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序章

 暗黒大陸の中央に位置するロアナクロ地下監獄。

 亡者の鳴き声が響くこの場所を好んで訪れるものはいない。その中に存在する一番広い豪奢な部屋の王座に魔王は鎮座していた。


「勇者、半端ないってもう! あいつ半端ないって! 伝説の装備とか全部集めてくるやん。そんなんされたら魔王が勝てるわけないやん。なんでそこまでして魔王倒したいんかわからへんやろ普通? やるんやったらやるって教えといてや最初から! そしたら俺も対策とか取れるやん?」

「落ち着いてください。どんな装備をされても魔王様の能力値を上回ることはございません」


 魔王の傍に立つ長い黒髪の美女が解説する。妖艶な笑みを浮かべる容姿は人間そっくりだが、緋色の瞳と、悪魔のような尻尾が魔物であることを証明していた。


「正義の味方が人数集めて魔王フルボッコしようとする普通? 一対一でええやん? 一対一やったら絶対に負ける気せえへんねんけどな」

「私も戦闘に参加致しますのでご安心ください」

「女子力めっちゃ高いけどアルカの戦闘力ほぼほぼゼロやん。前回のこと憶えてる? 2ターン目で横見たら倒れてたんやで? 全っ然安心できへんやつやろ?」

「ターンとはなんのことでしょうか?」

「いや、ええねん。なんかそれっぽく表現したかっただけやから気にせんとってえな」

「あと五分前後で勇者一行が到着します」

「しゃーない。ほな行きますかアルカ」

「はっ!」


 魔王は眷属であるアルカを連れて戦場へ向かう。地下監獄の真上にある闘技場だ。勇者一行と対峙した魔王は定型文を口にする。


「我こそは魔王バルザックである。我が監獄へ足を踏み入れた罪、死を持って償う覚悟はできているのだろうな――」

「まあ待て待て」


 勇者は気怠そうに機先を制する。


「俺たちが争う理由なんて本来ないだろ? とりあえず世界を半分ずつ支配するってことでよくない?」

「それって勇者が発したら駄目な台詞じゃなくない?」

「和解の提案なんだからどっちからでもいいだろ?」


 魔王と勇者の視線が絡み合う。ほかの面々は二人の押し問答をただ見守っていた。


「どうするんだよ魔王?」


 人間と魔物が対立する理由は明白だ。おそらくきっかけは些細なことだったのだろう。ともかくどちらかがどちらかに弓を引いた。一度動き出してしまうと憎しみは再現なく積み重なり悲劇の連鎖は加速していく。


「俺は魔王を倒したところで世界が平和になるなんて信じていない。人間は魔王がいなくなったところで新たな火種を用意するだけだ。それこそ人間以外の種族がいなくなれば人間同士で争いを始めるかもしれない」

「ならばなぜ我に立ち向かう?」

「人間を信じたいからさ」

「そのために我を倒すと?」

「いやいや、だから和解を申し込んだろ?」

「例の世界を半分ずつ支配するという提案だな」

「それそれ」

「具体的な内容は?」

「人間と魔物を完全に分けて互いに干渉しない世界を創る。関わりがなくなればやがて怨嗟の念も消え失せるだろ?」

「気の長い話だな」

「だが試す価値はある。そのために俺はここまで来たんだからな」


 勇者の真剣な眼差しに魔王バルザックは逡巡する。もし今も世界を征服するという欲望があれば、こんな和解に耳を傾けたりはしなかっただろう。しかし魔王は殺伐としたこの世界にうんざりしていた。違う世界を見てみたいとさえ考えていたのである。


「我になにを求む?」

「あんたの膨大な魔力なら世界を二つに分けられるだろ?」

「そんなことをすればバルザック様でも無事では済みません。こんな奴の口車に乗ってはいけませんよ」


 アルカは魔王の前に出て勇者と対峙する。


「あんたらは死んでも長い時を経て転生できるんだろ? 俺たちは魔法で蘇ることができても後世を知ることはできない。二つの世界がその後どうなったのか、あんたの目で見てきてくれないか? 平和のために一度死ぬというのも悪くないだろ?」

「騙されてはいけません」


 アルカの尻尾がぴんと上を向く。魔王の鋭い眼光が勇者を見据えた。


「我の見返りは?」

「後世まで語り継いでやるよ」

「勇者が魔王を英雄扱いするのか?」


 立場は違うが互いの強さはこれまで認め合ってきた。交わした約束を一方的に破断するようなことはないだろう。


「世界を二つにするには膨大な魔力がいる。お前たちの全魔力を我に託せるか?」


 勇者一行はそれぞれ顔を見合わせる。やがて結論に至ったのだろう。


「俺を信じたお前を信じる。どうすればいい?」


 魔王は目の前に手を出した。次の瞬間、禍々しい黒色の魔法陣が描かれていく。文字の羅列が魔法陣の中を所狭しと巡り始めた。


「この中に魔力を注入してくれればいい」


 勇者一行は輪になるように手を組んだ。ばちばちと無限にも等しき魔力が弾ける。それを魔王の魔法陣へ叩き込む。その強大な魔力の奔流に耐えられず、ロアナクロ地下監獄が崩壊を始めた。


「我を器に大魔法を発動させる。勇者よ、さらばだ」

「バルザック様!」

「アルカも一緒にここを去れ」

「嫌です。私もご一緒します」

「あとは任せたぞ魔王バルザック!」

「勇者に頼まれ事をされたのは初めてだ」

「俺も魔王に頼み事をしたのは初めてだよ。しかしあんたにしか出来ないことだからな。期待を裏切らないでくれよ?」

「任せておけ、我は魔王バルザックだ」

「バルザック様、最後にお聞きしたいことが一つだけございます」

「なんだアルカ?」

「どうして私だけを眷属として残されたのですか?」

「回答のわかっている質問をするのは関心しないな」

「バルザック様?」


 それからしばらく時間を経て、光に包まれた魔王とアルカの身体は溶けるように消えていった。

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