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ドブ鼠たちのトロイメライ  作者: 夕凪 もぐら
第三楽章 宗教の章
22/32

ジムノペディ

22.


 (つい)に指名手配中である祖国の業(トリニティゼロ)のトップツーを追い詰めたリヴェラ。ポリシアの完全勝利であるのは間違いではないが、肝心のホク子・オールグリーンを捕らえるのは酷く困難であった。

 リヴェラの実力ならば容易くホク子を抑え込むことは可能である。それくらいリヴェラがもつ、ポリシアとしての能力は逸脱していた。しかしだ。リヴェラが最優先したのは、聖歌隊、すなわちホク子が連れてきた子供たちの保護であった。


「あの子たちを解放しなさい」

「勝手に連れて行けばいいさ。あの子たちはねぇ、自らの意思で身体に爆弾を仕込んでここに来ているんだよ」

「絶対に赦さない」

「さあ、あたしを解放しな。さもないと……」


 豪。と耳をつんざく破裂音が数度連続して鼓膜を強打する。ホク子の合図に、いたいけな子供たちが、ひとりまたひとりと爆ぜる。それは規模でみたら小さな爆発であるが、幼い躯をばらばらに吹き飛ばし、近くにいる者の命を脅かすには十全であった。


「そんな……」


 瞳に映るは絶望。狂い歌う死の賛美歌。小さな命が次々と吹き飛んで、リヴェラはがくりと膝を落とす。形勢を不利と見たホク子はどれだけ残っているか解らない仲間に撤退の合図を送る。


「あんたと、あたしから指とルーシィを奪った男だけは殺す」


 意気消沈した無防備のリヴェラに、向けられた刀剣状の暗器が迫る。間に合わない!……誰もがそう思ったであろう。しかし運命の女神はリヴェラの正義を見放さなかった。


「止まらないぃぃぃ。どいてどいてー」

「ぶへっ」


 シャロンが押し転ばせたハルビックは、転がりに転がりどんどんと加速し、途中何度もバウンドを繰り返し、神掛かった最良最善のルートを辿る。そして終着点であるホク子・オールグリーンを押しつぶしたのであった。


 思わぬ不意打ちに意識を失うホク子に駆け寄ったのは、転がるハルビックを追いかけてきたシャロン。シャロンはとっさにホク子の右腕を拘束していたハンドカフスの長いチェーンで、ノビているホク子自身をぐるぐると縛り付け拘束する。その場にいた全員が言葉を失う。


 時間が来るとライトアップされるドレスコーズ邸の建物の中から、タイミング良くイワコシと共にわらわらと現れるポリシアたち。放心状態のリヴェラと倒れてるホク子に気づき、手に思い思いの小火器を携え一斉に駆け寄る。その隙にルーシィは、ぐいぐいと二回ボコの手を引く。それに気づき頷くボコ。


「やべー。デコ、オレ、ポリシアに追われてんの! ほら、この前捕まったじゃん? それで、えーっと」


 伝えねばならないことは、たくさんあるのに、さまざまな気持ちが浮かんでは消えて、ボコは言葉を絡ませる。


「解った。しばらく仕事も休んで良い。行け」

「ナイスッ!」


 デコは……友は、詳しい話を聞こうとはせず、ただ少しだけ寂しそうに挨拶を済ませ見送る。ルーシィの手を取りまた駆け出すふたりは、宵の闇に消えていく。






 さてと。デコはこの面倒な局面をどう切り抜けたものかと考える。前にはポリシア、後ろにドレスコーズファミリー、どうしたものか。


「デコよ。邪魔が入って話が逸れたな」


 と、面倒の中心人物ドン・ドレスコーズ。散々巻き込んできた一番の邪魔者で、今回一番の元凶である。


「儂の配下に付け。デコよ。さすれば今頃、元貴族たちの手の者に奪われたであろう、貴様の大切なものを取り返そう」


 ……デコの脳裏にピオニーの顔が浮かぶ。








 スラムの王が去った今、デコはスラムで一二を争うほどの顔役である。だから、きっといつか……こんな日が来ると思っていた。

 口に布のようなものを突っ込まれて、声さえあげることの出来ないピオニーは、それでも必死に抵抗する。


「おとなしくするネ。おとなしくしたら楽にコロすアルよ」


 カタコトの男は、ピオニーの両腕を押さえつけ、手に持つナイフで彼女の衣服を切り刻んでいく。

 シリュウは吐き気をもよおす。裏稼業を営む通称コンダクターの噂。まさか本当だとは。彼は女の屍体にしか欲情しない生粋の変質者で、殺人狂である。それだけでも悍ましいが、シリュウはその昔、それと同じように屍体を犯す鬼を見たことがある。


『やめろ。やめてくれ。妹の躯に触るなぁぁぁ』


 リフレインするのは、若き日の泣き叫ぶ自分自身の声。燃え盛る業火の記憶。耐えきれなくなったシリュウは、呪われし愛刀東方腐敗を抜き一線。女に跨る変質者の首がずるりと横に滑る。直ぐさまこしらえた生ゴミを蹴飛ばし、茂みで目を見開く半裸の女を抱き起こし、口に詰められた布を抜いてやる。


「かはっ」


 女は咳き込み嘔吐(えず)きながら大量の涎を吐き出し、荒い息を整える。


「…………ありがとう」

「礼を言う必要はない。今からお前を攫う誘拐犯だ。連れてこいと言われている。自分の足で歩いて貰った方が効率が良い」


 人が目の前で殺されて平気でいられるはずもないが、女は努めて冷静を取り繕う。


「血をたくさん浴びたわ。シャワー浴びてきていいかしら」


 大したタマだ。シリュウは少し可笑しくなって唇を緩ませる。


「好きにしろ。逃げてもまた捕まえるだけだ」






 なんとも凄惨な光景を目にしてしまった。ああいうのはかかわらないのが吉である。スラムの夜は明かりが少ない。それにポリシアからも早く離れたい。夕闇降り注ぐスラムの裏道を、やや駆け足でルーシィの手を引くボコ。『夕食までに帰る』とエレナには告げてあるが、どうにも間に合いそうにない。無言の道中、徐々に体力のないルーシィの息遣いが荒くなる。握る手にじわりと滲む彼女の汗。滑って離してしまわぬように、ボコは握る力を少しだけ強めた。

 ルーシィと出会い紆余曲折の末、今に至るボコ。わざわざ自分の危険をかえりみず、ボコに着いてきたルーシィ。なぜ彼女は自分につきまとうのであろうか。なぜボコにこだわるのであろうか。あの歌手の色男と騎士のおねーさんに任せておけば、安全に彼女を取り巻く事件を解決できるのではないだろうか。ボコにはひとつ、そうたったひとつだけ思い当たる(ふし)があった。

 ……もしかしてルーシィってば、オレに気があるんじゃね? それはそれは素敵な予感であった。ルーシィはとびきり可愛いし、おっぱいだってでかい。可愛い女の子が、自分に気があるとなれば……辿り着く答えはひとつしかない。そう、お付き合いである。


 パーン。飛び交うクラッカー。ボコは妄想の中、皆に祝福され記者会見を開く。『悔しいよ。まさかボコに可愛くておっぱいの大きな彼女ができるだなんて』ハンカチを噛み締め、悔しがり人目も憚らずゴロゴロ転がるハルビック。ボコがフラれた数を数えて『つぎはいよいよ三桁の大台に乗るね』なんて言っていたハルビックをついに悔しがらせてやれる。


「ボコ速いって。少し休もうよ」


 はぁはぁと息の荒いルーシィがなんかエロい。振り返らずに立ち止まるボコ。「き、騎士のおねーさんに怒られるから、少しだけだぞ」反らしたままの視界には、いかにも少し休めそうなのいかがわしい宿屋。ギラギラ存在を主張するピンクの看板。

 『ヒヒッ、あの宿で休んでいけよ。ついに来たぜ。今がその時だ』と、心の中の悪魔が囁く。『そーだそーだ。チューしろー。チューしろー』と、心の中の天使。またしても満場一致である。


  が、その時、ひとりの男がボコとルーシィの前に立ち塞がった。スラムと街の丁度あいだ。宵の口、闇夜に浮かぶトライバル。タンクトップから伸びる二本の太い腕に宿る牙と敵意を剥き出した狼。金貸し一味のジュノウである。


「またんかいボコ。久しぃのう。ワシには挨拶なしか、偉くなったもんじゃのう」


 外国訛りの男は乱暴にポケットから煙草を取り出し、火を点す。


「ジュノウ……」

「デコは甘いんじゃ。ワシらがカラダ張って一味守ってる時に貴様(きさん)は女と逃避行か。ふざけ過ぎじゃあ、なあボコよ……ツラ貸さんかい」


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