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ドブ鼠たちのトロイメライ  作者: 夕凪 もぐら
第四楽章 権力の章
30/32

ここは素晴らしい場所

30.



 ルーシィは激怒した。必ず、かの生意気なボコのほっぺをつねって泣かしてやろうと決意した。


「いーらいらいらいらー」

「こら、貧乏ゆすりは行儀が悪いぞ」


 エレナに呼ばれたルーシィは食卓の席に着く。ボコのいない食卓に、である。綺麗なテーブルクロスの上に並べられたシンプルでセンスの良い皿に盛られる、栄養バランスの良さそうな食事。サラダにスープにふわとろオムライス。こういう一面に関してエレナの女子力は極めて高し。


「いらいらするなとは言わないが、疲れるだけだぞ。血糖値が下がっていてはますますいらいらするから、とりあえず食べるといい」


 やれやれとなだめるように、皿にサラダボウルから野菜を盛り付けるエレナ。どうも子ども扱いされているようで、ルーシィは面白くない。そういえば先程まで見かけたヘルトゥの姿もない。


「ぜったいボコのやつ、どこかで遊んでいるよ」

「決して褒められたことじゃないが、狙われているのはルーシィなのだろう? 彼自体がひとりでいても大した危険はないはずだが」

「ぼくはそれが赦せないんだ。ひとりで遊びにいって狡い」

「まったく、そういうことか。それならこの後、わたしとちょっと出掛けようか」


 ルーシィも年頃の娘。窮屈な思いをさせている。息抜きは必要である。幸いにして午後からは勉学を終えた教会の子供たちが店に来てくれる。女ふたりのお忍びデートプランを思い描く。友人の経営する店で買い物をして、カフェにでも行くか。劇場やミュージアムに足を運ぶのも悪くない。


「え、でもエレナ、ぼくと出歩くと危険だし」


 言葉とはちぐはぐにクネクネ全身で喜びを表現するルーシィにくすり笑うエレナ。心配するなと言わんばかりに、ルーシィの頭を撫でた。


「かつてとはいえ、軍属だった人間をなめないでもらいたいな。元来お菓子作りより荒事の方が得意だ」


 そのままいたずらな顔で、ぺろりと唇をなめた。ここだけの話、軍を辞めてからも訓練は続けている。せめて夫の足かせにはならないように、隣に立つことで夫が恥ずかしい思いをすることがないように、そして叶うならば未来を共に斬り開くつるぎとなりたいと。

 両開きの窓から差し込む外の光をバックに、エレナは先程の女子力が台無しなくらい男前な表情で笑う。ルーシィは惚れてしまいそうで目を逸らした。ごまかすように、もごもごと武器は持っていかないのかと尋ねれば、エレナが肩をすくめた。


「ある程度なら武器が無くても……それに、いざとなれば、拾うなり奪うなりどうとでもなるさ」


 どんぱちやっている人間に囲まれていたせいで感覚が麻痺していたが、それもそうかと納得した。物騒なエレナの言葉は聞き流すことにする。



「どこに連れていってくれるんだい?」

「良い店を知っているんだ。とっておきだよ」





 ポリシア本部。


「きみちょっと見ないうちに傷だらけじゃない。どーしたの?」

「これは、さっきアンタに引きづられて付いた傷!」

「ふーん。あっそ。部屋のあちこちに血痕が残って足が付くから、よく拭いておいてよね」

「いや、それアンタの鼻血!」


 はらりはらり、資料のファイルをめくる音。三人でくだんの情報を漁る。幸いにしてデコもボコもスラムの住人でありながら文字の読み書きは可能であった。「これだ」と、デコ。喧嘩しそうだったふたりは、左右からデコのファイルを覗く。煌びやかなタキシードを纏った老人の写真と資料。


「んっ、これビンゴじゃん。真オフィーリア愛国紳士倶楽部創立者にして現代表……えーっとミヒャエル・フォン・ハルビッヒ」

「だれ? このじーちゃん」

「一言で表すなら元伯爵さまだよ。伯爵ってたら元々この国で王族、侯爵に次いで序列第三位の貴族。んまぁ、昔の話だけどねー。えーと、なになに……」


 ミヒャエル・フォン・ハルビッヒの設立した真オフィーリア愛国紳士倶楽部は、元貴族による匿名の社交サロンである。匿名とはいうものの絶対数の少ない元貴族がその素性を他の会員及び、世間に隠すことは非常に困難であり、事実幹部から末端まで殆どの会員の名はポリシアでも既に把握済みである。表向き地位を失った元貴族たちの支援や新事業の斡旋を主目的とする組合的な組織としているが、その実態は反民主主義のイデオロギーを掲げた結束右翼団体である。


「意味わかんねー」

「多分、特権階級だった貴族たちが復権を目指す団体」

「そうそう、それ。きみ中々賢いよね。スラムの人間にしておくにはもったいない。簡単なところで例に挙げると政治介入。政治家エドワード・ドレスコーズが彼らの傀儡なのはポリシアん中じゃ有名な話」


 はらり、ページをめくる。倶楽部の集まりはサロンというだけあって、基本伯爵家の邸宅で開催されるとのこと。


「このじーちゃんちに行けばいいわけ? 簡単簡単」


 簡単ではないことは明らかだが、取り敢えずボコの言う通り、明確に何をすべきかが定まってきたのは収穫であった。しかしピオニーがそこに囚われているという保証はない。デコは両腕を組む。そもそも目的はなんだ。そんな大貴族さまが何のためにピオニーを誘拐した。最も大きな可能性は侯爵家との繋がりである。貴族が欲しがるものなど、それ以外に持ち合わせていないのだ。あの侯爵家の力があれば或いは貴族復権の願いは叶うやもしれない。


「そうと決まったら、さっそく出発ゴー!」


 頷くデコはリヴェラに目配せをし、彼女も頷く。リヴェラはふたりに気づかれぬよう、自らの調べ物をしていたが、空振りであった。転がる捜査ファイルには過去に祖国の業(トリニティゼロ)が起こした事件に、オフィーリアで流行った疫病、それから軍部と共有の細菌兵器関連の資料。

 リヴェラはスラムのふたりと、最善の脱出経路を辿り建物の外へ移動する。天井裏を辿ったり、ダストシュートに飛び込んだりと中々トリッキーな道筋であったが、無事空の下に帰ることに成功した。


「さーて、乗って乗ってー」

 

 捜査官や職員たちに見つからないよう迅速に駐車場に停車してある車に乗り込む三人。後部シートに座るボコは身を乗り出しデコに耳打ちする。

 

「なぁ。オレこの人に追われてたんだけど……?」

「すまない。ひとまず今は協力関係にある。逃げる準備だけはしておいてくれ」


 そもそもデコは彼女がこうもあっさりと自分に協力し、ボコを追っていたにも関わらず、匿ってくれていることに対して、感謝しつつも、腑に落ちないでいる。

 

「ねぇ、きみ。そう言えば、あの子はどこにいるの? ほれ教会の……あのいけ好かない胸の子!」

「言わねー」

「ふーん。んまっ、いいけどねー」

 

 リヴェラはさも興味なさそうにアクセルを踏み込む。後ろのタイヤを滑らし砂埃を上げながら、リヴェラの車は発進する。ウィンドウ越しに流れるオフィーリアの綺麗な街並み。ボコは不意に少女のことを思い出す。未だ得体の知れない少女のじーちゃん。

 

「そーいえば、あのちびっこのじーちゃんのこと、何か知ってる?」

「んっ? ちびっこ? ああ、はじめて会った時、きみが誘拐しようとしてたおチビさんのこと? そんなの知らないよ。あのときも知らない間に居なくなっていたんだから。探したんだけどねぇ」

 

 誘拐じゃねーし! ボコはそっぽ向く。信号待ち、交差点を右折。ボコの腹が鳴る。すっかり昼時を逃してしまった。エレナはカンカンであろうか。

 

「腹減った……」

「ちょうどいいや。まーだきみたちに用があるのだけれど、あたしも野暮用あるんだよねー。よーし一旦解散して、各自準備したりご飯食べたりして、それからまた集まろうよ。乗りかかった舟だから協力してあげるー」

 

 純粋な善意からなのであろうか。未だリヴェラの真意はわからない。ここで別れて、リヴェラから逃げるのも手である。しかし今は藁にも縋りたいところだ。どうすべきかデコが考えていると、一足先にボコが車から降りる。

 

「最近せんぱいに連れて行ってもらった、いい店知ってるんだー。夜そこで合流しよっか」

 

 ……彼女はいったい何が目的なのであろうか。ポリシアの彼女が同僚を欺いてまで、協力してくれる動機。自分に着いてくればボコに繋がるからという理由で同行してくれたにも関わらず、そのボコを何も聞き込むことなく、あっさりとここで解放しようとしているのだ。スラムで生きてきたデコは、考えに考え、本人に聞いてみることにした。

 

「あんたは、なぜ俺に協力してくれるんだ」

 

 そんな質問が来るとは、思いもよらなかったと云わんばかりに、運転席でキョトンとするリヴェラ。

 

「決まってんじゃん。そこに困っている人がいるからだよ。きみ困ってるんでしょ? あたしはポリシアだよ。正義の味方なぁの」


 さぞ当たり前のように言い放つリヴェラの目は、真っ直ぐにデコを見据える。夢物語を現実に持ち込んで、まわりを巻き込み歩く人間。リヴェラの瞳に懐かしい誰かの面影をみて、デコは少し、こそばゆさを覚えた。

 

「デコー、おいてくぞー」

 

 相棒が痺れを切らしていたので、デコは無言でぺこりとリヴェラにそのツルツルの頭を下げ、車を降りる。じゃあ、街灯がつきはじめたらあの店で合流ね! と、念を押すように指差すは、毎度お馴染みミヤコの店(ブーゲンビリア)で、なんともバツが悪くデコは両目を手で覆った。

 

「ほんと、いー感じの店なんだよー。スラムのきみたちには縁のない店だろうけどー」

 

 ぷーぷーと、ダサいクラクションをふたつ。小さくなっていくリヴェラの車を見送るデコとボコ。降ろして貰ったのはメインストリート沿いの噴水広場の側、雨が降りそうで降らない曇り空の真下、ふたり肩を並べる。


「ふたりぽっちってなんか久しぶり感?」

 

 言われてみれば、そうかもしれないな。とデコは記憶を掘り返し、その隣でボコは鼻歌まじりにステップを踏むように足を進める。ボコは自らの潜伏先へ相棒を案内した。潜伏先は意外な場所であった。建物のテラスには、テーブルが置かれ、二席ほどのこじんまりとしたイートスペース。雨が降りそうな天気にも関わらず、紅茶を嗜みながらお喋りに花を咲かせる婦人たち。小洒落た看板に、外まで香る甘い匂い。三階建の質のよい建物。

 

「……ここ?」

 

 ミヤコの店のすぐ側、行列のできるブディックパティスリーシエロ(夜明)ドゥ()アマネール(の空)。デコには全くボコがここに至るストーリーを想像できなかった。


「ここは……」

「へへっ。なんとなんと、ここは~じつは~」

「ヘルトゥさんの自宅だ」

「なんで知ってんの!?」

 

 デコはかつて侯爵家の催した御前試合(水鉄砲大会)にて、くだんのヘルトゥと死闘を演じたことがあった。スラムの王と、ふたり掛りでなんとか互角に渡り合えた達人中の達人で、その時に中央通り(メインストリート)沿いの製菓店で暮らしていることを聞いたが、ボコは覚えていなかったらしい。

 ふたりが正面入り口から入店すると、エプロン姿の比較的年長な子供たちが出迎え、ボコは「よっ」と軽く手を上げ挨拶をする。「おかえりなさい。ルーシィなら店長と少し前に出かけましたよー」と将来有望な胸をした少女に教えてもらう。また入れ違い……しかし、顔を合わせづらいボコは、どこかホッとする。


「怒ってた?」

「店長は慣れてますからー。ルーシィは地団駄踏んでましたー」


 あー……どちらも容易に想像がついた。取り敢えず腹が減っては戦はできぬと、昼食が用意されているであろう二階へ上がろうとするも、デコに腕を掴まれる。

 

「食事はボコひとりで行ってこい。俺は他にやることがある」

 

 そう言って相棒が去ってしまったから、結局、ボコはひとり住居スペースのある二階にあがり、ケチャップで『ボコのぶぁぁか』と書かれたオムライスを、どこぞで見たような気がするハイパー高性能ウルトラファンタスティックめっちゃすごいオーブンで、温め直したのであった。


 


※作中に出てくる貴族団体の名称なのですが、

真貴族会から真オフィーリア愛国紳士倶楽部に変更いたしました。

ご迷惑をおかけしますー。

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