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【89】


ヒュマニオン王国を立ってから三日目の夕刻。


現在、ヴィルム達は目的地であるハイエルフ達の拠点まで約半分といった辺りにある草原で夜営の準備をしていた。


「クーナ、もう少しそっちを引っ張ってくれ」


「んっしょっ・・・これくらいでいいですか?」


「よし、ここで固定してしまおう。オーマ、昨日と同じ場所を縛ってくれ」


「わ、わかった。えーっと・・・」


ヴィルムとクーナリアがテントを張り、手の空いたオーマが縄で固縛していく。


意外な事に、一人旅をしていたはずのオーマは設営作業にあまり慣れていないらしく、天幕を固定するのに四苦八苦しているようだ。


話を聞くと、野宿の際は適当な木に登ったり、岩影などで身体を休めていたらしい。


「う~ん、もうちょっと煮込んだ方が良さそうね」


『どれどれ~? ん~っ、美味しい! 流石メルね!』


『クル~!』


「あ、ちょっとダメよミオ! ハイシェラが真似しちゃうでしょ!?」


ヴィルム達と少し離れた場所で夕飯の支度をしているのはメルディナ、ミゼリオ、ハイシェラだ。


尤も、調理をしているのはほぼメルディナであり、ミゼリオとハイシェラは味見と称した摘まみ食いに余念がない。


二人を止めようとするメルディナとのやりとりは、端から見るとなかなかに微笑ましく見えた。






テントの設営を終え、夕飯もそろそろ仕上がろうかという頃、鍋を囲っていたヴィルム達の側に、一つの影が現れた。


『ん、ただいま』


「おかえり、フー。辺りの様子はどうだった?」


『今の所は、問題ない。ちょっと危なそうな匂いは、今見てきたから大丈夫』


「そっか。なら、飯にしよう」


偵察に出ていたフーミルに労いの言葉をかけるヴィルム。


その隣に腰を下ろした彼女に、メルディナがスープをよそった椀を渡した。


「今日はカラクチドリのスープですよ。フー様のお口に合えばいいのですが・・・」


『良い匂い・・・ん、ぐっじょぶ!』


スープの味は合格だったようで、親指を立ててサムズアップするフーミル。


それを皮切りに、ヴィルム達もスープを口にし始めた。


「そう言えば、ヴィルムさんは何でハイエルフの侵入に気付けたんだ? 匂いでわかるフーミルさんならともかく・・・少なくとも、オレは奴らの接近に全く気付けなかったんだけど」


「確かに・・・あの人達、完全に気配を絶ってましたよね? お師様は何で気付いたんですか?」


ふと、思い付いたように疑問を投げ掛けるオーマに、彼と同じ事を考えていたらしいクーナリアが同調する。


あの時、ヴィルムがハイエルフ達の侵入に気付いていなければ、メルディナとミゼリオは拐われていたに違いない。


「何だ。クーナはわかってるんじゃないか」


「「へっ?(えっ?)」」


「今、自分で答えを言っただろ? あいつらが()()()()()()()()()()()から気付いたんだよ」


オーマとクーナリアの疑問に、あっけらかんと答えるヴィルムだったが、当の二人は何を言っているのかわからないという表情で首を傾げている。


「そうだなぁ・・・オーマ、気配と魔力は消せるか?」


「えっ? それくらいなら出来るけど」


「じゃあ、俺は後ろを向いて目を閉じておくから、自由に動いて見てくれ」


そのまま、オーマの答えも聞かずに後ろを向き、宣言通りに目を閉じるヴィルム。


その様子に、オーマは多少なり戸惑いながらも、自身の気配と魔力を消し、物音を立てないように愛用の薙刀を下段に構えた。


「武器を抜いたな。この感じだと下段に構えている」


「ッ!?」


迷いなく動作を言い当てられた事で動揺したオーマが、額に汗を浮かべながら数歩後退る。


「四歩程下がったか。集中が乱れて隠形(おんぎょう)が雑になってるぞ」


「すごい・・・当たってるです」


「興味深いわね。一体、どうやっているのかしら」


メルディナとクーナリアは、背後に目があると言われれば信じてしまいそうな精度でオーマの動きを言い当てたヴィルムを驚きの目で見ていた。


「気配を完全に絶つって事は、その空間にぽっかりと穴が出来るって事だ。そいつの気配や魔力を感じる事は出来なくても、そこに発生した空白を追ってやればいい。オーマ、そのまま気配を絶ってじっとしてろ」


言われた通り、その場で気配を消して佇むオーマ。


「メル、クーナ、今、オーマがいる位置に意識を集中するんだ。空間に漂う気配や魔力の流れが、オーマのいる所だけ遮断されている。その違和感を感じ取れ」


メルディナとクーナリアの側に移動したヴィルムは、二人がなるべく理解しやすいように説明していく。


「あ、これ、かな?」


「本当・・・ほんの少しだけど、違和感があるわね」


「初めてでそこまで感じ取れたんなら上出来だ。オーマ、次は俺が気配を消すから、メルやクーナと同じようにやってみろ」


「お、おう!」


オーマへの説明が二人へのそれと比べて雑に感じるのは、気のせいではなさそうだ。


そんな雑な説明でもすぐに気配遮断の違和感に気付けたオーマはセンスが良いのだろう。


「三人とも出来たみたいだな。気配遮断は隠密の基本だが、それを見破られる可能性もあるって事を頭に入れておくように」


「はい!」


「おう!」


「なるほどね、確かに盲点だったわ。気配遮断にこんな見破り方があるなんて・・・」


三人は新しい発見にご満悦のようだ。


特にメルディナはの反応は大きく、いつもより目がキラキラ輝いている。


「ついでにもうひとつ教えておく。こっちは一朝一夕で覚えるのは難しいけど、知っておいて損はないだろう」


その言葉に、三人の視線が自分に向いた事を確認したヴィルムは、少しだけ口角を上げた。


「どんな手段を使ってもいい。俺を見失わないように━━━」


「えっ!?」


「消えた!?」


「いつの間に!?」


突如、周囲に溶け込むように姿を消したヴィルムに驚く三人。


先程教わった方法を試してみるも、まだ未熟な事もあってか違和感を感じとる事が出来ない。


「どこに行ったんだ? 目で追えない速さでこの場を離れたとか・・・」


「いいえ、ヴィルは見失わないようにと言ったのよ。それに、身体強化なら私達も知っている事だから、改めて教える必要はないわ。必ず、この辺りにいるはずよ」


「消える寸前まで、お師様に動きはありませんでした。素早く動けば、空気の流れや音である程度の位置がわかるはずです。やっぱり、お師様は近くにいると思います」


「正解だ」


三人は議論を交わしながらもヴィルムの姿を探していたが、先程彼が姿を消した場所から聞こえてきた声に思わず振り向く。


そこには、消えた時と同じ格好で視線を返すヴィルムの姿があった。


「全員見失ってたみたいだが、クーナリアは正解に近かったな。俺はこの場所から一歩も動いてなかったぞ」


三人が三人とも姿を見失ってしまったにもかかわらず、その場から動いていないというのは信じ難いらしく、珍しく半信半疑の視線をヴィルムに向ける三人。


「やって見せた方がわかりやすいな・・・メル、クーナ、こっちに来てくれ」


「え? は、はいです」


「う、うん」


メルとクーナを呼んだヴィルムは、側に来た二人の手をとった。


「ふぇ!?」


「ちょっ!?」


何の予告もなく手をとられた二人は、その不意打ちに頬をうっすらと赤く染める。


もちろん、ヴィルムに他意はないのはわかっているのだろうが。


「じゃあ、いくぞ━━━」


先程と同じく、空間に溶け込むように消えていくヴィルム。


「嘘・・・感触が、ある?」


「どうなってるんですか? これ」


姿は見えないのに手を握っている感触はそのままという不可思議な状況に、メルディナとクーナリアは物珍しげに目には見えなくとも確かに繋がれている手を凝視している。


「気配と魔力を”遮断する”んじゃなくて、“周囲に同調させる”んだよ。それが出来れば、生物はそこに何もいないと錯覚する。尤も、空気の流れから大気に漂う魔素の流れ、その他にもありとあらゆる事象に同調させないといけないから、難易度は高いけどね」


再び、姿を現したヴィルムが術の要点を説明するが、彼女達にとって“難易度が高い”というレベルの話ではない為、十中八九理解するには及ばないだろう。


尤も、メルディナだけは駄目元上等ですでに実戦を試みているのだが。


その後、オーマも彼女達と同じ体験をするのだが、やはりというべきか、習得するまでには至らなかった。



何週間も更新が滞ってしまい申し訳ありません・・・。

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