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ドブ鼠たちのトロイメライ  作者: 夕凪 もぐら
第二楽章 正義の章
9/32

道化師の朝の歌

9.


 ぎゅいぃーん。ががががが。

 リヴェラの眼の前でドアに浮かぶ、チェーンソーによる魔法陣。下から上へ。きっちり直角に曲がって左から右。もう一度直角に上から下へ。刻まれた痕が一周回り、ばこん! とドアが吹き飛んだ。

 お祭りの型抜きみたく綺麗な長方形の内側から、ゆらり踏み出すガスマスク。

「なんでわざわざドアくり抜いたの!?」

 人はパニックになるとどうでも良いことが気になるらしい。いや、どうでも良くない? とにかく、逃げなければ……殺られる!

 何がなんやらのまま、リヴェラは走り出した。 

 だがしかし。

 はやいッ!

 あまりにも相手ははやかった。リヴェラが進んだのはほんの数歩。振り返るまもなく追いつかれ、足を払われたと思ったら後頭部を床で強打。

 体術も得意であったはずなのに、自分が赤子にでもなったような感覚。そんなバカな。そうかこれは夢だ。だからこんなわけのわからない状況なのだ。目がさめたらきっと高級な宿のスイートなルームで、隣には微笑む薄紫の髪の人。反対隣にはワイングラスを片手に口角をあげる渋い便利屋……。

 そんな妄想でよだれをたらすリヴェラの片足をつかみ、ガスマスクはずるずると引きずり来た道を戻りはじめた。

 床タイルの微かな凹みがカツンカツンと妄想硝子(ガラス)に亀裂を入れて、幾度目かで、やっとリヴェラは正気を取り戻し。

「ハッ……! きゃー! やめて! 殺さないで!」

「ちょっとサンプルをもらう(・・・・・・・)だけ。死ぬほどは取らないよ」

「もらうって……何!? ちょっとも嫌ーッ! もっと良い物があるところに案内するから離してーッ!」

「良いものって何?」

「ついてくれば分かるわ!」

 ディエゴさん、ごめんなさい。あたし、あなたの分までヘルトゥさんと生きるから……。

 心のなかで呟いて、リヴェラは保身に全力疾走。背に腹は代えられない。

 そんなわけでディエゴが寝かされる病室。入ってすぐにガスマスクは、「ディエゴくんだ」と歩み寄り、ふところからメスを取り出した。

「ほんとうにさようならなのね、ディエゴさん……」

 聞いたこともないメロディの鼻歌とともにふるわれるメスの一刀。

 ザクザクに切り刻まれてパーツにわけられ、謎の液体(緑色とか紫色とかで発光してるような!)に漬けられたディエゴを想像し、リヴェラは目を逸らす。一度は愛した人のそんな姿、見たくなどない。

 ヘンテコな鼻歌を、おそらく一曲分歌いきって、ガスマスクは残酷な宣告。

「はいお終い」

 ああ、終わってしまった。リヴェラはもはや原型をとどめていないだろうディエゴに最後のお別れを、と顔を向けた。

 するとどうした、そこに居たのは先程までの青い顔色とはうって変わって、血色を取り戻した愛しの人!

もらった(・・・・)ついでに治しといたよ」

 もう用は無いとばかりにガスマスクは部屋を去る。鮮度が命?

 残されたリヴェラはまじまじとディエゴを見つめる。表面上、減っているようには見受けられない。髪もふさふさ、四肢も満足、指も十本。

 一体どこから何を持っていったのか……。

 朝まではまだ時間がある。日が昇る頃には目覚めてくれると良いけれど。ディエゴが意識を取り戻したらどう説明すべきか、リヴェラはそばの椅子に腰掛けて首をひねった。さすがに少し、眠い。





 それは夢のワンシーン。見たことのない屋敷の周りにある大きな庭、いつものキャップではなく、きちんと整髪料で髪の毛を整えた、喪服姿のボコが立っていた。屋敷の中から溢れるレクイエム。どこからともなく聴こえてくる教会の鐘の音。それと共に木々から飛び立つ白い鳩。

 ボコの前には、両手に短機関銃を携える修道服の女。黒と白を基調とした酷く地味なデザインを、ルーシィが見間違えるはずもない。女神教のものである。ボコより幾らか高い身長と、目元にはサングラス、咥えたままの煙草。そして、その鋭利な顎の先にあるほくろ。


 かつて革命を起こすために力を欲した教会。彼等が手にした武器は、革命のあとどこへ行ったか。多くの者は、その答えを知らない。ごくごく一部の者が、秘密裏に懐へ入れてしまったから。

 あんなに望んでいた平和なら、直ぐ側にあると言うのに、結局のところ人は、どこまで行っても愚かだ。手にした力に魅入られた者、平和では癒えることのない傷を負ってしまった者たちは、オフィーリアで軍とポリシアに次ぐほどの武力を教会内部でこっそりと有し、過激派となった。そして最近になって、ついに武力による布教を推進しはじめた。


 今ボコの目の前にいるのは、その過激派の大幹部、ホク子・オールグリーン本人である。よく聴こえないが、暫しやり取りが続き、シスターオールグリーンはボコに、左手の短機関銃を向ける。

『お願いだ。辞めてくれホク子さん。ボコを撃たないでくれ』

 ルーシィの声がふたりに届くことは無かった。シスターオールグリーンの指が短機関銃の引き金を引く。鳴り響く銃声、飛び散る火花、降り注ぐ血飛沫。

 




 「はっ」そこで目を覚ますルーシィ。呼吸は荒く、目を覚ました今も尚、動悸が治まらない。これは神託なのであろうか。

 ゆっくりと息を吸い込み深く吐く。少しだけ落ち着きを取り戻し、辺り見渡せば、そこは知らない部屋であった。昨夜はヘルトゥと名乗る翠の目をした男の自宅の客間に泊めてもらったのであった。知らない天井、知らない壁、良い家だと、ルーシィは認識する。カーテンの隙間には、まだ薄暗い薄紫の空。昨夜の雨は止んだようである。ルーシィはふらふらと客間からリビングに出ると、ソファで寝息を立ているボコを確認する。きちんと呼吸をしているボコを見て安心するルーシィ。鼻をつまむと、「やめろデコ〜。インナーがダサいのが悪いんだ〜むにゃむにゃ」と、よく解らない寝言を叫びながら、手を振り払われてしまう。

 ルーシィはすこぶる機嫌が良かった。昨夜はヘルトゥの提案で、彼の自宅に泊まることになったのだが、案内された場所は、なんとメインストリート沿いのパティスリー(ケーキ屋)。そしてそこで紹介されたヘルトゥの妻は、なんとなんとルーシィの知人だった。名はエレナ。

 働ける歳になっても教会にいたルーシィ。教会の子供と言うよりは、教会の職員に近い立場と言ったところである。教会の施設で保護されているまだ小さな子供たちのため、定期的にとても美味しいお菓子を持って来てくれるお姉さん。それがエレナであった。弟や妹、そしてルーシィ本人も、エレナが来るのを楽しみに待っていたものである。

 巫女として祭り上げられ、 知っている者の誰ひとりいない環境下に長いこといたルーシィにとっては、それは運命の再会であった。神託を授かる巫女である一方、神を信じない無神論者でもあるルーシィだが、この時ばかりは都合よく、これも運命の女神さまのお導き……だなんて思った。

 昔よりも更に綺麗になったエレナ。そんな綺麗なお姉さんが、リビングまで補助ベッドを、当たり前の顔で軽々と担いで持ってきてしまうので笑ってしまう。彼女の豪胆な性格は、未だ健在のようでルーシィの中のノスタルジーが駆け巡る。

「ベッドをひとりで担いでくるなんて……エレナ凄すぎ」

 くすくすと思い出し笑いのルーシィ。緊張が解け先程までの動悸は完全に姿を消す。エレナがせっかく持って来てくれた補助ベッドではあったが、酷く疲れていたのか、ボコは誰よりも早くソファで眠ってしまって、何をしても起きなかったので、ルーシィは彼が風邪を引かぬよう、掛け布団だけ掛けておいたのだった。

 ヘルトゥの妻エレナは、とても真面目な人間である。その澄んだ瞳には力があり、浮世離れしているように見えた夫とは正反対であった。エレナの真っ直ぐな眼差しに見つめられると、隠し事なんて出来なくなってしまいそうで怖い。知らない間に結婚し、幸せになっていた歳上の友人。まさかメインストリート沿いの一等地にして、オフィーリア全土で一二を争う人気のブディックパティスリー『シエロ(夜明)ドゥ()アマネール(の空)』のオーナーが、教会にお菓子を持ってくるお姉さんだったなんて、流石の神託の巫女でも、予見できなかった。

 昨夜寝る前に、エレナはタルトをルーシィに焼いてくれた。それは教会で食べた思い出の味がした。彼女は「内緒だよ」と、人差し指を鼻の前に添え、女同士罪深き夜更けの甘味を分け合いながら、夜が明けるまで、語り明かしたのだった。

 ルーシィが昨夜の余韻に浸りニヤニヤしていると、ソファの上でボコが起き「うーん」と全身を伸ばしていた。

「おはよう。随分早起きだねボコ」

「ねみー。……あっやべー! 今何時!? 今日はミーティングがあるんだって! めっちゃ重要なやつ!」

「ごめんボコ、お願いだ。行かないで。きっと行けばきみは死ぬ」




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