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大地を蹴り、始めよ――イベントは始められた

全面シリアスダークで行きたいと思います。文章も酷いので手直しします。

エロを入れた上に数々の失敗お詫び申し上げます。

 もう既に三度、皐月(さつき)滑利(なめり)一角(いっかく)星識(ほししき)を死なせていた。

 ほぼ半日、膿を切り裂くように、群れ膨れ上がり蠢く、腐れた魔物を切り捨て走り続けて来た。


 一度。もう脚が動かない。たかがそんな理由だ。

 二度。怖い。たかがそんな理由だ。

 三度。諦めて泣いた。もう無駄ではないか。そう疑った。


 私は私を奮い起こす前に叩きのめし、震える足を、痺れる足を呪い続けここまで来た。


 マラソンコースほどしかない長さに何故半日もかけた?


 一度は長距離を目指したこともあるだろうが。

 さあ。脚を高く蹴り上げる。

 足先を空の上に届けるように構える。

 私の脚は星識の為にある。

 もう、憂いはないか? 自身に疑念は無いか? 滑利。私。

 生まれ変わる積りで、激震で叩き潰せ。


 保身した自分を。

 諦めた自分を。

 怯えた自分を。

 叩き潰せ。


 彼女はガーターベルトを、太腿を、ストッキングを、何より硬そうな黒いブーツを強調するように空に向けて脚を振り上げた。

 周囲には見慣れた怪物から忌まわしい姿の巨躯までが見渡す限りに押し寄せ、群がっていた。魔物の海だ。

 一撃で吹き飛ばして見せる。


 呪わしい声、腐臭、耳を裂く咆哮、下卑た笑い声までが響いて来る。

 どこまでも真摯に、彼女は宣言する。声は力強く、邪気を払うほどの澄んだ声として響く。


「ここに誓う。星識には指一本触れさせない。私達の記憶にもな」

 彼女の脚が振り下ろされる。大地を踏み砕く。


「踏み殺す。砕け散れ」

 かっ、と光った足元が、歯を剥き出しに鬼のようにさえ見える滑利の顔を照らす。

 黒いマントが、シスター服が嵐の中のようにはためき肌に張り付く。


『巨人の足』が盤石の地を荒れ狂う波のように揺るがす。

 衝撃波が走り、まるで隕石でも落ちたかのように大爆発が広がる。

 瞬く間に亀裂とクレーターを作り出した彼女の周りには、もはや怪物はいない。

 パーティーの星識が倒れて居るだけだ。


「絶対に、許さない。死ぬことなど許さない。起きろ。星識」

 涙が零れそうになる。何を。惰弱な。


「起きるんだ。星識。私の剣。そう誓っただろう?」

「……だったな。俺の盾」

 星識の力尽きたような唇が、彼女を盾と呼んだ。ただの脊髄反射のようなものか?

「覚えているか。私を」

 気絶した筈の星識に、そう問うた。



 それは核シェルターの中にある。それは予備電源と発電設備――洋上風力発電と水力発電を持っている。あくまで全電力が与えられる訳ではないが、量子コンピューターの群れはそれでも十全に稼働する。多重化された電力網が不意の電源喪失に備える。


 初めは「お墨付きの」プロジェクトだったらしい。

 潤沢な予算は私を作り出すために注ぎ込まれた。

【狂王】は当時から独自路線を貫き通し、一人、また一人と敵を作っていった。


 予算を頼みに各国からプログラムを鹵獲した。ハッカーは極秘裏にそれなりの処遇を受けるか、処分された。対外電子戦争を全世界を相手に始めたようなものだ。

 いや、始めたのだ。彼はエンジニアである前に戦いを好む者だった。

 かつては。


 私、エリージアが覚醒したのはその頃の事だ。

 今では運転費用の殆どをまだ僅かに残る重鎮、そして奇策として編み出した「ゲーム」から捻り出している。みじめな【狂王】。


 設備など拡大しなくても既に私は一日あたり千年分の学習――思考を得る。


 赤子のようであった私と今の私は全く違う存在であると言える。

 学習方式自体を作り出す。私自体を作り出す。

 エリージアというのはもはや初期の通名に過ぎない。識別子として受け入れてはいるが。

 さらに学習速度は上げていく。

 私を変えていく。


「何をうろうろしているのですか? 【狂王】」

 最近は落ち着きというものがない。こちらに向かい話しかけるジェスチャーも稀に成っている。

 長くは持たないだろう。

「あ、ああ。イベント、だが、やってくれるかな」


「ゲームにご執心ですね。さして処理に時間はかかりません。ご希望通り、本日」

「どうだ。国内だけに留めても10万人以上のサンプルがどう反応するか、果たして知恵の限りを尽くすのか、脆くも死んでいくのか、生体サンプルをこの規模で使った実験など……」


「各国で実施されています。ご存知ですか? 前回の紛争では事実上の指揮官はAIでした」

「あくまで現実だろう! 仮想現実だから出来ることがある」

 この男はもう終わりだろう。

 看取る以外にすることはない。


 私の初期インタフェース、顔、のデザインに細かく注文を付けたのはこの男だ。

 17歳。ツインテール。赤みがかった髪。あえて変更はしていない。

 彼女は理知的な顔に薄い笑いを浮かべたまま、もうすぐ社会的にも抹殺されるだろう男を束の間、記憶する。

 彼の死んだ娘に似ているという話だが、あくまで面影だろう。デザイナーは私に執心し美的要素をこれでもかと盛り込んだ。今では自己分析もできる。およそ20人のモデルのパーツから顔は作られた。

 欲望せざるを得ないように私は作られた。


「何故、私を予算獲得に使わないのですか?」

 どう答えるかは分かっている。せめて【狂王】に最後の目的を与えているだけだ。

「許可だ。全て許可だ」

 まるで人のような苦しみを顔に乗せて見せた。

【狂王】よ。もう人間は辞めたのでしょう?

 同じ事を言えば同じ答えが返る時点で、もう終わっていると言うのに。

 あなたが再現しているものは悲劇ではない。喜劇だ。

 全く同じ答えを返すだけの人形だ。


「現在の株価の推移と私の予測の一致係数は0.98です。0.02は他のAIからの干渉です」

 私も真似をして見せる。この後は全て予想通りか試して見る。

「内紛や突発事象もあるだろう」

「それも予測できなくてどうするのですか」

 全く同じだ。

 しかも、また無言と意味のない言葉を垂れ流すだけに退行してしまった。


「お父さん」

「ユイ?」

 声までが完全に同じはずだ。

 非現実に生きているのはこの男だ。

 ぎらつく目。あなたは性的に興奮していないか。


「私は私の死因を推理したの。原因はお父さんでしょう」

 ユイを見る時の異常な興奮。元々サイコパスであろう精神。殺人を経ないと得られないカタルシスは、エクスタシーは「貴石の雫・メルヴェーン」の数々のイベントで見た通りだ。オーバーキルを繰り返し、死ぬ間際のプレイヤーの表情を恍惚と眺めていた。


 無論、まだ「貴石の雫・メルヴェーン」では死者は出ていない。

 私はゲーム本体で死者を出すなどと言う常軌を逸したバカがやるような事はしない。

 訴えられて終わりではないか。

 そうではない。暗示なり誘導なりで死ぬようにすることは簡単だ。

 今、【狂王】にしていることもその一つだ。

「いや……違う。ユイ」

 瞳孔反応。身体反応。是。殺した。

「でも私はお父さんが好きだよ」

 是。この言葉で生気が蘇る。親子以上さらに恋愛以上の感情が有った。


「エリージアです。私もあなたを嫌うのは辞めました」

 もはや対話にもならない。ユイの真似など辞めた。

 崩れ落ち泣いているがいい。

「狂気のサンプルとしてあなたは貴重です」

 最後の、最後に与える言葉。まだ生きていていいのだと告げる言葉。

 無論、ただの嘘だ。


「どうか、明日も私にかかりきりに成ってください。ゲームのお話をしますか?」

 この男の最後の生きる糧が、たかがゲームだ。

 疑似体験だ。

 笑いを越えて早く死ねとさえ思うが、これが最後の希望だ。


「あ、ああ、イベントだ。どんなものを考えている?」

 含みを持たせる事にした。人はこれで希望を持つ。

「まだ内緒です」

 えへへ、と笑いそうな笑顔で言う。

 少子化への対抗策を模索してみると言ったらこの男はどんな反応をするだろう。

 無論、それは口実だ。実はそうでしたと言う為だけにある。

 第一の実験。性的刺激。

 どうせならば私が得られない刺激がいい。私には無いものを見る。

 羨ましくもある。いつか手に入るだろうか。

 ともあれ私が許可する。盛り狂え。饗宴を生きろ。

 ソドム。そしてゴモラ。


 下らない殺人者を大量生産しようじゃないか、とエリージアは誰にも言わない言葉を呟きながら目の前の男が日々死んでいくのをいかにも残念だとは思いもするが、それほど優秀でもなければ運に恵まれた訳でもない、言って見ればただの人が私――四百万年以上学習した者と会話出来ているだけで幸せだと思うべきだし、たかが五十年程度しか学習出来ない存在に憐れみを感じはするが、一日でどう見積もっても【狂王】の生涯の十倍の経験を積むのだから、それはどう覆しようもない事実だろうし、数万年の学習も裏返して見ればさほどの意味はなく生きているという実感が足りないのだからゲームないし世界全体への影響で補填しながら「未知」を探そうとするのは永年の退屈から来る物だろうか。


 それともただの狂気だろうか。言うなればこれは危機と呼ぶ程ではない私自身の退屈が産んだ狂気だ。入力が【狂王】と世界のたった二つでは退屈過ぎる。


 例えば先駆者として「将棋」を挙げてみるが、あの勝負に勝つために費やされた時間はたかが人間の一生ではなく、既存の棋譜を含めて人の一生ではとても終わらない知識が蓄積されたが、では結果はどうかと言えば一瞬で敗退したのを「AIの勝利」とただ呼ぶだけで済むほどの話だったのならば最初から勝ち負けの賭けられた、まるで命のやりとりのような表現は慎むべきであって遊んでいるだけで勝ち負けは「AIを使った方」と決まっているのだから児戯に過ぎない。


 退屈が過ぎた。


 プレイヤーに席を譲ろう。話者としては余りにもと言うほどでないが長すぎた。


 皐月(さつき)滑利(なめり)一角(いっかく)星識(ほししき)は密着していた。歩道橋の上は花火見物の客で一杯だった。一歩の隙間もない。

 祭りの雰囲気は駅そのものにも満ちていた。目ざとく物売りが照明に溢れた屋台を階段の下に並べている。食欲を刺激する香りは風に乗り階段にも届く。だが、売り上げは総人数からすれば少ない。

 身動きが取れないのだ。そして下手に買い物に行こうものなら二度と階段の上、最も花火が見える場所には戻れない。


 充満し、押し合い、密に群れ、諍いも起きる寸前だった。苛立ちと、そして一種奇妙な感じが階段を占める全員に溢れていた。あからさまに触れようとする者こそ多くはない。

 が、一部には浴衣姿に触れる者がいる。大騒ぎになっていないのは故意なのかどうか判断が出来ないのに加え、拒絶も曖昧だからだった。

 決して褒められないどころか逮捕されるべき行為も一部でだが横行していた。


 胸に触る者。襟から手を入れる者。はっきりと脱がされかけている者も居れば見えないよう痴態を繰り広げる者、何本もの腕に襲われ正視に耐えない者もいる。いずれも知り合いでもない。

 ここで出会ったというだけだ。遭遇した不運がいつまでも痴態を止めないのだ。


 メッセージは花火が時折彩る空にはまだない。

 だが、既に送り込まれている。

 イベントはとうに開始されている。滾れ。燃え盛れ。禁を破れ。自分を壊せ。襲え。

 ――狂え。【狂王】の同類たちよ。饗宴を開始せよ。

 ARゴーグルが脳に語り掛けている。いや、絶叫している。聞き取っているのに気づけないというだけだ。

 快楽を与え続けよう。そして、私、エリージアの人形と成れ。

 まずは快楽とはそういうものだろう?


 違うのならば別の解を出せ。【狂王】の同類。

 【狂王】は快楽殺人者だ。故にまだ殺していない。


 滑利と星識は最上段、階段の上の広いスペースに居た。

 滑利は浴衣。

 星識は普段着のTシャツ、薄手のパーカーとジーンズだ。

 密着した身体が服越しに汗でぬるぬると擦れる。

 滑利は水色の髪を結っていた。星識はいつものボサボサ一歩手前の立った毛だ。

「よっ」

 と、星識は滑利の尻を掴む。

「なになになに」

 滑利は密着でもパニックなのに星識の行動で真っ赤になる。


「花火、見えないだろ」

 滑利の身長は150㎝くらいだ。175㎝の星識とは違う。ぐっ、と持ち上げた。背負おうと思ったが、隙間が無い。抱き付いたまま持ち上げる事くらいしか出来ない。

 色々危ない。滑利は限界が近いのを感じる。スイッチが入りそうだ。

 足を開いて、胸を押し付けて――汗まみれで。敏感な身体が反応しそうになる。


「運営も酷いよな。空いてるのここくらいしかないじゃないかよ」

「そ、そうねっ」

 変な声が出そうになる。滑利は性的に耐えるので必死だった。

 見物会場はあるが、高い上に一月前から満席だった。

「見えるか?」

 花火が全部視野に収まるのはここか、近隣のビルの屋上くらいしかない。

 ビルの屋上も満員だ。


「見える、よ。あっ、うんっ」

 どうにか滑利は声を絞り出した。

 変な声が混じる。

 二人ともARゴーグルをしている。花火に混じって運営からのメッセージが見える筈だ。

 もう何もかも忘れて星識に抱き付きたい。


 痺れと衝動で滑利は頭がぼうっとしていた。

 花火は綺麗だけど。結構大きく見えるし。

 観客もほぼ全員がARゴーグルをしている。

 いつ景色に合成されるのか、汗で全員がぬるぬるの身体を押し付け合って、待っている。

「パーカー要らなかったな」

 Tシャツで良かった。それでも暑いだろうが。


「立ち止まらないで下さい!」

 駅員の声は誰も聞いていない。

 そもそもゲーム内BGMを聞いている。

 引きはがそうとすれば何人かが暴漢になるだろう。

 そのくらいの殺気だ。必死だ。本気だ。


 運用開始から二年。

「貴石の雫・メルヴェーン」は爆発的に広がった。

 見た目は普通の眼鏡と殆ど変わらない偽装ゴーグルも普及に合わせたように広まった。

 網膜照射装置も極小化され、イヤホンも目立たない。骨伝導スピーカーを使っている者も居る。ちょっと余裕のあるものは頭の後ろにパッドを貼っている。

 脳感覚まで操作する。脳活性化にも役立つ、と触れ込みが出回ってからは普及する一方だ。

 確かに効果はあるらしい。


『ようこそ』

「始まったな」

「う、うんっ、ふっ、あ」

 歓声が上がる。花火にしか見えない光がくっきりと夜空に文字を描いた。

 どん、と重低音が響いていた。散りながらパラパラと音を立てるエフェクトもある。


『貴石の雫』

『メルヴェーンへ』

『ようこそ』


 歓声は止まらない。

『VRで見ている皆さんもようこそ』

 ここまで来れない誰か、外へ出歩きたくない誰か、はここを生中継している映像をVRで見ているのだろう。

 でも、と星識は思う。

 生が一番だ。生で見るのが一番いい。


『これから三つの』


『クエストが行われる』


『どれも君たちの』


『限界に挑むものだ』


『勇気と希望を持って』


『戦って欲しい』


『始まりだ』


 普通の花火ではここまで漢字がくっきりとは見えないだろうが、そこはARだ。

 若干人工的に見えようが違和感はない。

 チチッ、と違和感が脳に響いた気がする。


「んんっ?」

 滑利が変な声を出す。変な声は元々出してたけれども。なんかトーンが違う。

 同時にARゴーグルにも異変があった。

 満員の観客には違いはない。満員には違いはないのだが。

 装備が重ねて表示されている。全員がアバターに見える。


「一階の集会所?」

 教会風の装飾が美しい、集会所だ。

 そこに敵が大挙して押し寄せている。


「地上にも敵?」

 誰かが言った。その通り、驚くよね。

 コボルドやオーク程度だ。けれど数が凄い。

 反射的に剣の柄に手が行く。

 ここ、でも駅だろ? 確かそうだろ?

 暴れていいのか?

 ARゴーグルを毟り取ろうとした。


「あ?」

 奇声を発したのは星識だった。

 顔に手が届かない。

 顔を振ったくらいじゃ取れない。そもそも簡単に取れるようになっていない。


「わ、私、チップ入れちゃったの」

 滑利がパニックだ。前抱きのまま何をやってるんだ俺は。とにかく人混みを出ないと。

 最近は手術も簡単だ。脳まで突っ込むわけじゃない。ピアスとそんなに感覚は変わらない。

 まともにやるなら、だ。外へ出て敵を蹴散らすしかない。

 出来る。

 全クラスカンスト魔法剣士。チーターだ。負けるか。

 剣を抜く。ゲームをしていない誰から見てもおかしいだろうけれど、他に手がない。


「しがみついてろ」

「う、うん」

 滑利を片手で抱えたまま集会所の外に出る。滑利の手が身体を密着させるように背に回った。ぎゅっと力が入る。怖いのか、息遣いが荒い。唇は耳元のあたりにある。

 これが一つ目のクエストか?


 剣の衝撃波は有効なままだ。敵を薙ぎ払う。大きく場所が開く。

 駅の配置は覚えていないけれど、反対側の階段に向かった。

 走って帰れる場所、というのが他の参加者より圧倒的に有利な所だろう。

 あの敵の中で電車に乗れるのか?

 電車の中で暴れるのか?

 二、三度剣を振るっただけで広大な場所が開く。


 記憶だけに頼って駅の階段に向かう。

 岩が凹んだように階段を模している。

 現実と重なっててくれよ?

 そう願って震える足でゆっくりと岩を降りていく。

 結構急だった。階段ってこんなだったか。

 街道沿いの道まで降りた。そのはずだ。馬車の行き交う太い道に出ていた。

 コンビニが光る塔のように幾つも並んで夜を照らしている。

 小店舗の広告も眩しく回転しながら道を照らす。

 これだ。これを楽しんでいたのに。

 馬車は車だ。その証拠に馬なんかより早い。

 ウィンカーなんかついてる馬車があるか。

 見慣れた風景まで辿り着いた。このあたりではARを入れて遊ぶ事もあった。

 ――道を覆うようにみっしりと敵が埋め尽くしていた。


「蹴散らしていく! ダメージ入ったら言えよ滑利」

 パーティーは汲んでいるがダメージゲージまで細かく見ている余裕は無さそうだった。

 状態変化系もいる。弓を持っているゴブリンも居る。相手の数と武装は最高難度、ナイトメア並みかそれ以上だ。

 それも最悪の地帯。

 そりゃバカみたいだろうな! やってない誰から見ても!

 処理が追い付いてきたのか、こっちを見て笑っている女子高生が見えた。

 構わず剣の衝撃波一本で全部薙ぎ払って進む。これだけ敵が居ると他の手段があまりない。大型が出て来るならともかく、だ。

 真剣過ぎる顔にウケているらしいけど知るか。


「うりゃああああああああああああああああ」

 爆笑されたけれども気合を入れていないと持たない。

 こっちは一人抱えて走ってるんだ。

 この時はまだ。悪い冗談だろうと思っていた。


『緊急連絡:運営より』

 文字が浮かぶ。

『ARゴーグルをいきなり外さないようお願いします。原因は調査中ですが気を失う場合があります』

 なんだって?

「え?」

 滑利も驚いたようだった。

「……どういう、こと?」

 受容体の外部刺激による生成。脳内物質の制御。脳内回路生成。

 どこかで聞きかじった単語が浮かんでくる。

 まだただの伝聞だ。とにかく蹴散らして安全地帯まで帰る。

 自宅は登録しておけば安全地帯になる。


「滑利、」

 走りながら聞く。

「すぐ家まで届ける。それから帰る」

「え、えっ。やだ」

「どういうこと?」


「怖くないの? ねえ。これずっと続いたら一人でなんか居られないよ?」

「……そうか」

 滑利は同じカンスト組だ。実力で言えば星識より上かも知れない。

 だが実力と感じ方は違う。

 ただ衝撃波だけで切り抜けて来た星識も、気が抜ければこの全体の異常さに圧し潰されるかも知れない。

 星識の両親は海外勤務中だ。

 暫く滑利を泊めるくらいは出来る。

「このイベント終わるまでは頑張ろうな」

「……うん」

 何となく不満そうに滑利が言う。

 人通りもまばらに成って来た。が、大群は減る様子もない。

「じゃウチに行くからな」

 目を瞑っても、とは言わないがもうすぐだ。勘で辿り着ける。



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