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ドブ鼠たちのトロイメライ  作者: 夕凪 もぐら
第四楽章 権力の章
27/32

グノシエンヌ



28.




「まったくどうなっちゃうんだろう。おいらたち」


 アジトのテーブルに腰掛けるハルビックは、頭を掻き毟る。ただでさえ取り仕切り役の一角を担うボコの不在。それに付け加えドレスコーズ邸での一件以来、もう一人の取り仕切り役であるデコ、荒事担当のジュノウのふたりと連絡が取れないのであった。


「ハぁールビッーク。景気悪い顔するなや。デコはんジュノウはんふたりの穴はわいが埋めたるさかい」


 暑くもないのにぱたぱたと扇子で自らを扇ぐブリュレに動じている様子はない。むしろ「わいの時代や★」とばかりに粋がっているようにも窺える。ハルビックは深いため息を吐き出し、帳簿の管理に戻る。緊急時こそ平常の業務を怠ることなかれ。荒事以外に関してハルビックは酷く優秀であった。聡い彼は仕事の手を一切抜くことなく、もうひとつの思考を巡らす。なぜ、デコが連絡もなしに仕事に来ていないのか。相棒のボコと違い、抜かりのない男である。そこそこに長い付き合いであるが、自らの欠勤の連絡を怠ることなど、今の今まで一度としてなかった。

 帳簿を管理する思考、デコの行方を推理する思考、そして今まさに三つ目、テーブルに置かれたドーナツを食べようとする思考が生まれようとしたまさにその時、荒くれ者たちのアジトの扉が開き、場違いでフォーマルなブラックスーツの灰緑(アッシュグリーン)がブリュレの前を素通りする。仄かなシトラスの香りがアジト内に立ち込める。


「お帰りシャロン。デコの彼女さんの家、だれかいたかい?」

「えっと……結論から言えば、もぬけの空でした」

「んっ? 何かあったの?」

「いえ、とくに何もないんですけど、強いて言えば鍵が開いてました」


 まるでスラムの外の住人みたくデコの恋人は、自宅の鍵をきちんと掛ける習慣があると聞き及んでいる。少し思案するハルビック。パクリとチョコレートコーティングされたドーナツをひと口で半分頬張る。糖分は血液に溶け彼の脳を活性化させる。


「不可解だなぁ。シャロン、なんとかボコと連絡とれないかい? もしかしたらデコは……」

「それはわたしじゃ無理です。あの人、どこにいるのかも、わからないし」


 ふたりの会話を聞いていたブリュレは扇子を閉じ、立ち上がる。


「女。シャロン言うたか? 解らんもんは仕方あらへん。探す手間が無駄や。ええか? 無駄っちゅうことは損するっちゅうことやで」

「ブリュレ。そんなこと言ってる場合じゃないよ」

「ハぁールビッーク! だまらんかいボケ。デコはんもジュノウはんもどチビもおらんのやろ? なら、わいがここの取り仕切り役みたいなもんや。なぁわれ。口の聞き方には気ぃつけぇや。ほら、女。無駄なことせんと、わいに茶でもいれや」


 生ぬるい手つきでシャロンの腕を掴むジュノウ。


「うす汚い手で触れるな。三下」


 揺れる灰緑(アッシュグリーン)。その手を即座に一線、はたき落とすシャロン。一触即発。シャロンの機嫌はすこぶる悪い。やっと再会したボコがまた煙のように行方をくらましてしまったのである。無理もない。忙しくなってしまったデコに代わり、自らがボコの新たな相棒なのだと思っていた。自惚れていた。せめて状況くらいは、教えてくれてもいいのに。

 ぞんざいに扱われたブリュレもすこぶる機嫌が悪い。はらわれた手を摩りながらシャロンを睨みつける。緊張した不穏な空気がアジト内を充満する。よっこらしょ。空気を読んだハルビックはのんびりした動作で立ち上がり、「ボコの行きそうなところを当たってみようよ。多分行動が一番わかりやすいし」とシャロンを連れ出す。「まてや! 小娘」と口ばかり達者なブリュレは追ってこようともしない。灰緑(アッシュグリーン)はベェーと舌を出し挑発を続ける。


「はいはい。シャロンもブリュレを挑発しないの。ねえ、ところでボコが寄りそうなところに心当たりあるかい?」

「うーん。ミヤコさんの店か、旧スラムの王(ボス)のいる吾妻家の屋敷か、この時間なら行きつけの駄菓子屋(雑貨屋)くらいですかね」

「じゃあ、その駄菓子屋(雑貨屋)さんから行ってみようか。その後はセバスチャンさんに報告も兼ねて吾妻家。……ミヤコさんの店はまだやってないし」







 雑貨屋の女店主グース夫人は、店の軒先でボコと少女の背を見送る。「やれやれ」あのやかましいのも、いなくなると、寂しいものである。生活雑貨だけでなく単価の安い駄菓子をたくさん仕入れるのも、子供たち(アーンドボコ)の顔を見るためである。夫に先立たれての一人暮らしを支えるのは、あの子たちの笑顔なのだから。……などと、思考に耽っていると、駄菓子屋には相応しくないやたらゴツい顔の男が店の方へ向かってくる。違う。お前じゃない。

 男は上下黒のライダース、スキンヘッドに強面なサングラス。頭のてっぺんからつま先まで救い用がないくらいに典型的なゴロツキである。スラムにほど近いこの地域では、別段珍しくもない。


「何か用かい? チンピラ風情が欲しがるようなものはここにはないよ」

「……すいません。仕事の相棒を探しているのですが、背がこれくらいのキャップをかぶったボコという男来てませんか?」


 驚くほど礼儀正しいスキンヘッドの男。グースはすぐに先程までいたボコのことだとピンとくる。しかし、礼儀正しいイコール善人ではないことを、グースほど人生経験のあるものなら知っている。漂う威厳と只者ではない静かな物腰。恐らくスラムの権力者のひとりであろう。そんな物騒な者に我が子同然のボコのことは教えられない。


「すまないね。この店にそんな子供は来ないよ」

「そんなはずは……。わかりました。失礼します」


 強面の男は、潔くきびすを返しスラムの方向へ歩いていく。グースは男のトボトボとした背中を少し可愛く思った。悪人ではないかもしれない。話くらいは聞いても良かったかと思い直し、背後から声をかけ直そうとスキンヘッドの光るその頭を追ったまさにその時、また別の方向から声が掛けられる。


「おばちゃーん。今日この店にボコっていう生意気そうなこれくらいの背の男、来なかった?」


 ぜぇーぜぇーと息の荒いふくよかな男と、その横には少し痩せ気味な灰緑(アッシュグリーン)の髪の女。やれやれボコは、いなくても店を賑やかにしてくれる。







 さて困った。八方塞がりである。デコにしては珍しく焦燥していた。恋人ピオニーの失踪から、かれこれ結構な時間が経ったが未だ進展はない。自分の都合で人に頼るのを良しとしない彼ではあるが、ピオニーのこととなれば、猫の手も借りたいところであった。真っ先に思いついたのはスラムの王(ボス)の顔。しかし遠目に汗水垂らしカタギの仕事(家庭菜園)をする彼を見たら、どうしても声を掛けることはできなかった。次に浮かんだのは相棒のボコの顔であった。しかしだ。デコに彼の現在の行方を知るすべはないのである。ならばと一味全員を巻き込んで人海戦術を取る方法もなきにしもあらずだが、ことを荒だててピオニーの身に危険が及ぶのは避けたい。隠密に穏便に、尚且つ迅速にことを運ぶべきである。

 冷静を取り戻そうと頭を振るデコ。あの時ドレスコーズは何と言っていたか。


『儂の配下に付け。デコよ。さすれば今頃、元貴族たちの手の者に奪われたであろう、貴様の大切なものを取り返そう』


 元貴族、元貴族、元貴族……星の数ほどいる元貴族。ドレスコーズならば恐らくは知っているのであろう。では、ドレスコーズの下に着くか? それとも好きではないが荒っぽい方法で聞き出すか。否。どちらも現実的ではない。下に着くにしても戦争をするにしてもデコひとりの一味ではないのだ。ましてや一枚岩ではない今の現状、上手くいくビジョンが見えない。ドレスコーズの元へ、ひとりで行くしかないのである。結局のところ最愛のピオニーのためなら命など、惜しくはないのである。ボコを探していたのは、助けを求めたいのではなく、無意識下で最後にもうひとつの最愛、相棒の生意気な顔を見たかっただけなのだ。そう自己完結させ、デコはドレスコーズ邸へ向かうことにした。たったひとりの戦いへ向かうことにした。

 そこへプープーと、しょぼいクラクションがふたつ。スラム近辺では珍しいエンジンで走る自動車ってやつである。


「へいへい。そこのイカツイお兄さん。ストーップ、ストーップ」

「なんの用だ?」

「不審者への職務質問ってやつだよ。スラムの顔役をスラムの外で見かけたら、勤勉なるあたしは放っておけないねぇ」

「悪いが急いでいる。が……丁度良かった。行きたい場所がある」


 職務質問をしたいリヴェラと急いでドレスコーズの元へ向かいたいデコ。語るまでもなく、両者の言い分を満たすため、必然的に提示される酷くシンプルな交換条件。


「むっ……。ポリシアを足に使いたいだなんて……いい度胸じゃん」


 そのシックなカラーリングに印象的なマークはポリシアの車両である。まさか相対するポリシアの専用車に冥土までのエスコートを頼むことになろうとは、因果なものである。デコを冥土へ誘うドライバーの名は、デコとは二回目の顔合わせ、アンネ・リヴェラ。





 

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