第四章
シャワー篇開始です。まだ紹介文に届いてないというw
滑利がシャワーを浴びている間に考える。サバイバルしろ? と言う事か。
ARで邪魔はするから生き残って見せろ。
ゴーグルはしたままでも入浴はまあ出来る。待て。視野は殆ど無くなる。どう見える? 脳への刺激が一定以下になると気絶したりしないか?
VR外れ無くなったらどうするんだ。大抵防水だけれども。
今の内だ。妹の部屋に走る。
「お兄様っ、おかえりなさいませっ」
何故か焦っている妹が出迎えた。
いつの間に着替えたか、メイドに成っていた。しかもかなりスカートが短い。短いというより正面からパンツが見えていた。隠していない。パンツは白だ。
黒白基調で、黒は光沢のある生地だった。ガーターベルトとニーハイソックスが目立つ。
改めて見ると脚が長い。
「何で家庭内でコスなんだよ」
「ただの宅コスじゃないの。お兄様を歓迎する意味があるんです」
慌てて投げたらしいパーカーが床に落ちていた。
「お前それ……」
視線を塞ぐように妹が移動する。
「何でしょう」
「いいや。それどころじゃない。どうやってVRしたまま風呂入るか考えた事あるか?」
「顔を洗う時だけ、外して……あ、外すなって運営から……」
「だよな。顔洗えないじゃないか。ってのが一つ。もう一つ。俺は今から30秒目を瞑る。もし倒れたら救急車呼んでくれ」
「ARも刺激を受けてないと、気絶する、それも運営の情報ね」
「やってみるから見ててくれよ?」
妹が突然抱き付く。
「あ?」
「倒れたら危険極まりない。お兄様をそんな目には会わせられません」
「……いいや。目を閉じるからな」
妹の小ぶりの胸の感触がシャツ越しに分かる。
30秒。何も起きていない。目を閉じただけなら大丈夫だ。目に異物が入った時もこの程度だと思っておけばいいか。
まだ妹が抱き付いていた。
「30秒。もういいって」
「イヤ。もっと。お願いします」
訴えるように見上げる。と言ってもヘッドセットがこっちを向いているだけだった。
それ媚びたり恋愛したりするには全く向いてないからな。
シャツの胸ですーはーしていたのは分かっているぞ妹。
「どうしたいんだよお前は」
「ベッドでぇ、2時間くらい」
「今忙しいからな。じゃ。いや、シミュレートしとけ。お前だってヘッドセット外すだろ」
「ま、まあ」
「いつだ」
「お風呂。トイレ!」
「おっと」
パーティーを組んでいる滑利に警報。攻撃? 不意打ち?
「考えとけ。24時間分全部な」
廊下に異常はない。位置情報を最大拡大。
バスルーム?
最も安全なんじゃないのか? と疑うのと、
「きゃああああっ」
と、滑利が飛び出して来るのがほぼ同時だった。バスルームのドア前だったので全力で突進を受け止めた形に成る。
「おうふっ!」
鳩尾の辺りに一撃を食らった。そのままバランスを崩して洗濯機で後頭部を打つ。
突っ込んで来た滑利が上に乗る形で倒れる。
まだ逃げようと滑利は慌てていた。
「ど……どうした」
視野は胸。そしてその上に顔、だった。パニックを起こしている所までは分かった。
「あ……あっ」
乳房を隠そうと床についていた手を使った。支えのない滑利の上半身が星識の上に二度目の衝撃を食らわせる。
顔に顎を刺そうという感じの衝撃だった。
「ご、ごめんなさい」
ゴーグル同士を密着させたことはない。今が初めてだった。
口が密着するまであとミリ単位の問題だった。
一回くらい密着しているかも知れない。感触は残っていた。
「あの……腰が抜けて……このままでいい?」
切迫した声だった。泣きそうだった。それなりに敵と戦う時は豪胆な滑利だ。余程の事が無ければ腰が抜けたりはしない。
「なんか……身体洗ってたら触手みたいなものが見えて」
どうりで感触がぬるぬるしているわけだ。泡も見える。
「ごめんね……あんまり触らないでね。そこお尻っ、あっ」
抱き止めていただけだが、手を放す。
「安全地帯に入って来たのか?」
「分からない。すぐ出て来たから。でも、そうなるわね」
生活に必要な所に介入して来たのか?
左手で海のプリントのバスタオルを手繰り寄せる。何も纏っていない滑利に被せた。
「あ、ありがとう」
「様子を見て来る。俺が先に入るべきだったな」
これから未知の場所には俺が先に行こう。それで絶対に大丈夫という訳ではないが。
剣を抜いてバスルームに入る。親父の趣味で風呂は無駄に広い。
探る必要も何も無かった。腰が抜けるのも分かった。道路側の壁一面に異臭を放ちそうな触手が生えて蠢いている。腐った肉のような色だった。ドブや側溝の汚い所を擦り付けて上から粘液をかければこんな感じだろうか。嗅覚もある程度は制御される。酸っぱく、異様な匂い。自ら粘液を噴き出してもいる。一言で言って悪夢だ。
「運営さん。これは禁止だろう」
嫌悪を込めて言った。
冷静に触手を観察する。壁を突き抜けて来ている訳ではない。
侵入経路は、道路側、高い位置の換気扇だ。
換気扇のスイッチを入れても切っても触手は消えない。当たり判定がない。
「もしかして、これファントムか」
剣を突っ込む。何の抵抗もない。掻きまわしても何も変わらない。
実体のない――ゲームに実体も何もないと言えばそうだが――当たり判定もなく攻撃も出来ずこちらに被害もない、幻影。
・ゲーム規則:敵は安全地帯には入れない。
ルールギリギリだが、反則ではない。実体のないものは――殆どは広告上にだけ存在し当たり判定のない人形や文字――敵ではない。
湯舟が大きくて助かった。この状態で湯舟に入れば触手の真っただ中で湯に浸かることになる。
シャワーに使える場所は、気にさえしなければ充分にある。
「ど、どう? ひっ」
腰が抜けているせいか、床を這っている滑利が、空いているドアから中を覗いた。
「ね、何かいるでしょ?」
「ファントムだ。実体はない。当たり判定もない。攻撃力もない。……でも、気分は良くないな」
「シャワー、浴びても大丈夫なの?」
「これ以上の事が起きなければね」
明らかに事態はエスカレーションしている。危なく成って来ている。
「反則と言ってもおかしくはない。酷いな」
「ん……」
滑利は膝を抱えて考え込んでいた。
「決めた。一緒に居て。星識くん」
「シャワー?」
「うん。安心出来たほうがいい。恥ずかしいのは、気にしない。星識くんは、それでいい?」
触手から目玉まで出ていた。
「いいよ。俺も最初に一人でここに居たらおかしくなりそうだ」