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ドブ鼠たちのトロイメライ  作者: 夕凪 もぐら
第二楽章 正義の章
11/32

ため息

謝罪及び訂正のお知らせ


第10話のルーシィの衣服ですが、SNSで太ももの写真が流れてきて、ムラムラしたため、七部丈のパンツから、ホットパンツに修正したことを、この場を借りて深くお詫び申し上げます。

大変申し訳ありませんでした。

11.



 シャロンの朝は、他の金貸したちよりも随分と早い。スラムの金貸しとは、普通の女には勤まらぬ仕事である。理由はふたつ。ひとつは女だと、相手に舐められやすいこと。もうひとつは、実際に体を張ることが非常に多いからである。男と女では筋力、瞬発力、ウエイト全てが違う。だからシャロンはそのハンデを埋めるための努力を欠かさない。日も出ぬうちから、男に負けぬよう過酷なトレーニングを開始する。女らしい柔らかな脂質はごっそりと落ち、代わりに細くしなやかな筋肉を手に入れた。

 入念にストレッチをし、走って街の外周を一周。身体の要所要所に負荷を掛け徹底的に筋組織を苛め抜き、指南書を手に独学で東方の武術を学ぶ。それを雨の日も、風の日も欠かす事なく繰り返してきたシャロンの稲妻のような蹴りは、煉瓦をも砕くのである。

 その日も身体に染み付いたトレーニングを無心で終え、自宅に戻りバスルームに行く。トイレと一緒になったタイル張りの小さなバスルーム。蛇口を捻ると、熱湯が頭から降り注ぎ、シャロンは目を閉じた。かいた汗は流れ、身体が綺麗になっていく。

 目を開ければ、そこには自分の鍛えられた身体。がりがりで、ごつごつしていて、腹筋が割れている。女としての魅力はない。ため息を一つ、シャロンはお湯の張っていないバスタブで膝を立て丸くなる。

「仕事……行きたくないな。ズル休みしようかな」

 そんな風に嘯いてバスルームを出たシャロンは、髪を雑に乾かし、下着を着け、その灰緑(アッシュグリーン)の髪を括る。薄い化粧をして、いつものフォーマルなスーツを身に纏う。不器用な彼女は、結局今日も不満を重たい鞄に詰め込んで、仕事に行くのである。

 スラムからスラムの外に働きに行くものは多くても、スラムの外からスラムに働きに行くケースは稀で、シャロンはいつも人波に逆らうように歩く。デコのツテで紹介された家は、とても安全で良い場所にあるが、スラムから少し遠いのが難点であった。

 スラムの内部を走るバスなど無いので、一番近いターミナルでバスを降りて少し歩く。スラムに入ると、とたんに埃っぽい空気が肺を満たす。綺麗なものが溢れた街なかから、わざわざこんな空気までもが汚れたところにやってくる自分は、スラムの住人から見たら変わり者なのだろう。それと同時に、きっとスラムの外でも変わり者に見えるに違いない。




 アジトに辿り着くと、シモン・ハルビックが、入り口でキョロキョロと辺りを見渡していた。そういえばと、今日が会議の日であることを思い出す。スラムの金貸しとは言え、立派な商売。時に大きな金が動く。上手く立ち回らないと、得るはずの利益は損失に変わる。普段かなり自由なのは間違いではないが、金貸し一味の会議は密に行われるものなのである。

「ハルビック先輩。おはようございます。どうかしました?」

「やあシャロン。おはよう。あー、ボコがまだ来てないんだよね。いつも無駄に早いか、寝坊するかのどちらかだから、念のためシャロン見てきてよ。おいらミーティング出席しなくちゃいけないからさ」

 金貸し一味に於いて、荒事や、人前に出ることが苦手なハルビックの役目は、金を返せなくなった債務者への仕事の斡旋の管理、経理、その他庶務である。裏方でありながらも、金の管理に携わる非常に重要なポジションだ。

 一方、ボコの強みは人懐っこさにある。適材適所とはよく言ったもので、自分では取り立てが得意と豪語するボコではあるが、彼の真骨頂は、人の心にすんなりと潜り込む自然体な愛嬌。

「そう。わたしの心に潜り込んだように」

 く言うシャロンは、会議に参加する資格さえないのであった。アジトは一味全員が入室するには狭く、会議は古株の数人だけによって行われる。そもそも一部のメンバーには、まだ仲間と認められてすらいない。適材適所。自分の役目は寝坊助な取り仕切り役を起こしに行くことか。と、シャロンはまた深いため息を吐く。

 ボコを起こしに行こうと、彼の家まで向かうも、途中で足が止まる。怖気付いたのである。扉を開けて、もしも裸の女の子が一緒に寝ていたらどうしよう。自分は邪魔者だ。だめだ。行ってはならない。そんな風に臆病風に吹かれたシャロンは、ボコの自宅直前で、走って逃げ出したのだった。






「お嬢さん。何かお悩みが?」

 と、初老の神父。どうやらシャロンは悩んでいそうな顔をしていたらしい。気がつけば、スラムの側にある小さな教会の敷地内にシャロンはいた。走って、走って、走って、辿り着いた場所は、皮肉にもこんな場所であった。女神はいったい何を自分に懺悔しろというのであろうか。

 そこはボコ御用達の雑貨屋の側にある教会で、今日は休日ではないので賛美歌は聴こえてこない。敷地内ではニワトリが放し飼いにされていて、教会で保護されている子供たちが、それを追いかけている。

「取り敢えず中へ」

 今にも泣き出しそうな顔のシャロンを、(いざな)うように神父は教会に連れて行く。教会の内部はスラムのすぐ側にしては上等で、古ぼけたパイプオルガンに、石で出来た女神像。頭上のステンドグラスは、少し濁りながらも朝の光を招き入れていた。

「我々に何ができるわけではありませんが、取り敢えず熱い紅茶をどうぞ」

「ありがとうございます」

 聖堂の奥の質素な部屋に通され、神父が温かい紅茶を淹れてくれる。シャロンは、それに口を付ける。

「良い香りでしょう。オフィーリア南部で採れる質の良いお茶です」

「高価なものをすいません」

「いえ、ここを出て行った子供が送ってくれたものなので、お気になさるな」

 正直、普段スラムの者と行動を共にするシャロンに、紅茶の良し悪しは解りかねたが、それでも幾分か、胸を締め付けていた動悸が軽くなる。

「紅茶とは不思議なものです。不安や悩みを一時的に和らげる」

「本当だ。なんだか少し楽になった気がします」

「それは良かった。悩みの理由など聞きますまい。ここで気が済むまで休んでい……」

 神父が言いかけたその時、ノックの音と共に、ひとりのシスターが入室して来た。彼女は神父に何やら耳打ちをする。

「すいません。お客さんが来たようだ」

 女神に仕える神父がお客さん(・・・・)と呼ぶので、それは文字通りの客なのであろう。シャロンはシスターが開けた扉の向こうにいる客の様子を細い隙間から伺う。浮世離れした出で立ちに、薄紫色の長髪の男がこちらを見据えている。その男の腰には何やら物騒な刀剣が携えられていた。危険を感じたシャロンは神父に尋ねる。

「あの男は?」

「ふむ。あの方には、言伝ことづてと人探しを頼んでおりましてね」

 シャロンはスラムでたくさんの人を見てきた。その彼女の第六感が、あの薄紫の髪の男が、ただ者では無いことを察知し、肌を粟立たせる。

「失礼。私は少し行ってまいります」

 と、神父は男の元に向かい、何やら話をし始める。神父のことが心配になり、シャロンはふたりのやり取りを扉の影から、こっそりと観察する。

「ルーシィは見つかりませんでした(・・・・・・・・・・)。そして、勝手ながら、ルーシィの身に何が起きているのか、少し探らせて頂いたのですが」

「そうですか……」

「貴方たちは、教会の闇。そしてその闇とルーシィとの関係をひた隠しにしていた」

 教会内の空気が一変する。薄紫色の男から放たれる静かな怒りが、覇気となり聖堂を覆い尽くす。後ずさる神父。

「教会の闇。武装組織祖国の業(トリニティゼロ)。ルーシィは……祖国の業(トリニティゼロ)のトップですね」

「……お待ちください。ヘルトゥさま。我々は確かに組織のことを隠していました。教会からあんな者たちが出たとなれば、世間さまに顔向けができない。しかしルーシィを救いたいのも本音です。あれは私たちの娘のようなもの」

 たじろぐ神父。不穏な空気は、いよいよ呼吸することさえも苦しくさせる。薄紫の男は凄むでもなく、怒りを露わにするでもなく、ただ静かに佇むのみ。まるで怪物を目の当たりにしているように、シャロンの両足が震える。

「はいはーい。ストップストッープ。ポリシアよー」

 シャロンが神父を守ろうと、部屋を出かけた時、突然の乱入者がいた。神父より僅かに若く見える初老の男と、眼鏡を掛けたそばかすの若い女である。眼鏡の女は、ポリシアの手帳を神父と薄紫の男に突きつける。

「ああ、イワコシさんに、リヴェラさん」

 ポリシアの女と見つめ合う薄紫の男。どうやら知り合いのようである。と、言うことは、薄紫の男もポリシアか。自らの推測にますます神父が心配になる。

「あれれ? へへへヘルトゥさん。何故こんなカビ臭い教会に?」

「馬鹿野郎、リヴェラ。こいつは教会の使いで、俺たちのところに来てたんだろ。それくらい覚えてろ」

「イワさんは黙ってて!」

 取り敢えず、なんだかよくわからないが、あのポリシアの女に女神のバチ当たれ。シャロンは強く思ったのだった。






 



 


 


 


 

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