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#2

「ただし僕の試験はということになるけどね」

「どういうことだ?」

「今のままだと第十五種で入学になる。君なら受験の段階で第八種くらいまで上げられるんじゃないかな」

「俺がグレンより下っていうのか?」

「どんな世界にも順序があるからね」

「試験官がソレルとは運がよかったな。そいつは新入生大歓迎の合格者最多輩出者だ。俺なら合格できたかどうかわからないぜ」


 ついでのように通り縋りの上級生が呟く。ただの挑発ではなく本当に力があるからこその自負だろう。言葉を発しただけで只者ではない魔力を感じる。見た目は長身痩躯の黒髪きのこ頭の美男子だった。


「あの人だけは敵に回さないほうがいいよ。脱げば脱ぐほど強くなるタイプで全裸になったとき第三種の教官を子供扱いで倒したくらいだからね」


 どんな性質やねん。


「あの事件以来、裸王って呼ばれてるよ」

「そのまんまやんけ!」

「とりあえず僕はここまでかな。階級を上げるかどうかは君に任せるよ」


 ソレルが手を振りながら去っていく。裸王がどれほどの実力か興味もあったが、とりあえず入学が決まったので、ミントがどうなったのか気になるところだ。


 俺は別の受験会場に目を向ける。かなり混雑しており発見には少々時間を要した。

 ミントは試験官であろう上級生と対峙していた。見た目は猫型の妖精ケットシーで性別はわからない。二足歩行しているが背は猫そのものなのでかなり低く弱そうに見えた。


 しかし次の瞬間、ケットシーが巨大化する。十メートルを超える巨体だけでなく、人相が邪悪になり魔物のそれになった。なにかを触媒にすることで強大な能力を発動させる魔術だ。魔法と違い触媒次第でとんでもない効果を生み出せる――それが俺の調べた魔術の特性である。


 巨大化したケットシーは力技でミントに襲いかかった。回避されたものの振り下ろされた拳は地面をへこませる。ミントに対抗手段はあるのだろうか? このまま為す術もなく負けたら合格の道はないだろう。


「悪いけど不合格になるつもりはないわ」


 ミントは両手それぞれに装飾した腕輪を重ねる。ばちばちばちばちばちばちばちばちばちばちと電力が爆ぜていく。刹那――手にしていた拳くらいの大きさの鉄球を放つ。圧倒的破壊力で巨大化したケットシーの身体を二分してしまう。


 超電磁砲――科学だ。

 おそらく二つの腕輪に電位差の異なる電気誘導体が仕込まれており、磁場の相互作用によって攻撃物体を加速して発射させる装置なのだろう。魔王の眷属であるミントが魔法でなく科学なのは謎だが、理屈がわからないだけに俺としても気に留めるべき案件だ。


「いやあ、やられたやられた」


 両断された上部からケットシーが姿を現す。こいつもソレルと同じ新入生歓迎タイプなのかもしれないな。やられた振りをして反撃に転ずる気配がまったくない。


「力で押し切るつもりだったのに判断を誤ったみたいだね。いやいや、こっちが力負けするなんて考えてもいなかったよ」


 沈黙したままミントはケットシーを見据えている。追撃しないのは話がわかる審判と考えたからなのだろうか?


「合格ってことなんだけど気に入らない?」

「いいえ、助かるわ」

「だったらもう少し嬉しそうにしてほしいな。こっちは油断したわけでもないのに負けたわけだからさ」


 ミントは促されるままに口角を上げて酷薄な笑みを浮かべた。どんだけ笑い方下手やねん――と一億二千年前の突っ込みをしてしまう俺がいた。


「なんだろう……僕が悪かったよ。とりあえず試験は合格だ」


 二人は背を向けて戦場を離れていく。それにしても魔法ではなく科学……これは純血種だの混血種だの言っている場合ではなくなったな。魔王の眷属であるミントが科学を使うのあれば、どんな飛び道具が出て来ても不思議ではない。


 それどころか眷属であるミントに俺が負ける可能性まで見えてきた。対戦相手だったケットシーも油断できない。触媒次第では不意打ちで終わるなんてことも考えられる。


 十五年も見に徹していた俺としては不甲斐ない。見落としだらけだ。純血や混血に囚われず冷静に判断しなければならない。この世界では魔法は万能なんかではなく、魔術や科学に劣っている可能性さえある。


「お互い試験官に恵まれたな」

「そうなの?」

「受験生の力量を素直に認められる奴は優秀だ」

「確かにそうかもね」


 他愛もない会話をしているとグレンが仲間を引き連れて再び現れた。面倒臭い。第七種に呼び出されて、のこのこ付いてくる連中など、それ以下に決まっている。


「勝ち逃げは許さない」

「虐殺されなかっただけよかったじゃないか?」

「貴様っ!」


 憤るグレンに俺はうんざりした。あれだけ実力差に釘を刺したのにこれである。おそらく目の前にいる連中を瞬殺できるだろう。しかし話はそう上手く運ばない。


「生徒を死亡させた場合は失格になります」


 どうやら監視にも関わっていたらしい鴉が口を挟んでくる。俺の殺気を感じ取ったのかもしれないが、そういうことは最初に教えてほしいものだ。


「おい鴉、結果的にこいつらが生きていればいいんだよな?」

「もちろんです。負傷の度合いは考慮しません」

「そういう意味じゃないんだがな」


 俺は拳を前へ突き出した。禍々しい漆黒の魔法陣が展開する。雑魚を蹴散らすのに最も適した即死魔法だ。


「【悪霊の神々<ヘルゲート>】」


 発動と同時に真紅の扉が五人を飲み込む。一瞬の出来事だ。飲み込まれた連中がどうなるのか知らないが、とりあえず死を体験することだけはわかっている。


「さてと」


 俺は死を迎えた五人を蘇生させる。知る限り魔術や科学にはない魔法の特権だ。


「なっ……なんだこれは?」


 理解できないのは無理もない。俺にとって当然の魔法も現代では眉唾物と化している。逆にこちらとしては魔術や科学が得体の知れない存在だ。


「なにをした?」


 グレンはふらふらと身体を起こした。なにが起こったのかわかっていない時点で話にならない。そもそも格が違う。魔術や科学については勉強不足だが、魔法に関しては魔王と称された身だ。


「最新の科学……いや魔術か?」


 検討外れな回答が返ってくる。やれやれだ。英雄バルザックの意志を受け継ぐ者により設立されたディスタニア魔法学園も期待外れかもしれないな。


「不勉強な先輩に教えてやる。魔法だ」

「馬鹿な! 信じられない!」


 俺の実力を認めたくないのはわかるが、ここまで全否定されるとさすがに気に障る。


「だったら見せてやろう」


 俺が魔法陣を練ろうとした瞬間、監視役である鴉が警告を促した。


「観客席には干渉結界が展開されますが、死傷者が出る可能性も充分に考えられます。該当される地区にいる方は直ちに避難してください」

「おい……なんだこれは?」

「俺が今から詠唱するのは古代魔法と呼ばれる代物だ」


 あらかじめ調べていた知識を披露する。つまり俺が魔王だった一億二千年前の魔法である。おそらく現在では唱えられる者は俺以外に存在しないだろう。集積された魔力が干渉結界とぶつかり火花を散らせる。数分も経たないうちに闘技場が震動で揺れ動く。さすがに観客席も慌てふためき始めた。


「やばくないか?」

「この干渉結界って誰が張ってるんだ?」

「なにやってるの、早く席を離れなさい」


 状況を把握したらしい上級生が下級生や受験生の誘導に当たる。どうやら俺が古代魔法を選んだのは正解らしい。こいつは破壊力だけに特化したある意味ポンコツ魔法で、詠唱時間が異常に長過ぎて、受け止めてやるぜ的な馬鹿以外は誰でも回避可能なのだ。


 いわゆる魔王すごい感を出したいだけで、勇者が攻撃して来たら詠唱中断なんだよな。ただアルカに言わせると「戦わずして勝つ」こそが戦いの本質らしいのでお気に入りの魔法ではあった。観客が避難を終えた頃に詠唱が終わる。


「【絶対零度<フリーズ>】」


 次の瞬間、闘技場の約三分の一とグレンの身体が氷の結晶となった。完全に凍結しているため、文字通り命は尽きている。発動してしまえば効果は一目瞭然だ。すべてを凍らせる絶対零度の世界が目の前に広がった。


「試験終了です。あなたの失格負け」


 振り向くと同じ顔をした女子生徒が二人立っている。制服らしきものを着ているので受験生ではないのだろう。そっくりな二人に違いがあるとすれば前髪を止めている装飾が左右非対称なことくらいだ。

 いくら古代魔法を詠唱中だったとはいえ、あっさりと俺の背後に回るとは何者だろう? とりあえず話し合うしかないみたいだな。


「失格の理由を教えてくれないか?」

「学園内の甚大な器物破損は即失格です」


 対戦相手を死なせたからじゃなくてそっちなんだ。まあいい。俺は改めて魔法を詠唱する。ところが発動前に干渉されて魔法陣が消失してしまう。


「結界か?」

「事前に報告がありましたよね?」

「なるほど――しかしそういうことなら失格は君たちじゃないのか? 古代魔法は防ぐものじゃなくて逃げるものだ。あるいは単純に攻撃を仕掛ける絶好の機会でもある。干渉結界を張る時間を別のことに使うべきだったんじゃないか? 俺を責めるのは筋違いだ」

「言い訳は認めません」

「とてつもなく正論なんだけどな」


 二人の少女はただただ俺を見つめている。このまま均衡状態を維持する理由はない。


「あのさ、とりあえずグレンを蘇らせてもいいか? 闘技場を元に戻す魔法はないが死者は出したくない」

「それは構いません」

「だったらその中途半端な干渉結界を解いてくれないか? 蘇生魔法は簡単に妨害される。さっきも一度弾かれているからな」


 俺の発言を二人の少女は迷うことなく信じた。これから放つのが攻撃魔法だったらどうするつもりだったのだろうか? グレンを蘇生させてから俺は二人の少女に質問を投げかけた。


「どうして俺の発言を信じた?」

「攻撃色が感知できなかった」


 また聞き覚えのない単語が出てくる。


「これでも失格か?」

「もちろんです」

「壊れた闘技場を修復しても駄目なのか?」

「どういうことです?」

「以前の話だが建物を壊す連中がいて、そいつらを退けたあと、修復するのに結構手間がかかってな。いつの間にか手慣れたものになった」

「修復する魔法はないのでは?」

「いや、だから日曜大工的なやつだよ。たぶん三カ月くらいでなんとかなる」

「…………」

「なんだよ?」

「なんでもありませんが、それなら合格としましょう」

「助かるよ」


 二人の少女が立ち去ったあと、ふとミントが俺に近付いてくる。どう見ても褒めてくれる顔はしていない。


「不愉快だわ」


 案の定、一言放って通り過ぎていく。唐突に古代魔法を使ったことを怒っているのだろう。向こうが正しいだけに反論の余地もない。ともかく入学が認められたのだからよしとしよう。

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