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眠りへ

 滑利が何かをベッドに持ち込んでいるのが気になっていた。

 ぷちゅ。指先に出す。匂いは……蜂蜜だ。

「び、美容にいいとか?」

 それ保存食扱いじゃないのか?

「汗なんかに負けない」

 義妹は確かに汗を舐めました。そう言う事に拘っている場合じゃない。滑利が暴走しかかっている。終わらないのか。このループは。

 そういう対抗は要らないと思う。スイッチの入った滑利さんは危険だ。

 首筋に塗られた。

「ん……」

 長く熱い舌が首筋を舐める。もう滑利は半目で陶酔状態だ。

 くすぐったい。かつ全身が震える。もうどうにでもなれ。満足すれば終わる。

「もっと、もっと、ね? んっ。もっと、感じて? 星識くんがびくってすると私も……」

「ちょっ、あっっ」

 星識が震えると、抱き付いている滑利も全身ががくがくと震える。

 やはり何かが普通ではない。

 これもクエストなのか?

 普通に考えれば安全地帯まで移動すればそこから出ない。

 そして。……考えられない。舌の感覚で意識が飛びそうだ。

 気絶はしないと思うがこれがエスカレートすると異常な事が起きたりはしないか。

「んっ。んっ。ああっ、あ……んっ」

 体温が上がっていく。身体が熱い。喉を舐め上げる舌が震えている。

「うふ。汗。んんっ。……お願いっ。これからも、いつも滑利に奉仕させてっ」

 滑利はこんな感じではなかった。

 昨日までは恥じらいが先に立っていた。

 こんなに必死に舐めたりはしない。もうくすぐったいという感覚ではない。

 快楽専用の神経があるのなら直接刺激されている感じだ。

 そうか。俺自身の感覚も変わって来ているんだ。

 新たな――神経回路生成?

 ARの支配強化?

 パブロフの犬?

 快楽を主軸に常に置くような――言って見れば行動の論理と脳の改造。

 考えろ。考えるんだ。星識。

 これが見知った男女ならば――要するに現状ならば、オオゴトには変わらないが犯罪ではない。

 だが考えてみ……。熱い舌が伝う。

 考えて見ろ。ただ閉所、安全地帯に逃げ込んだ見知らぬ数人だったらどうなる。

 徐々に滑利のバスローブがはだけていく。汗で濡れた胸が触れ合う。

「あ、あっ。硬くなってるの、わかるでしょ……ね、ねえっ、あっ」

 滑利が乳首を擦りつける。仰け反る。

 ――こうなっていたらどうする。見知らぬ数人がこうなっていたらどうする。

 一分でいい。耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ考えろ。

 快楽を引き延ばしている訳ではない。

 滑利を突き飛ばせば済むのかもしれないが、既に恍惚の感触に取り込まれている。

 第一、無碍に扱い過ぎだろうそれは。

 滑利を傷つけるつもりはない。

 見知らぬ数人なら。思考を本題に戻す。

 ――性犯罪という言葉が頭に浮かぶ。立件が難しいだろう。

 女性からこうなってしまったら。ただでさえ立件の難しいこの手の事案だ。

 何が起きる。

 また熱い感覚で飛びそうになるが堪える。

「むしろ消えた方が良い記憶」が増えるのか?

 万一うまく、あるいはそれなりの合意が出来てしまえば住所バレから名前バレからあらゆることが起こりかねない。

「消えて欲しくない記憶」に変わるのか? うまくいけば。

 次の波が来る前に考えておきたい。が。

「あ……あっ」

 ひくっ、ひくっ、と仰け反った滑利の身体が揺れる。

 星識にも奔流のような滑利の感覚が流れ込むように感じる。

 間違いなく快楽の回路が変容していく。

 もっと、とどこかで思う。

 女性は男性の十倍感じるとかどこかで見た。読んだ。

 これがそのまま流れ込んで来たら気絶する。間違いない。

 誰に恥じることも無い関係だった場合でも、不意の気絶は有り得るんじゃないか。

 繋がっていくような感覚を遮断しようとするのもおかしい気がする。

 だが、少なくとも悪影響が一つは分かる。

 サバイバルがどうでもよくなる。

 朦朧としていた。

 思考も弱っていく。これを強制的に繰り返せばそれしか考えなくならないか?

「はっ……はあっ、元々、感じやすいの……それが、このゲームしてると、もっと……」

「感覚の変化?」

「わから、ない。こうしてるだけで頭が痺れて……何も……んっ、ふっ、んんんっ」

 星識の喉を舐めては滑利は全身を震わせて何度も硬直した。太腿もいつの間にか絡み合っていた。擦りつけるように腰が動いていた。

 やがて、気絶したように滑利は眠っていた。

 本当に気絶してないだろうな。揺り起こす。

「な、なに?」

「気絶だけはするなよ。覚えておいてくれ。記憶が無くなるんだ」

 滑利は、明らかに動揺していた。

「有り得る、かもね。私どうしちゃったんだろう……どうなるか怖い」

「寝るんなら寝てていい。寝るのも実験だ」

「本当に大丈夫、かな。寝ても」

 下手に起こさない方が良かったか。眠れなくても困る。

「大丈夫だ。眠ったら終わりというルールなら誰も勝てない」

「……忘れない?」

「ああ。全部」

「お願いだから。ね」

 気になるのだろう、滑利はしばらく寝付けないようだった。

 すう、という寝息に変わってから、もう一度事態を整理する。

 星識は――もし何も変わっていなければ寝たければどこでもどれだけでも眠れる。

 悩んでいれば別だが。

 ――快楽。それを餌にすれば行動の大半は支配できる。

 可能性を追え。

 仮に直接快楽を刺激できれば。とっくにサルでは実験されている。

 他の行動に支障があろうが刺激し続ける。人がどこまで耐えられるかは分からない。

 だが餌としては使える。さらに深くARが介入するのを拒絶できなくも出来る。

 仮に。多少の化学物質で出来ているように快楽をより激しいものに変えられれば。

 依存するだろう。

 金を払ってでも手に入れようとするだろう。

 犠牲がどれほど大だろうと無しでは居られなくなるだろう。

 やってみるか? 本気で探せば「危険」と言われている薬でも手には入るだろう。

 MDMA。その亜種。「共感性が増し多幸感が訪れるもの」

 体内ではオキシトキシン。滑利と居たから増えている筈だ。

 いつだったか調べたのだ。

「媚薬」と言って売っているものは無意味だ。

 イランイランでも買った方がマシだ。気分の問題で全然媚薬ではないが。

 甘いものでも一緒に食べたほうが効く。

 そうではなく。

 自分を実験台にする。状況が危険すぎる。滑利に強要する気も無い。

 たとえば有名なその手の薬並みに快楽の強度が上がったとする。そこに戻ろう。

 何が起こる。

 たぶん、いい人に成る。落ち込まなくなる。ポジティブな作用は多い。

 セックス専用ではない。医療用に使える。自閉症にも効く。その場合IQも上がる。

 ではクリスタル・メス並だったらどうする。

 コカイン並だったらどうする。

 いま、ARゴーグルを外せない。原点に帰れ。

 暗示効果も狙ったのかも知れないが外せば気絶し記憶が飛ぶ。

 大体、記憶が飛ばせるのだ。

 幾らでも泥のような快楽は与えられる。たぶん桁外れの痛みも、だ。

 自分なりに結論を出そう。

 さもないと眠れない。

 ・ドラッグを自分で使う→気絶の可能性が高い。

 ・今後快楽への依存性が高くなると予想される。脳への影響は。

 ・まずは自分と滑利の二人に起こる事、義妹への影響も考える。

 ・一時的にでも影響を低減できないか?

 メモをペーパーに残して、眠った。タスクリストに載るはずだ。


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