントさんが頼んだらOKしたんじゃないですか?」
「んんん……どうだろうな」
俺は腕を組んで一考する。元魔王としては委員長になりたかったが、それが叶わないなら班長という手もありか? というより本題はミントに頼まれたら班長になるのかというほうだろうな。
「ミントに頼まれても葵に頼まれても班長になるよ。これじゃ駄目か?」
「なななななんですかそれ?」
森山葵は変な抵抗をする。
「俺はこの学園で少しでも上の立場になりたい。委員長になれないなら班長になるのは当然じゃないか?」
「そうなんです?」
「事実だ。その代わり迷惑はかけるかもな」
「架神くんなら大丈夫じゃないですか?」
「葵が班にいてくれるなら心強い」
「それじゃあ、決まりですね」
葵は会心の笑みを浮かべる。
「班分けするってことは必然的に班対抗の試験があるはずだ。おそらくそれで成績を付けるわけだからな。それでもいいのか?」
「私は構いません。その代わりミントさんが相手でも手加減しないでくださいよ?」
「…………」
そういやそうだ。
実技に関しては問答無用だったな。
「架神くん?」
「当然……本気でやる」
「ちなみに私は攻撃魔法が主体なんです」
「俺も防御より攻撃が主体だから相性は悪いかもしれないな」
「沖田小次郎先輩がいたら完璧なんですけどね」
「あいつの影牢はおかしいからな。古代魔法を止めるとか意味がわからない」
「古代魔法を詠唱できる架神くんも相当おかしいんですけどね」
まあ、元魔王だからな。
そんな会話をしながら俺たちは班を組むことになった。