#4
「沖田先輩も反省してください。新入生を相手に全裸はあり得ません」
文字通りに受け取るとただの変態だからな。とはいえ審判団の慌てようを考えると、沖田小次郎の実力は本物なのだろう。いや、それだけではない。双子の姉妹も干渉結界は大したことなかったが能力そのものは未知数だ。
「悪かったよ。古代魔法を放つ新入生なんて初めてだから調子に乗ってしまった」
制服を着直しながら沖田小次郎は双子姉妹に返答する。その言葉を受けて審判団が胸を撫で下ろしていた。
「本当に頼みますよ、小次郎さんが本気になると教官を呼んで来ないと収拾が付かなくなるんですからね」
「ほんとそれ、すっごい面倒臭くなる」
「しかも沖田先輩が全裸で暴れてますって報告すると大概の教官は聞こえなかったことにするんですよね」
「あと見学に来る女子生徒が多過ぎ。結界を張るこっちの身にもなってほしい」
「だから悪かったって言っているだろ?」
沖田小次郎が愚痴る仲間を窘めた。確かに反省している様子だが、少しだけ嫌味に反論している。とはいえ仲間から絶対的な信頼を得ている様子でもあった。
「それに喧嘩を売ってきたのは新入生のほうだろ? 俺だけを責めるのは筋違いだ」
審判団の視線が俺に向けられる。しかし批判はされなかった。喧嘩両成敗という判断でも下したのだろうか? いや、あるいは話を長引かせなくなかったのだろう。とことこと森山葵が近寄ってきて頭を下げる。
「すいません、私の所為でご迷惑をおかけしました」
「いや、それより教えてほしいことがある。あれは超強力な誘惑系の魔法か魔術か? 俺の調べた限り科学にその手のやつはなかったからな」
「どういうことですか?」
「沖田小次郎を誘惑した方法だ。あいつ級を惑わせるなんて相当な使い手だろ?」
「えーっとですね、沖田先輩は下級生が『お兄ちゃん』て呼ぶと大抵優しくしてくれるんです」
どんだけ性癖持っとんねん! 盛り過ぎやろ!
「とりあえず適性検査に戻ったほうがいいんじゃないか?」
沖田小次郎に促されて俺と葵は適性検査の部屋へ移る。どうやらタイミング的には丁度よかったらしい。
「適性検査の準備が整いました。それでは順番に受けてください」
用意された水晶玉を合格者の一人が手に取ると色が変化した。なるほど何色に変わるかで適正を判定するわけだな。俺も適当な水晶玉を手に取るが変色しない。どういうことだろうか? たまたま壊れている水晶玉を選んだだけかもしれないので、別のものに取り替えるがやはり色が変わらない。
「これはどういうことだ?」
「適正がないということです」
元魔王の俺が適正なし? いやいや、前向きに考えよう。すべてに適しているから変化しないのかもしれない。
「おいおい、あれなんだ? 赤と青の斑模様の水晶玉になったぞ」
「適正の数だけ色が混ざります」
俺の前向きな思考が一瞬で全否定された。
瞬間、床に魔法陣が展開されて隔離される。俺だけではなく全員がそうなのだろう。適性検査は英雄バルザックについての質問だった。俺自身の体験談を聞かれているのだから答えられないわけがない。
約一時間に及ぶ質問が終わるとようやく解放された。隔離された魔法陣から出るとミントと森山葵が待っていた。
「この新入生とどういう関係なんですか?」
「この新入生とどういう関係なのかしら?」
なぜか二人は互いを指差しながら詰問してくる。なにがなんだかわからない俺はあたふたしながら説明した。
「どちらも今日知り合ったばかりだよ。おそらく大半の新入生がそうだろ?」
「ミントさんにはあなたから声をかけていましたよね?」
見てたんかい!
「昔の知り合いに似てたからだよ。ところでミントはなんで怒っているんだ?」
「変な新入生が架神くんについてしつこく聞いてきたからよ」
「だったらもう揉める理由はないだろ?」
なんとなくだが理解してくれたらしく、二人は怒りの矛を収めてくれたらしい。丁度いい機会だと考えた俺はがらりと話の方向を変える。
「どうして待ってくれていたんだ?」
「沖田小次郎先輩との仲介を頼んで置いて帰れるわけないじゃないですか?」
「いきなり話かけておいて知らんぷりで帰るつもりだったのかしら?」
二人はそれぞれの理由を答える。不思議な気分だ。魔王時代は感情を直接ぶつけられることはなかったからな。わざわざ待ってくれていた二人の女子に、じゃあと帰るなんて薄情なことはできない。
「合格祝いに三人で飯でも食べるか?」
「それなら私の寮に来ませんか?」
「どういうことかしら?」
葵の発言にミントは小首を傾げた。怒っているというより本当に意味がわからないという感じである。ちなみに俺は使い魔の鴉から学園の寮システムを聞いていたので驚きはない。
「二人は通学するんですか?」
「当面は通学かしらね」
「俺は寮希望だ」
「それなら早く申請を出したほうがいいですよ? 階数は成績で決まるみたいですけど、部屋の選択は申請順らしいですからね」
「なるほど――あとで申請しておくよ」
案内されたディスタニア魔法学園の寮は、東西南北四つの棟からなる、二十五階建てのとても豪奢な代物だった。それぞれ十階までが新入生に当てられているらしく、それより上は成績次第で割り当てられるということだ。
「私の部屋は東館の一○二五室です」
「ここの生徒ってそんなに多いのか?」
「そういうわけじゃありません。上の階は部屋数が少ないんです。二十一階以上はワンフロアに一部屋だけですからね」
つまり特権階級な奴だけが入寮を許される場所というわけだ。東館の一○二五室は1LDKの広さだが、生活必需品はすべて揃っているという感じで、住み心地はかなり良さそうな印象を受けた。
「いい部屋ね。私も寮生活にしようかしら?」
あれこれ見ていたミントも気に入っている様子だった。俺は寮のパンフレットを見つけたので葵に聞いてみる。
「見てもいいか?」
「もちろんです。今日中に申請するなら私の隣の部屋が空いているかもしれませんよ?」
「森山さんって沖田先輩のことが好きなんでしょう? どうして架神くんに優しくするのかしら?」
「そそそそそんなの私の勝手じゃないですか?」
「まあ、いいわ。今日だけで五十人に告白された私が本気を出せば森山さんに負けるわけがないもの」
「うううう嘘はいけません。ミントさんが今日会話したの五人だけじゃないですか?」
「監視してたのかよ!」
「ぼっち率九十五パーセントを超える私を舐めないでもらえないかしら?」
「自慢することじゃねえ!」
というか仲裁に入らないと収拾が付かなくなりそうだ。俺はミントと葵の間に割り込んで言い争いを止める。
「とりあえず仲良くしようぜ。それとも最近の女子は喧嘩をするのが流行ってるのか?」
「当然のことだけど魔法学園の生徒は強気な発言者が多いわよ?」
「逆に弱そうに演じて隙を狙う人も多いです」
どんだけ殺伐としてるんだよ。人間と魔物の混血種が存在する世界でも、欲望だけは以前の世界と同じというわけだな。
「あら、すごいわね」
寮のパンフレットを持ち上げたミントが驚いている。どうやら十六階以上の寮生は食事まで学園が準備してくれるらしい。
「今日、私の寮へ案内したのはそれが理由です。沖田小次郎先輩が豪華な料理を御馳走してくれるそうなんですよ」
「なるほどな。それなら寮に誘いたくなるわけだ。どんな料理が運ばれてきたかの証人だし、なにより沖田小次郎の味覚が知れる」
「その沖田先輩って何棟の何階なの?」
「東棟の二十一階みたいです」
それで迷いなく東棟を選んだんだな。しかしワンフロア一部屋で料理まで付いてくるとは最高だ。俺も逸早くその辺りを目指さないといけないな。不意に玄関の呼び鈴がなった。
「沖田小次郎様よりルームサービスをお届けに参りました」
葵が大歓喜で招き入れると料理はびっくりするくらい和風だった。あくまで森山葵への御馳走であり、ミントが来ることなど想定していなかったのだろう。
色・香・味と三拍子揃ったのが和食の特徴であり、その繊細さを考えると、魔王時代に食べていた豪快な食事とはまったく別物だ。
「しかしすごいな」
とにかく天ぷらに目を奪われた。
まるで焼き芋を半分にしたような分量がある薩摩芋、細切りされた人参は花火のような装飾品と化している。どちらもとんでもない技術で揚げられていた。正直なところ俺はここまでの天ぷらを食べたことがない。
「二十一階以上は別世界ね」
「確かにな」
「ところでこれは美味しいのかしら?」
「ミントは知らないかもしれないが、これがなかなか美味しいんだぜ。衣はさくっとしているのに中は熱々で旨味を閉じ込めているんだ」
なにせ転生してからの大好物だからな。
俺と葵がおすすめしているとミントが最初に薩摩芋の天ぷらを口へ運んだ。どうやら途中で箸が止まるくらい美味しかったらしい。
「なにこれ美味しいわ」
「焼き芋に近い食感なんだけどわかるか?」
「知るわけないでしょう」
「だろうな」
俺はミントから葵へ視線を向けた。この表現が正しいかどうかはわからないが、こんなに美味そうに天ぷらを食べる奴を初めて見た。沖田小次郎からの御馳走ということで喜んでいるのかもしれないが、それにしても美味しくなければこんな極上の表情は浮かばないだろう。
「さすが沖田小次郎先輩です」
「いやいや、そこは調理してくれたシェフを褒めるべきだろ?」
「いえいえ、違うんです。ここに並んでいる料理はすべて沖田先輩の手作りなんですよ? だから私は二人を寮へ誘ったんです」
あいつ……女子力高いってレベルじゃねえだろ。そもそも女子じゃないけどな!
「この料理好きだわ。どういう食べ物なの?」
「天ぷらという食べ物です。ただここまで綺麗な出来上がりなのは珍しいですけどね」
「確かにこの人参天ぷらの造形美はすごいわ」
女子二人が天ぷらで盛り上がっている。
「これだけ美味しいなら沖田先輩に天ぷらの作り方を教わろうかしら?」
「待ってください! それは私の役目です!」
「私が教えてもらっても問題ないでしょう?」
「そういうことではないんです!」
「あらそう、それなら遠慮するわ。その代わり美味しい天ぷらを作れるようになったら御馳走してくれるかしら?」
「えーっと……それなら大丈夫です」
なにやらわけのわからない会話が繰り広がられている。俺だけが無視されているのは気分が悪いが、それでも女子二人の会話を聞けるのは参考になる。
「ところで沖田小次郎って何者なんだ?」
「本当に知らないんですか?」
「知らないな」
「すでに教官採用試験にも合格しているとんでもない方なんです」
「なるほど」
それなら辻褄が合う。あれだけの使い手がただの生徒というほうがおかしい。全裸になろうとしたときの審判団の慌てようを考えれば尋常じゃないことは明白だ。
「塩だけでこれだけ美味しいなんてびっくりだわ。本当に不思議な食べ物ね」
「沖田小次郎先輩の自家製塩ですからね」
「自家製?」
俺とミントの声が重なる。嫌な予感しかしない。
「はい。沖田小次郎先輩の汗から――」
「やめて!」
再び俺とミントの声が重なる。
「冗談ですよ? 沖田小次郎先輩がわざわざ自家製の塩を作るわけないじゃないですか?」
「世の中には笑えない冗談もあるんだよ!」
「この件に関してだけは私も架神くんに同感だわ。でもまあ天ぷらという美味しい食べ物を紹介してもらったということで納得しましょう」
「まあ、確かに天ぷらは美味かったからな」
それから他愛無い話をしながら食事を済ませた。