#3
「合格者は円卓の間へ集合してください」
上空から鴉の声が届いた。円卓の間は闘技場を出てすぐの場所にある。歩き始めた俺の背中にグレンの吐き捨てるような声が投げかけられた。
「……化け物め……」
円卓の間にはすでに多くの魔族たちが集結していた。ぱっと見で百名ちょっとくらいだろうか? いかにも魔物という種族もいるにはいたが、ほとんどは人間の容姿をしているため、なにかしらの方法で擬態しているのだろう。
「これから適性検査を開始します。準備が整うまでご自由にお待ちください」
「ここにいる全員が同級生になるわけか?」
ざっと見回すと結構な数に視線を逸らされる。グレンとの戦闘を目の当たりにしていた連中が怖れているのだろう。しかし真逆の考え方をする奴もいるらしい。
「あの……さっき沖田小次郎先輩に声をかけられてましたよね?」
三つ編みを二つ括りにした少女である。制服を着ていないので今年の合格者みたいだが、すでに入学している誰かを知っているらしい。黒縁眼鏡をかけた大人しそうな少女なのだが、この俺に話しかけられるくらい度胸があるようだ。
「うーむ」
三人の容姿を頭の中で照らし合わせてすぐに沖田小次郎が誰なのか目星が付いた。
「ひょっとして沖田小次郎先輩ってのは裸王のことか?」
「知り合いなんですか?」
「そうじゃない。三人とも同国の出身ということで気が付いた」
「どういう関係なんですか? 沖田小次郎先輩、興味のない人には声なんてかけないんです」
「あんたも今回の合格者だろ? 随分と詳しいな」
「知らないんですか? 沖田小次郎先輩と知り合いたくて入学する女子多いんですよ!」
「つまりあんたもそういう不純な動機で受験したわけか?」
「ちちちち違いますよ! 私はただ優秀な先輩に魔法を教えてもらえたら嬉しいなあと考えただけです」
それでも充分に不純な動機だ。しかし面白い奴が転んできた。
「あんたの名前は?」
「森山葵です」
「一つ提案がある」
「なんですか?」
「沖田小次郎の力量を知りたい。そのとき葵を利用しても構わないか?」
「いや、あの、言っている内容がほとんどわからないんですけど?」
「一言にまとめれば沖田小次郎と会えるということだ」
「本当に先輩を紹介してもらえるんですか?」
三つ編み少女は若干話を盛りながら瞳を輝かせる。恋する乙女の気持ちは大切にしたいが、沖田小次郎と交戦するためのいい機会だ。
「結果的にはそうなるかもな」
「早速、お願いします」
葵は九十度くらい頭を下げた。利用してもいいかと聞いたのに随分と持ち上げられている。かなり変わった性格の持ち主らしい。
「それじゃあ、あいつのところへ連れて行ってもらおうかな?」
「なななななんで私に頼むんですか?」
「どこにいるか知っているんだろ?」
「確かに……知ってますけど……本当に紹介してくれるんですか?」
「少なくとも葵の顔と名前は憶えてもらえるだろうな」
「…………」
「どうする?」
「お願いします」
どうやら隣が審判団の部屋だったらしい。扉を叩いて許可を得て入室する。約二十人くらいの審判団が在籍していた。俺が対戦したソレルからケットシー、沖田小次郎と双子姉妹まで揃っている。
「おっす、なにか用でもあるのかい?」
「合格者とはいえ受験者が審判団の部屋を訪れるのは御法度ですよね?」
「僕が審査した後輩でね。気に入っちゃった」
「気に入っちゃったじゃありません」
双子姉妹が獣人のソレルを責める。それから話の矛先が俺に向いた。
「どういう用件ですか?」
「沖田小次郎ってそいつだよな」
「おいおい、試験に合格したくらいで王様気取りじゃないだろうな?」
奥から美貌の先輩が出てくる。姿を現しただけで威圧感が違う。警戒態勢にならなければ一撃で倒されてもおかしくない。
ところがだ。葵は不用意に歩み出る。
「お兄ちゃーん」
ほかの審判団も即座に臨戦態勢を取るが、あまりに無防備な行動なので攻撃は仕掛けない。虚を突かれたのか動けない審判もいた。沖田小次郎本人も困惑したようで周囲に尋ねる。
「いやいや、こいつ誰よ?」
「妹じゃないの?」
「妹じゃないんですか?」
ソレルと双子姉妹が詰問する。
「違う。だから聞いているんだが?」
「それならどうやって知り合ったわけ?」
「どうやって知り合ったんですか?」
「今回の試験を担当しただけだが?」
「…………」
「…………」
場の空気がはっきりと変わった。
「黙るなよ?」
ほかの審判団が言いたいことはわかる。露骨なくらい森山葵を見る目が変わったからだ。なぜ兄と呼ばれているかより沖田小次郎が合格を出したことが珍しいのだろう。しかし俺にしては嬉しい情報だ。こいつを倒せれば学園の程度が知れる。
「そいつをかけて俺と勝負しないか?」
「意味がわからないんだが?」
「森山葵をかけて俺と勝負しろってことだ」
「さっぱり意味がわからない。ただ喧嘩を売りにきたことだけはわかった。お兄ちゃん頑張るから離れていろ」
その設定受け入れるんかい!
「お兄ちゃん?」
「安心しろ。俺は妹を守るとき誰よりも強くなれる」
あれ……なんか俺が悪者っぽくなってないか?
まあいい。こいつの実力を計れれば現代と過去の強さ関係がはっきりする。
「あんたの階級は?」
「第三種だ」
最初からわかっていたことだが、才能の世界に到達した奴である。油断は禁物だ。沖田小次郎は心配そうに見守る森山葵を離れさせると俺の眼前に立ちはだかった。
もう完全に俺が悪者やんけ!
「ちなみに俺は強いぞ。畏敬の念を込めて皆から裸王と呼ばれている」
「その二つ名も受け入れてるんかい!」
こいつ……いろいろな意味で強いな。どんな心臓しとるねん。
「とりあえず闘技場へ向かおう」
ここで戦う空気感すごかったが、その辺の常識は普通にあるんだな。そんなわけで闘技場へ向かう。審判団も面白がって連れ立ってきた。対峙した美貌の上級生に俺は確認する。
「なんでもありでいいんだよな?」
「もちろん」
刹那――俺は電光石火の一撃を食らわせる。
否――はずだった。ソレル並みの速さで背後に回り攻撃したのだが、完全に見切られたようで逆に腕を掴まれてしまう。
「嘘だろ!」
俺は奴の手を振り解き魔法陣を展開する。情けない話だが攻撃ではなく防御の魔法だ。俺の不意打ちを簡単に止める奴に、このまま仕掛けるのは危険過ぎる。
「おいおい、俺はまだ一枚も脱いでないぜ?」
ぐいっと首元のマフラーを掴み小首を傾げる。なぜか異常に格好いい。審判団の女子連中が悲鳴に近い歓声を上げている。
「新入生、本気で来いよ?」
「いいだろう」
俺は右手首を左手で握る。すぐさま第五種以上の審判団が警戒態勢を取った。逃げるというより各々が連携を取り非常事態に備えている感じだ。
「本気でいいんだよな?」
「二度も言わせるな」
多重展開させていた魔法陣が同時に発動する。視認性を極限まで下げて超速度で移動、真横から黒虎の模した攻撃魔法【暗殺黒虎<アムール>】を放つ。瞬殺の代名詞みたいな魔法だが、その効果は鮮明でわかりやすい。放たれた黒虎は五匹に分裂して標的の身体を食い千切る。
だがしかし――奴を食い千切ろうとした五匹の黒虎が干渉結界に阻まれる。この瞬殺魔法を退けるとは意味がわからない。人間という脆弱な器でも魔力は確認している。普通なら第一級の干渉結界でも破れるのだが?
「とんでもない干渉結界だな?」
「おいおい、その呼び名は関心しないな。俺が使ったのは干渉結界じゃなくて【影牢<シャドウプリズン>】だ」
「【影牢<シャドウプリズン>】?」
「不勉強な奴だな」
いや、知らないわけではない。ただ俺が魔王をしていた時代に影牢を張れる魔物は二体くらいしかいなかった。正直なところ防御系を苦手にしていた俺は魔王でありながら使えない。
「だったらこれは受け止められるか?」
俺は古代魔法である【灼熱極炎<フレア>】の詠唱を始めた。
「いいぜ。俺の影牢は誰にも破れない」
この世界にも古代魔法を受け止めるという馬鹿がいた。これを防がれたら俺に勝ち目はない。ただ古代魔法を受けて生き延びれた奴を俺は知らない。つまり勝負は目に見えていた。
しかし詠唱を終えるまで審判団は誰も邪魔して来ない。沖田小次郎の影牢をそこまで信用しているのだろうか?
「覚悟はいいんだな?」
「能書きはいい。さっさと来いよ?」
「【灼熱極炎<フレア>】」
真紅の超高熱の玉が破裂し獄炎が対象者へ向かう。しかし絶対零度を上回る絶対高熱が奴のところへ届かない。【灼熱極炎<フレア>】と【影牢<シャドウプリズン>】が正面衝突し、漏れた魔力だけで地面や闘技場が傷を負っていく。
「とんでもない破壊力だな。俺も本気を出す必要があるようだ」
古代魔法が今のところ影牢に阻まれている。しかし時間の問題だろう。ところが沖田小次郎は上着を脱ぎ始めた。ちょっと待て、普通マフラーが最初だろ?
上半身を完全に脱ぎ切ると奴の影牢が強度を上げた。ごりっごりに防がれている。ほかの魔法ならともかく古代魔法フレアだぞ?
「おいおい、こんなものか?」
下半身を脱ぎ始めようとしたとき、焦ったように審判団全員が動いた。まるでこれ以上長引けば俺が負けるというような扱いだ。元魔王としては許し難い屈辱である。
「新入生、悪く思わないでくれよ。これはこちら側のルールなんだ」
「ソレル、どういうことだ?」
「全裸マフラーになった時点で僕たちじゃ止められなくなる」
「なるほどな。しかしそんな理由を俺が飲む必要は――」
次の瞬間、ソレルが俺の喉元を掴んでいた。
「お願いじゃなくて強制なんだよ。悪いね」
俺が発動中の魔法を中断するとソレルも手を放した。相変わらず速い。素早さだけなら沖田小次郎より上なんじゃないか?
「新入生、勝敗は持ち越しで構わないか?」
場が落ち着いたところで半裸の上級生が問いかけてくる。
「冗談じゃない。仕切り直しだ」
「駄目です。これ以上の戦闘は審判団が許しません」
双子の姉妹が口を挟んでくる。俺の合格を取り消したり再合格にしたり面倒な二人だ。
「無視したらまた合格取り消しか?」
「いえ、審判団全員であなたを処分します」
俺の聞き間違いだろうか?
「処分?」
「あなたの力量は計り知れませんが、私たちを相手に勝つことは不可能です」
審判団が臨戦態勢に入る。確かに魔王時代の俺でもこいつら全員を相手に勝てる気はしない。そもそも約二十対一とか数の暴力ちゃいますのん? 仲間は三人までと縛りかけてた勇者より容赦なくない? ただ逆に考えれば眷属としては頼もしい連中だ。
「俺の負けだ。勝負は持ち越しで構わない」
やれやれと肩を竦めながら俺は降伏した。審判団が臨戦態勢を解いて空気が緩む。