【90】
ヴィルム達が隠形の訓練に打ち込んでいる一方で、フーミル、ミゼリオ、ハイシェラはその様子をのんびりと眺めていた。
『ハイシェラ、こっちにおいで』
『はぁイ!』
フーミルの呼び掛けに即反応したハイシェラは、彼女に抱き付くようにその膝元へとダイブする。
かなりの勢いがついていたようだが、彼女はその可愛らしい見た目に反して軽々と受け止めた。
『ふふ~ん。ハイシェラは甘えん坊だなぁ~』
『ん、可愛い』
頭を撫でられて喜ぶハイシェラをからかうような口振りのミゼリオとは違い、フーミルの方は顔を綻ばせている。
ハイシェラの身体を優しく撫でるフーミルだったが、その手は双翼の辺りに差し掛かった辺りでピタリと止まった。
『・・・ん、もう、ほとんど治ってるね』
『うン! もう全然痛くないノ! 主様とフー様のおかげだヨ!』
ハイシェラの元気な返事を聞いたフーミルは、安堵の吐息と共にグルーミングを再開する。
会話の内容からわかるように、ハイシェラは負傷していた。
そして、それはフーミルがヴィルム達と行動を共にしている事にも繋がる。
* * * * * * * * * * * * * * *
三日前、ヴィルム達がヒュマニオン王国を立ってからの事━━━。
里への報告の為に一時帰還したラディアを除き、飛竜状態のハイシェラに乗ってハイエルフ達が拠点とする森を目指していたヴィルム達。
予定ではあと数時間もすれば目的地に到着するだろうという所で、それは起こった。
ハイシェラの背中で寛いでいたヴィルムだったが、急に厳しい表情となり、勢いよく立ち上がると同時に大声で叫んだ。
「襲撃だ! 全員ハイシェラに捕まれ!」
メルディナ達がヴィルムの指示に反射的に従ったと同時に、前方広範囲、そして下方から十数発の魔法が放たれる。
様々な属性の攻撃魔法が向かってくる中、即座にヴィルムの意図を理解したハイシェラは、メルディナ達への負荷を考えて出来る限り急旋回はせずに避けていく。
(十二・・・いや、十四人だな。一人一人撃破するには個々の位置が放れすぎてて時間がかかる。クーナやオーマなら一人二人相手に出来るだろうが、メルディナを庇いながらってのはキツいだろうな。ここは━━━)
敵戦力の分析を終えたヴィルムは、即座に現状に必要な要素を割り出し、魔力を集中し始めた。
━━━白き魂を持つ者よ━━━
彼の身体から、透明に近い白色の魔力が溢れ出し、それはハイシェラを含めた全員を包み込むように動き出す。
━━━我、求むは汝が存在━━━
白い魔力は周囲を流れる風を巻き込み、荒々しく吹き荒ぶ一つの渦となった。
━━━我が魂に寄り添いて━━━
その渦は、ハイシェラに向かって放たれた攻撃魔法を次々と打ち落とし、
━━━仇なす者を塵芥に帰せ━━━
ヴィルム達を守るように、立ちはだかった。
「降臨<白狼姫アトモシアス>」
詠唱が完成すると同時に、空間を繋ぐゲートとなった風の渦が勢いよく弾け、フーミルが顕れる。
ヴィルムと目が合った彼女は、わかっているとでも言うようにコクリと頷いた。
「よし、俺とフーで敵を殲滅する! その間、クーナ達はハイシェラと一緒にメルディナを守ってくれ!」
「はいです!」
「任せろ!」
『ん。皆、無理しちゃ、ダメだよ?』
ヴィルムがハイシェラの背中から飛び降り、フーミルが空へと踊り出る。
ハイシェラに向けて放たれる攻撃魔法も、ヴィルムとフーミルが幾分かを弾いている為、明らかに少なくなりつつあった。
フーミル自身、飛び続ける事が出来ないが、その速さは常識を遥かに上回る。
辛うじて肉眼で確認出来るであろう距離を一瞬で詰めた彼女は、あっさりと敵━━━ハイエルフの首を撥ね飛ばした。
そのまま力なく落ちるハイエルフの身体を足場に再び高度を上げた彼女は、次の敵を駆逐するべく空を蹴った。
対して、着地したヴィルムは、迷う事なく大地を蹴る。
ハイシェラに放たれた攻撃魔法の中で、尤も到達が早かった雷槍を撃ったハイエルフに向かって。
焦ったハイエルフが雷槍を放つが、ヴィルムは予知していたとばかりに軽々と避けるとその下から掬い上げるように蹴りを放つ。
その蹴りがハイエルフの顎を捉え、首元から鈍い音が鳴ると、糸の切れた操り人形のように力なく倒れ伏した。
(次━━━しまったッ!)
次の襲撃者に向けて駆け出したヴィルムが感じたものは以前にもあった、精霊達の魔力が異常な速度で減っていく現象であった。
『クルァッ!?』
何の前触れもなく襲い掛かった虚脱感に動揺するハイシェラ。
全身の力が思うように入らず、飛行にも影響が出てしまっている。
『う、く・・・これ、もしか、して・・・』
しかし、ハイシェラよりも衰弱が激しいのはミゼリオだ。
フラフラと力なくメルディナの肩に着地すると、そのまま座り込んでしまい、動かなくなる。
「ハイシェラ!? それにミオまで・・・まさか!」
ハイシェラとミゼリオに現れた症状に、全員心当たりがあった。
精霊の魔力のみを奪う、“吸魔の宝珠”。
魔力は精霊にとっての生命力と言えるものである為、ミゼリオが動けなくなってしまうのは必然。
そして、飛竜であるはずのハイシェラにまで影響が出ているのは、ハイシェラがフーミルの加護を受けて半精霊となっているからだろう。
「こりゃやべぇな。メル姉、すぐにハイシェラを下ろした方が良さそうだぜ」
「オーマくんの言う通りです。万が一の時は、私が降りてハイシェラちゃんを受け止めるです!」
「クーナ、お願いね。ハイシェラ、すぐに降りて。このままだと貴女が持たないわ!」
『クルゥ・・・』
ミゼリオよりは影響が少ないとはいえ、やはりつらかったのだろう。
メルディナの指示に力なく頷いたハイシェラは、ゆっくりと高度を落としていく。
「オーマくん!」
「わかってる! こっちは任せろ!」
しかし、ハイエルフ達もそれを見過ごす程甘くはない。
明らかに機動力が落ちたハイシェラに、いくつもの攻撃魔法が間断なく襲い掛かる。
クーナリアとオーマが魔力を纏わせた武器で防ぐが、至近距離の為に余波までは防ぐ事が出来ない上、二人では対処が追い付かずに数発の被弾を許してしまう。
フーミルの加護があるとはいえ、人間よりも遥かに高い魔力を持つハイエルフの魔法を完全に無効化するまでには至らず、被弾した箇所には痛々しい傷が出来ていた。
『・・・これ以上は、させない。《ウィンドフィールド》』
直後、フーミルが防衛に参戦して防壁を張るが、彼女にも“吸魔の宝珠”の影響が出ているのだろう、いつものキレは鳴りを潜め、その表情は若干つらそうにも見える。
地上付近まで降りてきたハイシェラは、背中から飛び降りてきたクーナリアとヴィルムに受け止められて何とか着地した。
すぐにハイシェラを中心に防衛陣形を組むクーナリア達だったが、フーミルの防壁を抜くのは不可能と判断したのか、いつの間にか攻撃は止んでいた。
「逃げたか。フー、ハイシェラを頼━━━」
『ダメ』
ハイエルフ達の逃走を感知したヴィルムが、すぐに追撃をしようとするも、俯いたフーミルに腕を捕まれ、止められてしまう。
普段のフーミルであればヴィルムの指示に大人しく従うのだが、自分の眷属であり、大切な家族でもあるハイシェラを傷つけられた事で、彼女の怒りは頂点に達していた。
「フー、ちゃん・・・?」
「うっ・・・」
逆立つ白髪と全身の体毛、鋭く伸びた犬歯と爪、大きく見開かれた眼光。
フーミルから発せられる殺気はハイエルフ達に向けられたものとわかってはいるものの、その凄まじい怒りを感じとったクーナリアとオーマは思わず怯んでしまった。
『ヴィー兄様は、ハイシェラをお願い。あいつらは、フーが殺る』
「・・・わかった」
ヴィルムが承諾した瞬間、フーミルの姿は消える。
そして、僅か半刻にも満たない時間が経過した後だった。
その牙と爪はおろか、全身を赤黒く染めた彼女が帰ってきたのは・・・。
コミカライズ版、忌み子と呼ばれた召喚士の連載が始まりました!
自分の作品の漫画を読むのは妙にくすぐったい感じがしますね。
何度も見返してはニヤニヤとしています・・・!




