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【86】手掛かり


「何がどうなっている!?」


「きゅ、急に血を吐いたぞ!」


ハイエルフ達の不可解な死に様に、周囲にいた者達が騒ぎ始める。


彼らの特性を知らない者達から見れば、自分達が目撃した惨劇は到底理解出来るものではないだろう。


(毒か・・・? いや、そんな様子はなかった。予め口内に仕込んでいたとしても、気絶した状態の奴らまで死んだ理由にはならない・・・)


その惨劇を最も間近で見ていたヴィルムは、周囲の騒ぎを他所に彼らの死体を検分していた。


彼らが目を覚ます直前の状態との違いから、死因を推測する為だ。


(この男、目を覚ました直後は随分と尊大な態度だったな。死を悟った者があんな態度をとるのはおかしい。少なくとも、こいつにはもうすぐ死ぬという自覚はなかったはず)


苦悶に顔を歪めて冷たくなっている男の側から立ち上がったヴィルムは、死して笑みすら浮かべているように見えるハイエルフへと視線を移す。


(こっちの男もそうだ。意識を取り戻した直後は(だんま)りを決め込んでいたのに、急に喋り始めた・・・身体の変調に気付いた? いや、他の奴らにそんな予兆らしき症状は見られなかった。となると、この男だけが何かに気付いたという事か?)


自身の立てた仮説を元に、その男が視認していたであろう範囲に目を配っていたヴィルムの視線が、一ヶ所に固定された。


(まさか、俺が壊した首飾り、か?)


「ヴィルム殿、我々にも彼らを調べさせてもらえないでしょか?」


丁度、ヴィルムがほぼ正解に辿り着くと同時に、混乱する部下達を落ち着かせたリーゼロッテが声を掛けてきた。


「あぁ、それなら変わろう。メルに聞きたい事もあるしな」


「では、それが終わったら改めてお休みになって下さい。城の者には部屋を訪ねないよう通達を出しておきます。ヴィルム殿とメルディナ殿の話はまた後日に聞かせて下さい」


自身が狙われたとはいえ、同族とも言えるハイエルフ達の凄惨な死に様に少し青ざめているメルディナを気遣っているのだろう、少し眉を下げたリーゼロッテは休息を進める。


「素直に甘えさせてもらうよ。メル、クーナ、部屋に戻ろう。オーマもついてこい」


ヴィルム自身もメルディナには休息が必要だと判断したらしく、考える素振りすら見せる事なく三人に声を掛けるとその場を後にした。






『メルを狙ってただとー!? 許さーん!』


メルディナの部屋に戻り、いざ話し合いを始めようとした所、『うあー・・・? メルー、どこー?』と目を擦りながら起きてきたミゼリオに先程までの出来事を簡単に話すと、全身を使って怒り始めた。


端から見れば、子供が駄々をこねているようにしか見えないが、本人の怒りは相当なものらしい。


『ヴィル! ちゃんとコッテンパンにしてやったんでしょーね!? メルを狙うような奴に手加減なんかしてないでしょーね!?』


「いや、つか、今までグースカ寝てたお前が言えた事じゃねーだろ」


『うっさいオーマ! メルを狙った奴らを庇うつもりかー!?』


「いててててっ!? 髪を引っ張るなって!」


呆れ顔のオーマがジト目で指摘するが、怒りに満ち溢れた今のミゼリオには何を言っても無駄な上、地味に話も通じていないようだ。


むしろ火に油を注ぐ結果にしかならないらしい。


「オーマ、ミオが落ち着くまで我慢しろ」


「えぇっ!?」


ヴィルムからこう言われてしまっては、オーマに拒否の選択肢はなくなってしまう。


最早、彼に出来る抵抗は、痛みに耐えつつ一刻も早くミゼリオの怒りが落ち着いてくれる事を願うのみだろう。


そんなオーマとミゼリオのやりとりを背に、メルディナの方へ向き直ったヴィルムはベッドに腰掛けた彼女に本題を切り出した。


「さて、ミオの事はオーマに任せておくとして、メルはあいつら(ハイエルフ達)に狙われる理由に心当たりはないか?」


「ないわ・・・って、言いたい所なんだけどね」


その質問に深々と溜め息を吐いたメルディナは、片手で額を押さえながらポツリポツリと話し始める。


「私ね・・・故郷にいた頃、ハイエルフの族長の息子に求婚されたのよ。まぁ、アレは求婚って言うより、命令って言った方がいい気がするけど」


当時の様子を思い出したのだろう、彼女の口調や仕草の端々に苛立ちが窺える。


「それでね? 私は断るつもりだったんだけど、故郷の皆ばかりか、お父さんやお母さんまでいい話だから受けなさい、なんて言い出しちゃってさ。このままじゃ強制的に結婚させられるって思ったから、逃げ出しちゃったのよ」


エルフ族にとって、上位種族であるハイエルフ族からの求婚は誉れ高いものであり、諸手を上げて喜ぶべき事なのだが、エルフ族の中で変わり者であるメルディナにとってはそうではなかったらしい。


「結構な年数旅して回ってたし、その間も追手の気配なんか欠片もなかったから諦めたと思ってたんだけど・・・まさか、今更やってくるなんてね」


「メルちゃん・・・」


話を終えても顔を上げようとしないメルディナの隣に座ったクーナリアは、悲痛な面持ちでその手を握った。


その表情から察するに、おそらくは彼女にも話した事がなかったのだろう。


『やっぱり、あんな場所から連れ出したのは正解だったわね!』


「ひでぇ話だなぁ。オレだったらキレて暴れてるぜ」


いつの間にか、騒いでいたはずのミゼリオや、彼女の相手をしていたオーマもすぐ側に来ていた。


付き合いが長いミゼリオは当事の出来事に関わっているような口振りを見せ、自分に当て嵌めて想像したらしいオーマの方は嫌悪感が顔に表れてしまっている。


同情的な視線がメルディナに集中する中、彼女が話し始めてから黙していたヴィルムが口を開いた。


「まだ推測の話なんだが・・・今回奴らがメルディナを狙ってきたのは、あの首飾りが関係しているんじゃないか?」


「首飾りって、さっきヴィルが壊してたアレの事?」


「アレって、ラスタベルの奴らがつけてた魔導具と一緒、だよな?」


「あぁ、まず間違いないだろう。少なくとも、外観は全く同じだった」


「で、でも、何でそれが今回の事に関係するんですか?」


魔導具の正体を代弁してくれたオーマに頷いて答えたヴィルムに、未だにメルディナの側を離れようとしないクーナリアが疑問を投げ掛ける。


「あいつらの不可解な死。死体を簡単に調べてみたが、毒物や呪いの可能性はほぼない。あいつらが死ぬ前後で違っていた事と言えば、俺が踏み砕いたあの首飾りくらいだ」


「うーん・・・いくら何でも、首飾りを壊しただけで死ぬなんて事あるのかしら? 流石に、ちょっと強引すぎる気がするんだけど」


「俺もそう思ったよ。だから、“逆”なんじゃないかと考えた」


「「「『逆?』」」」


ヴィルムの推測に納得がいかなかったメルディナは気になった点を指摘するが、返ってきたのは意外な程あっさりとした同意と別の回答だった。


「あの首飾りには潜在能力を解放させる、身体能力を引き上げる効果がある。だったら“首飾りを壊したから死んだ”んじゃなくて、“首飾りを身に付けている事で死を防いでいた”と考えられないか?」


「あの首飾りにそんな効果が・・・? じゃあ、あの人達が外に出るのを極端に嫌っていたのも、“出たくない”んじゃなくて、“出る事が出来なかった”・・・?」


「という事は・・・その首飾りをつけて、外に出られるようになったから、メルちゃんを狙ってきたって事ですか?」


「そういう事になるな。となると、今度は何故それをハイエルフ達が持っているのかって疑問が出てくる。あの首飾りは、“ラスタベルが最近になって開発したもの”のはずだからな」


「ま、まさか・・・」


その口から語られる仮説に導かれ、同じ結論に至ったメルディナが息を飲む。


そのまま、答えを急かすように目を合わせた彼女に頷いたヴィルムは、自身の出した結論を口にした。


「ハイエルフ達には、ラスタベルと何らかの繋がりがある」


「ちょっ、ちょっと待ってくれよヴィルムさん! ハイエルフ族もエルフ族と一緒で精霊を崇拝する種族なんだぜ? 精霊狩りをするようなラスタベルに協力するなんてありえない!」


オーマ自身、ハイエルフを庇っているつもりは全くなく、自分の知っている常識からは考えられないヴィルムの結論に、思わず口に出してしまったといった様子である。


「それはこれから調べればわかる事だ。ラスタベルから逃げた奴らの手掛かりもないし、調べてみる価値は十分にあるだろ? それに━━━」


オーマの反論に淡々と答えていたヴィルムが、僅かに口角を上げ、指を鳴らす。


「メルに手を出そうとした事、後悔させてやらないとな」


その瞳の奥には、内側から燃える怒りの炎が宿って見えた。


二週間のお休みを頂く形になってしまい、申し訳ありませんでした。

一旦は書き上げたのですが、推察の流れに納得が出来ずに書いたり消したりと繰り返していました。


コミカライズの新情報はまだありません。

私の方が毎日そわそわして待っています(笑)

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