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ドブ鼠たちのトロイメライ  作者: 夕凪 もぐら
第三楽章 宗教の章
21/32

テンペスト ソナタNO.17



21.




「ボコ。ぼくが視た未来では、そろそろポリシアが動き出す時間だ」


 まだ入り口付近にいるルーシィがシャロンの隣で声を張り上げる。思えばホク子たちはルーシィを取り返しに来たのである。ここに来なければ、ボコも無事でルーシィも無事。それでも運命の女神さまに導かれここまでやってきた。いったい何をしにきたのか。物事には必ず意味がある。ルーシィは、ボコと再会するサングラスの大男との邂逅を見て、もしかして彼こそが何かの鍵なのかと思った。


「ルーシィ。何故そこにいる。何故そちら側にいる。助けにきたよ。さあ、あたしたちと戻ろう」

「……利用されるのは懲りごりだ。もう二度と人殺しには戻らない。ぼくはこの人たちと行くよ」

「そんなこと赦されると思っているのかい? あたしたちは皆一心同体じゃないか。あんたは人とは生きられない」


 去ろうとするルーシィに狙撃手の銃口が向くよう指示を出すホク子。鋭利に突き出た顎先に在るホクロは、まるで第三の目の如くルーシィをとらえる。


「待ちなルーシィ。自分が何を言っているか解っているのかい? あんたはあたしたちのアルファ種……」


 その時である。彼方の方角から大気を切っ先きながら飛ぶ黒い影がありけり。指を一本失ったホク子の右手の手首に、がしゃりと冷たい金属の輪がはまる。長い長い鎖に繋がれた手枷(ハンドカフス)。鎖の先には、キッと眉を吊り上げた眼鏡の女。表情は険しい。


祖国の業(トリニティゼロ)幹部、ホク子・オールグリーン。殺人及び議員邸宅襲撃の現行犯で逮捕する。狙撃手も仲間が全員抑えた。観念しちゃいなよ」


 代々受け継ぐ正義の血。ポリシアになる為に生まれてきた女アンネ・リヴェラ。人は彼女を天才と呼ぶ。リヴェラの姿を確認したルーシィは、シャロンに目で合図を送る。ルーシィの知る未来は既に変わった。しかし夢の中でボコが死んだ後、続きを見続けた彼女は、この先の流れを知っていた。





「ほう。本当に優秀じゃねえか。ハワードの言うことも、あながち馬鹿にはできねぇなぁ」


 驚くべきスピードで、屋敷の内外あちこちに身を潜めていた祖国の業(トリニティゼロ)の狙撃手たちを見つけ、制圧していく特別治安維持班たち。中でもアミール・カーンの指揮の手腕は、さながら軍人のようであった。


「おい、カーン。お前さん。どこでそんな教育を受けた」

「……名前、覚えてくれていたんですね。蛇の道は蛇ってやつですよ」


 若い若いと言っても、あくまでイワコシから見たらの話であり、アミール・カーンは王政時代からポリシアにいた、そこそこに名の知れた捜査官である。にも拘らず、彼の素性はイワコシにさえ掴めないほど謎に包まれていた。ただひとつ言えることは、彼が直ぐ側に置いておきたいほど、優秀な人物だと言うことである。これほどの男がなぜ未だに、寄せ集めと揶揄される特別治安維持班にいるのであろうか。

 一息ついた彼は、浅黒い肌に汗を浮かべながら、タクティカルベストの下のインナーをぱたぱた仰ぎ、中に風を入れる。着込むには暑い季節である。暫しの沈黙、切り出したのは彼の方であった。


「イワコシさん。リヴェラは優秀ですが、正義感が強過ぎて扱い辛いでしょう」

「あいつとは、知り合いだったな」

「ええ。彼女が最初に配属されたのが特別治安維持班(うち)でしたから。そうリヴェラが来たのは春。たしか丁度、今ぐらいの季節でした」

「本当に生真面目なのか不真面目なのか解らんやつだが、融通が利かねぇと言うか何と言うかだなぁ」

「不器用で可愛いやつです。だからこそ汚れたところは見せたくない。よく解ります……僕ならその点、綺麗じゃない話も受け入れられますよ」


 アミール・カーンは、含みのある笑顔でイワコシの目を見据える。少し変わった色で、深く静かな森林を思わせる緑の瞳であった。真が強くて物静か。そんな見立てであったが、なんとも騙されたものである。


「お前さん、俺の何を知ってやがる」

「……イワコシさんたちがスラムの……」


 アミール・カーンの言いかけた言葉を遮ったのは、遥か東の血を引く者特有の長く艶のある黒髪と、気の抜けた柔らかな声であった。まるで図られたようなタイミング。声の主はタクティカルベストから、その声同樣柔らかなHカップを窮屈そうにはみ出させながら、テコテコとふたりの間に割って入る。


「ダイスケく~ん。ハワードさんたち呼んでるよ~」


 イワコシの孫と同じ名をもつ小娘サキ。特別治安維持よりは交通整理のほうが似合いそうな彼女に呼ばれ、アミール・カーンはイワコシに軽く会釈をする。イワコシはやれやれと肩を竦ませ、顎でアミール・カーンに「さっさと行け」と合図を出した。どうもイワコシはこの女が苦手であった。兎にも角にも、ポリシアの完全勝利である。





 ルーシィの合図を受けたシャロンは、仲間たちのもとに駆け寄る。


「みんな無事でしたか?」


 シャロンの言葉に無言で頷いたのは、焦燥した面々のなか、唯一冷静そうなデコ。いくら弱肉強食のスラムで片意地張って生きているとは言え、銃をもった相手と構えることなど稀である。シャロンはキョロキョロと仲間全員の安否を確認する。ボコとシャロンの登場に不機嫌そうにするジュノウと、ジュノウに取り巻くブリュレ。そして、安全そうな物陰で、いつも通り空気となり果てていたハルビックを見つけ安心する。あとはルーシィの指示通り動くだけ。シャロンは予知能力をもつというルーシィから予め受けていた指示を一語一句漏らすことなく、丁寧に思い出す。


『あのポリシアのお姉さんは、ぼくたちの防衛線になると思うんだ。漁夫の利じゃないけど、ポリシアがホク子さんたちを追い詰めている間に、ボコの仲間たちを逃すことができる。だけれど彼女は残念ながら、放っておくと、ホク子さんにやられてしまう。だから誰か助っ人してあげて欲しい。ホク子さんはもの凄く強いから、出来るだけ強い人がいい』


 強い人、強い人、と思考を巡らすシャロン。パッと真っ先に思いつくのはデコとジュノウ。しかしジュノウがシャロンの言葉を信じるはずもない。なので必然的にデコ一択となる。デコになんと言おうかと暫し思案していると、ハルビックが物陰から、シャロンのもとへ近寄ってくる。


「やあ、シャロン。きちんとボコを連れて来てくれたんだねぇ。ねぇねぇ、ところであのロリ巨乳……あれは強敵だねぇ。何者なんだい?」

「ルーシィって言うらしいですよー。強敵って何の話ですか?」

「ふふん……ボコは巨乳に弱いから」

「もう、わたしと先輩は、そんなんじゃ、ありませんから」


 どん。と、ハルビックを突き飛ばすシャロン。「おっとっと」ハルビックはバランスを崩し尻餅を突きそうになる。寸前のところで、受け身を試みるハルビック。しかし彼の重くて丸い躯は、受け身の遠心力に耐えることなどできるはずもなく地面をゴロゴロと転がっていく。


「あ、すみません。ハルビック先輩」

「わー、ちょっと止めて止めて!」





 褐色肌の男は、その肉なのか魚なのかも解らない怪しい串焼きをシリュウに差し出した。


「アイヤー、ウマレもソダちもちゃっきっちゃき、ワタシ純潔のオフィーリアピーポー。この国のことならワタシにお任せよー」


 リヴァイアサン卿に充てがわれた今回のパートナー。自らをコンダクターと名乗る褐色肌の男。この男とはかれこれ三度目の仕事である。人を苛立たせることに長けた暑苦しいテンション。シリュウは明らかに自分より劣るカタコトの煩わしい標準語に耳を塞ぎ、串焼きを断る。


「オオー、相変わらず連れないアル。ここの屋台の串焼きは味も良くて値段もお手頃スラム価格。昔のエラい人はイッタネ。腹が減ってはいくさはデキヌ」

「どうにも今回はあまり気乗りしなくてな」

「……我々はプロフェッショナル。選り好みはダメネ」


 串焼きを、"にゅりん、ぼにゃん"食材も食感も想像できない咀嚼音を立たせながら、褐色肌の男はその痩せぎすで飛び出したように見えるギョロ目を見開きシリュウに念を押す。陽気なようで、陰気な死の匂いがぷんぷんと漂う、なんとも気味の悪い人物である。

 太陽は西に傾き、空はオレンジと夜の闇が混じり合う紫の刻。昼市を終えた寂しい往来。民家から漏れる灯りが増えるごとに、人の姿は減っていく。夕闇通り誰そかれ。いつしか互いの顔さえ見えなくなって、彼の陽気な言葉の数もひとつまたひとつと減って行く。


「……シリュウ。指紋残コサナイようにグローブきちんとするね。アシがつくアルよ」

「貴様はしていないように見えるが」

「ワタシ、指紋なんてもうとっくに消したアル。シリュウも消して欲しかったら安くシトクヨ」


 会話の中身はがらんどう。意味をなさないように聞こえる軽口は、目的地到着を意味する。しばらく(くだん)のヤサの様子を暫し眺めていると、凛とした背の高い女が中から出てきて、取り込み忘れた洗濯物を慌てて取り入れ始める。恐らく彼女こそが渦中の人物であろう。強めの風にからからと絡まる洗濯物。荒い息で舌舐めずりをする褐色のコンダクター。


「……連れてきたら、生死は問わナイと言われているアルよ……」




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