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ドブ鼠たちのトロイメライ  作者: 夕凪 もぐら
第三楽章 宗教の章
17/32

軍隊ポロネーズ

17.




 スラムの奥深くに、そのスラムに相応しくない豪邸とも言うべき屋敷は在った。入り口でボディチェックを済ませ、煉瓦れんが造りの入り口をくぐる。それはまるでトンネルのように、デコたちを出迎える。

「なんや、けったいな屋敷やなぁ。どこぞのご貴族様のお宅かいな。うちのアジトとはえらい違いや」

 と、小太りのブリュレ。彼は物珍しげに辺りをきょろきょろと見渡している。しばらく歩みを進めると、少し長めの門を抜け、日差しが弾ける。広大な敷地のど真ん中には、他を圧するが如き王冠のような邸宅。石畳の道の左右には玉砂利が広がる。そしてそのひらけた庭には、ドレスコーズの息の掛かったスラム中の悪党が、一同に介していた。

 一味の到着に、緊張が走る。無言で睨みを利かすジュノウ。街で見かけるスリの集団、薬のバイヤー、売春を斡旋する者たち。ジャンルごった煮、まさに悪の異種格闘技。飛び交う汚い嗤い声、喧嘩をふっかけてくるような罵声、あちこちから聴こえるハイミッドロー。ドレスコーズ邸に集結するスラムのアウトロー。反応は多種多様。悪党でごった返した敷地内、ただ前に進むことさえ困難であった。

「早くドン・ドレスコーズに挨拶を済まそう」

「おいデコ……わしらの『ドン』は、ボスひとりじゃ。胸糞悪いけぇその呼び方辞めろ」

 立ち止まり手当たり次第睨みを利かせるジュノウを宥めようとするデコに対して、反発するジュノウ。彼は一歩だけ前進し息を大きく吸い込み吠える。

「邪魔じゃ、道を開けろ。どサンピンども! スラムの王一味御一行さまのお通りじゃ!」

 一喝。辺り一帯はジュノウの迫力に静まり返る。行く手を塞ぐならず者たちも、まるで海が真っ二つに割れるよう道を開ける。スラムのならず者なら、一度は耳にするスラムの金貸しジュノウの悪名。敵に回すにはあまりに恐ろしく、味方に付けるとなんとも頼もしい。乱暴で、粗暴で、野蛮な男ではあるが、その純粋なまでのアウトローさに、一味内外で彼を慕う者も少なくない。腕を組み、やれやれとデコはため息をひとつ。仲間なのだ。思うことは同じなのだ。向かうべき道も同じ。幾分かデコの方が辛抱強いだけなのである。





 豪華な玄関には受付が立っており、デコはカードを添えた花を渡し、自分と文字の書けないメンバーの名前を記帳する。ガラの悪そうな男に案内され、屋敷の中に足を踏み入れる。虎の毛皮のマット。鹿の剥製。象牙のオブジェ。ドレスコーズ邸の内部は、まさに弱肉強食のスラムを象徴するかのような内装であった。まるでここに棲まう自分は、さながら百獣の王とでも云わんばかりで鼻につく。

 ガラの悪そうな男は、燃えるような真っ赤なカーペットが敷かれた、長い長い渡り廊下の奥にある重厚な扉を開け、デコたちを中に通す。内部は非常に広く、ホールとなっていた。装飾の施された木製の長椅子が幾つも並べられ、向かいの中央には女神像、その脇にはオルガンが置かれていた。そう、まるで教会のようである。

「はっ、教会と犬猿の仲のくせに、自宅に教会もってるなんて皮肉なもんやな」

 鼻を鳴らす情報通のブリュレ。よっこらせと一番に椅子に腰掛ける。席の指定はされていないので、それに連られるよう、一味の面々は都合の良い場所に陣取る。既にホール中にいた大男は、デコたちに気づき近づいてくる。一番側にいた上手のジュノウを無視して、デコの元まで歩み寄る。デコはゆっくりと立ち上がる。

「よく来てくれた我が友よ」

 スラムの獅子ドン・ドレスコーズ。スラムの全土を飲み込もうとする食物連鎖の頂点の一角である。デコとがっしり握手を交わす。無視をされたジュノウは、何ひとつとして言葉は発さず、黙ったままであった。獅子とのすれ違いざま、肌を舐めるようなさざ波が、背中をぞわりと駆け抜け、ジュノウは言葉を失った。これが獅子。これがスラムの代表。

「儂の記憶が確かなら、金貸し一味の取り仕切り役はもうひとりいたはずだが、小さい方は来ていないのか」

「申し訳ない。ボコはポリシアに連れて行かれました」

 嘘は言っていない。もっとも、そのあとボコを連れて行ったのは、街の便利屋ディエゴ・フェルナンドであるが、ややこしいので省略する。嘘をつく必要は無いが、正直に言うメリットも何ひとつとしてないのである。

「ふむ。下手を打ったか。見た目よりは利口な男と思っておったが」

 ドレスコーズはくるりとデコに背を向け、デコが連れてきた凸凹一味の面々を品定めするように見渡す。

「なあデコよ。儂らは同じスラムで肩で風を切る同志だよな」

「うちらはただの金貸し。あなたはスラムの代表で政治家。全然同じじゃないですよ」

「政治家か。ふん、皮肉に聞こえおるわ。貴様も知っての通り、所詮今の儂なぞ()貴族どもの傀儡(かいらい)に過ぎぬ。彼奴等(きゃつら)の資金が無ければ、儂はスラムひとつ守れぬ。この腕ひとつで伸し上がってきたものの、ここに来て腕っ節だけでは何も守れぬ現実を知ったのだ」

 早速来たか。と、デコは眉をひそめる。金貸しの一味はスラムの象徴。()貴族と手を組んでいるらしいことは知っていたが、獅子の如くプライドの高い彼が、自らを傀儡と呼ぶほど落とし込んで来るとは、思ってもいなかった。貴族制度が廃止になり、復権を望む()貴族たちは、ドレスコーズのような者を支援し、議会での発言権を金で買っている。

「スラムの外にはバスが走り、街灯が灯り、家に帰れば温かな食事が毎日出される。それに引き換えスラムはどうだ。飢えた子供たち。学校にも行けず少年は盗みを繰り返し、少女は身を売り、街には麻薬が蔓延る。まるで我らは残飯を漁る汚いドブネズミではないか。そんな滅びゆくスラムの未来を儂と共に変えたくはないか?」

「俺たちにそんな力、無いですよ。ただ金の無いやつに金を貸すのが俺たちの仕事」

 デコは考える。ドレスコーズが欲しがるもの。それはふたつ。ひとつはスラムの王が作ったスラムの象徴『金貸しの一味』。そしてもうひとつは、その()貴族たちよりも強いコネクション。確かにデコたちは、このオフィーリアで唯一無二にして最大のコネクションを有している。


「よう言うわ~。なあ、ハルビック。麻薬も売春も窃盗も自分とこで斡旋しとるくせに」

 と、小声でブリュレ。シリアスな雰囲気に出番の少なく、完全に空気と化していたハルビックに同意を求める。

「いやぁ、ちょっと黙って聞いていようよ。今回おいらやブリュレみたいな小ネタ班に、出番はないから」

「一緒にすんなや。ボケ」





 オフィーリア全土で貴族制度が廃止になり、過去の威光や利権の一部を失った()貴族たちではあるが、もちろん復権を望む者ばかりではなかった。その資金力を活かしのんびりと暮らす者、新たな商売で成功する者、軍人として出世していく者。

 そしてここにも子供時代からの夢を叶えた()貴族がいた。メインストリート沿いの一等地、早くも常連客で賑わっている製菓店『シエロ(夜明)ドゥ()アマネール(の空)』。


 とんとんとん。


 店主は粋なリズムで粉を振るう。


 かしゃかしゃかしゃ。


 ボールの中、軽やかに滑る卵を泡立て器を使いかき混ぜる。共立てのスポンジケーキである。

 ()貴族の女店主エレナ。豪胆な性格で初対面のボコからは、騎士と言われてしまったが、エレナはれっきとした子爵令嬢である。


 りりりりり。


 電話が鳴る。それに応じる従業員の少女。

「エレナさん。電話ですよ」

 ルーシィよりも少し下であろう少女。やはり教会に住む孤児で、現在この店の従業員は、全て毎日手伝いに来てくれる教会の子供たちで賄われている。

「悪いが、今手が離せない。後で折り返すと伝えてくれ」

「お友達ですよ」

 心当たりがあったエレナは、作業を少女に代わってもらう。その手つきはとても(こなれ)ていて、彼女が教会を出た後は、ぜひとも正規雇用をしたいと思った。

 仕事は信頼の出来るスタッフに任せ、エレナはエプロンの紐を解き、バックヤードにある受話器を手に取る。

「もしもし」


 あら、エレナ。お話するのは二日ぶりくらいかしら。お元気そうで何より。お互い忙しくて、中々直接顔を合わせられないのが寂しいわ。

 頼まれていた件、きちんと調べたのよ。わたくしたちはお友達なのに、エレナったら用が無いと全然連絡くれませんもの。

 本題? エレナは相変わらずせっかちね。商売は根気と情報収集が命なのよ。会話の間や声色から、相手の真意を探るの。

 ちょっと聞いてくださる? 例えば今あなたとお話していて、あなたが今現在仕事中で戻らなくてはいけないこと、寝不足なこと、わたくしに依頼した件があなたにとって余程重要なのだということが伺えるわ。

 あら、だんまりだなんていけないわ。ここは商売人ならシラを切ってほしいところだけれど、そんな素直なエレナがわたくしは好きよ。

 頼まれていた件は、あなたの旦那さまの読み通りね。そう。これは所謂(いわゆる)誘拐事件。()貴族たちが関わっているわ。

 オフィーリア愛国紳士倶楽部ってご存知かしら? 初めてその名を聞いたときは、正直笑ってしまったわ。商才の欠けらも無いセンスね。革命前に幅を利かせていた復権を望む過去の亡霊(元貴族)たちのサロンみたいなものらしいわ。匿名の会みたいだけれど、わたくしなら消去法で、今すぐにでも会員全ての名前を韻ずる自信だってあるわよ。()貴族がスラムの代表と手を組むなんて世も末ね。彼らはスラムの力を遣い、敵対する教会過激派のシンボル、あなたのお友達を誘拐したの 』

 貴重なエレナの数少ない()貴族の友人(コネクション)。最も信頼できる相手ではあるが、あまりに口が達者過ぎて、エレナはいつもながら圧倒されるばかりである。連日の寝不足も相まって、電話越しに相槌を打つのが精一杯なのであった。



 

 

 

 

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