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第三章

ややほのぼの

「ごめんねっ。なんか、大変、だったみたいで」

 滑利に両手を合わせて拝まれた。どこまで聞かれたかで変態度が変わる。幸いそんなに聞いていない感じだった。

「慣れてるから」

 大変だったのは間違いないけれど待たせすぎだ。

「脱がないと……ね」

「どこに手を置いて何を握ればいいのか言ってくれれば」

 ARコスチュームしか見えない。

 触覚まではそんなに騙されてないと信じたい。

「帯から、ね」

 正直、全部脱がれても何も見えない。

「待って。『全脱衣』したらそのまま見えないかな?」

「や、やってみるか」

 ARがきつければ裸を上にマッピングされてしまうが、試した事はない。

 俺はそういうプレイヤーではない。

「い、行くよっ。『全脱衣』」

 詠唱だって聞いたのは初めてだ。

 シスターの黒い上着が粉々に散っていくエフェクトの後、見えたのは。

 裸と浴衣の混じった映像だった。

「アバター作り込んだ? 滑利」

「こ、このくらいはするのっ」

 女性がアバターを裸に至るまで本気で作るのは、理解している。

 最初は全裸に目を奪われる。

 貴石の雫・メルヴェーン。アバターが異常にリアルだと言う事でも有名だ。

 手軽なコスプレや、もう少し激しい用途に使っている奴もいる。

 三割くらいはそうかもしれない。

 アバターだとほぼ全裸でもそんなに恥ずかしくないのか。

「あ、あんまり見ないでっ」

 胸と下を隠された。滑利は恥ずかしい側だった。

「後ろからなら、大丈夫かな」

「見ないでね。裸の方は」

「集中する」

 見えているものが二重でもどちらに集中するかは脳の問題だ。

 やがて帯は見えた。結び目を解けば一気に行ける。

 目が慣れて来る。帯に集中出来る。帯周辺が汗まみれだ。

 きつかったけれど帯を解いた。締め付けが楽になったようだった。

 後は難しくはない。

「自分で脱げるようになったら言って」

「う、うん」

 巻いているタオルもびっしょりだ。本格的だった。胸があるからタオルの量が多い。

 むにゅっという感触もあった。あえて二人とも何も言わない。

 徐々に柔らかい感覚が指先に伝わって来る。

「あと、どうにか、成ると思うから」

「じゃ向こう向いてる」

 大き目のタオルはテーブルの上に置いた。

「シャワー浴びたくない? 星識くん」

「……そうだね。軽くでも」

「ご飯作っちゃう? 私は拭ければいいから。これに着替えられればすっきりしそう」

「お湯は入れて来る」

 暑いからシャワーでいいとは思ったけれどもなんとなく、だった。

 脱ぎ着する間、同じ部屋にいると緊張する。

「やっぱりご飯作るね。どうせ汗かいちゃうし匂いも移るから」

 風呂から戻ると、星識のロングTを着た滑利が居た。

「気持ち悪くないか?」

「大丈夫。タオルありがとうね」

 だが。何を着たとしてもアバターは裸だ。

「『全着衣』したほうがいいよ」

 星識が横を向いている間に、

「『全着衣』!」と滑利の詠唱が響いた。

 シスター服の滑利が戻る。

 ――冷房で服は少しは乾いて来ていた。風邪を引きそうなほどではない。

 心地よく、たたたたたたんと野菜を刻む音がする。

「慣れてるね」

 星識は半分ほどの速度しか出ない。

「家族の分も作ったりするから」


 軽装備の剣士とシスターがテーブルで向き合う。

 大盛の肉野菜炒めが白い皿の上で美味しそうな香りを放っている。ご飯は残りがあった。スープもある。ご飯が足りなかったのかパンもある。

 滑利の皿は普通盛りだった。

 構成が多少変だろうが何だろうがこれが初めての滑利の作った食事だ。

 嬉しい。頭を占めているのは感動に似た感覚だ。いや純粋な感動だ。

「ちょっと味濃いめにしたけど、汗かいたからいいよね」

「そうだな」

 香辛料も効いている。かなり走った疲れもある。

 緊張が解けて来ていた。香りの効果もあって空腹が押し寄せている。

 カロリーを補給しろと全身が急き立てる。

 食事が先で正解だった。

「頂きます」

 妹、炎咲姫に「頂きます」と連呼させた記憶が蘇るがそれどころではなかった。

 見苦しいかもしれない速度で食べた。マナー的に問題はあるが箸が止まらない。

「疲れてたもんね。星識くん」

「敵が多すぎたよ。硬いし」

「美味しい?」

「物凄く美味しい」

 語彙がバカなのは血糖値のせいだ。そうしておく。

 満腹感に満たされるまで暫時スープに手をつけたりして誤魔化す。

「足りなかったら私の分、食べてもいいからね。私、何もしてなかったから」

「いいよ。緊急用ならチョコもある」

「……分からないけど、保存が効くものは取っておいたほうがいいと思うの」

「これもクエストの一部? と思ったほうがいいかな」

「うん。私達はかなり恵まれている方だと思う。今日この時間にご飯食べられてる人、あんまり居ないんじゃないかな」

 自分と滑利で精一杯だったけれども、まだ帰れていないプレイヤーが多そうだとは簡単に想像が付く。

 改札の向こうは安全地帯ではなく、比較的ザコとは言え敵で溢れていた。

 優雅に帰宅できるようには思えない。カンスト組でも必死だったのだ。

 初心者も居る。混乱は激しかっただろう。

『探知』で駅周辺までマップを移動させる。まだ戦いから解放されていない者もいるようだった。

 帰宅を諦めて集団で戦っているらしい光点も写る。

「滑利の言う通りだな」

 かなりの死者は出ただろう。その後が気に成る。TVを見た。

 ARゴーグルが外せないだけでも緊急事態だ。つい外しそうになっても手が拒否する。

 全国規模で病院搬送が出ている。意識不明。

 原因は分かっていない。

「これじゃ分からないな」

 ネット放送でも特に追加の情報は無かった。ただ、ゲーム上で死んでも救急搬送される、という未確認情報が流れていた。SNSも探る。どうも噂ではそうなるらしい。嘲りもあった。無視して公式のホームページを見る。

 アクセス殺到だった。

 あえてサーバを落としているのかも知れない。そもそも運営元は海外サーバだ。

 不安は増すばかりだが、今はどうしようもない。ゲーム内のタスクリストに「現状の把握と対応」と書いておく。一通りのタスク管理にせよカレンダーや計算機能にせよゲーム内に用意されている。メモ代わりに使っている者もいる。

 ――ようやく満腹感が訪れる。

「助かったことだけでも感謝しようか」

 胃袋から多幸感が広がる。

「全部、星識くんのお陰だから、ありがとう、ね」

 駅から走り抜いたのは確かに星識だった。

「そんなに褒められるほどじゃない」

 ご馳走様。そう言って星識も皿洗いを手伝う。着込んでいるアーマーは軽装だが細かい作業には邪魔だった。

『全脱衣』、と言いそうになって辞めた。確かに恥ずかしい。

 慣れの問題だと自分に言い聞かせた。

 ――「えーっと、じゃ、シャワー浴びる?」

 滑利が言う。どことなく恥ずかしそうだった。

「先でいいよ?」

 手順を考える。『全脱衣』して、実際に脱げば違和感はそれほど大きくはないだろう。

 皮膚感覚も完全ではない。斬られれば痛みを感じる程度には脳に干渉している。

 大幅にアバターと自分がずれている場合には、当たり判定でありもしない箇所に触れている感覚くらいはあるだろう。

 星識はそれほど変えていない。むしろ似せた。顔バレが嫌なら覆面でもマスクでもすればいい。

 ほぼ完全に同じにするには、全裸でゴーグルのオートスキャンに自分を晒せばいいだけだ。恥ずかしいが。星識はそうしている。

 アバターも一種類ではない。切り替えたければ三種類までタダだ。

 本人。

 鼻から下をバンダナで覆ったタイプ。サングラスで目も隠している。

 仮面。

 星識はその三種類だ。中身は同じだ。エディタが細かすぎて一から作る気にはなれない。

 聞くのには若干、躊躇う。しかし今後『全脱衣』は生活で多用しそうだった。

「あのさ。滑利はアバター、オートスキャンで、その」

「……うん。ちょっといじったけど」

 化粧した状態にしたり顔を少し変えるのは誰でもやっている。

「……そ、そんなに変更はしてないよね。綺麗だし」

「ねえ……さっき、浴衣着替える時、どのくらい見た? 全部見ちゃった?」

 滑利が真っ赤だ。

 オートスキャンの時に若干足を開いておくと性器まで写る。

 全部と言っても何もかもではない。モザイクもかかる。パッチで外せるけれども。

 正直に答えると大変だろう。それくらいは分かる。ほぼ全部見えた。性器の奥までは見えませんでした。

 いやそもそもそんな所のデータがない。さらにパッチ当てるとそれらしく補完するらしいけども。

「浴衣に集中してそれどころじゃなかった」

 断言した。

「そ、そう?」

 とにかくシャワーは『全脱衣』がいいだろうし、言わなくても滑利ならそう考えるだろう。

 シャワーは支障は殆どない。トイレには若干不安がある。寝るのには関係ない。

 この後寝るまでを想像した。切り抜けられそうだった。

「シャワー行って来なよ」

「う、うん」


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