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【85】侵入者の正体


ヴィルムが王城に戻ってきたのは、太陽がその姿を見せ始めた頃であった。


彼を出迎えたメルディナ、クーナリア、リーゼロッテの三人は、意識のないバンダナのエルフを無造作に担いでいる以外、特に異常な点は見られない彼の姿に安堵の吐息を漏らす。


「メル、クーナ、大丈夫だったか?」


「え? えぇ。クーナやリーゼロッテさんがついててくれたから、私は大丈夫よ」


「お師様が出ていってからは何もなかったです。リーゼロッテさんも手伝ってくれましたですし」


自分が掛けようとした言葉を他ならぬヴィルム自身にとられてしまったメルディナは一瞬戸惑い、クーナリアが特に何事もなかった事を報告すると、少々バツの悪そうな表情を浮かべたリーゼロッテが頭を振った。


「いいえ、私は何も。本来であれば我々の役目であるにもかかわらず、侵入者に気付けないとは・・・。ヴィルム殿、申し訳ありません」


「気にするな、とは言わない。まぁ、結果的にメルは無事だったし、責めるつもりもないけどな」


「・・・侵入者達は拘束した上で地下牢に。オーマ殿が監視役を買って出てくれましたので、私の部下と共に奴らを見張りをお願いしました」


ある意味、彼女にとっては責められた方が楽だったのかもしれない。


己の不甲斐なさに顔を俯かせたリーゼロッテは、肩を震わせてはいるがそれを言葉にする事はなかった。


「わかった。とりあえず、こいつもそこに連れていくから案内してくれ」


「その前に、ヴィル、ちょっといいかしら?」


「ん?」


リーゼロッテの胸中を知ってか知らずしてか案内を促すヴィルムの側に近寄ってきたメルディナは、担がれたエルフのバンダナをほどく。


「・・・やっぱり」


その下から現れたのは、額に埋め込まれた形で透き通った光を放つ翡翠のような石であった。


「ハイエルフ・・・私達(エルフ)の里よりも更に奥に住む人達。私達以上に外に出る事を嫌ってるはずなのに、どうしてこんな所まで・・・?」


「こいつがハイエルフか。初めて見たな。通りで魔力の消費が激しい魔法をあれだけ連発出来る訳だ」


エルフの上位的な存在である彼らは、同種に近いエルフの里にすら姿を見せる事は滅多にない。


その彼らがヒュマニオン王国にまで出て来た事実に、メルディナは驚きと困惑の表情を浮かべ、エルフである彼女の魔力量を基準に考えて戦っていたヴィルムは、ようやく合点がいったとばかりに担いだハイエルフに視線を向ける。


「ん? “人達”? もしかして、他の奴らもハイエルフだったのか?」


「えぇ、フードが捲れた時に額の石が見えたから。まさかとは思ったんだけど・・・」


「・・・詳しくは、こいつらに聞くとしようか」






リーゼロッテの案内で地下牢に辿り着いたヴィルム達。


そこには薙刀を携えたオーマが気絶したハイエルフ達が入っている牢を油断なく見据えており、リーゼロッテの部下であろう騎士達が出入り口を固めているといった様子であった。


「あ、ヴィルムさん。こいつら、まだ目を覚ます様子はないぜ?」


「あぁ、お疲れさん。鍵を開けてくれるか?」


ヴィルムが担いだハイエルフを見た騎士が即座に牢の鍵を開けると、彼は即座に牢屋の中に入り、鍵を閉めるように伝える。


鍵が閉められた事を確認すると、ヴィルムはハイエルフ達の身体を調べていく。


どうやら王城に残してきたメルディナを心配するあまり、所持品の確認等は後回しにしていたらしい。


不意に、手際良く動いていたヴィルムの動きがピタリと止まった。


「・・・流石に、予想外だったな」


「ヴィルムさん! それってまさか!?」


その手に握られていた物に見覚えがあるオーマは、身を乗り出すと同時に驚きの声をあげる。


それはサーヴァンティル精霊国防衛戦の際、ラスタベル軍の将が身に付けていた首飾り、オーマにとっては操られていた自分達に埋め込まれていた小石に酷似した物━━━“身操の首飾り”であった。


(なるほど。あの時、こいつらが気絶するまでに時間が掛かったのはこういう事か。だが、ラスタベル軍の魔導具をこいつらが持っているのはどういう事だ?)


自身が聞き出した情報によれば、装備した者の潜在能力を解放する魔導具であり、それはラスタベル軍が極秘に開発していた物だったはずである。


(出所は今から吐かせるとして・・・首飾り(これ)は母さん達に保管してもらってる物があるし、持ち帰る必要はない。破壊しておいた方が良いだろうな)


大きな疑問に思考を巡らせながらも、ヴィルムはハイエルフ達が持っていた“身操の首飾り”を全て回収し、淡々と砕いていった。


「さて、起きろ」


確認作業を終えたヴィルムは、平坦な声と共に未だに目を覚ます気配のないハイエルフ達を起こそうと蹴り始める。


「ウグッ」


「ウゥ・・・ッ!?」


数度目の蹴りで意識を取り戻したのは、リーダー格だったバンダナと背中を踏まれて気絶した二人だった。


起きたばかりで状況を把握出来ていなかった二人だったが、周囲を見渡す内に自身の置かれた状況を理解し始めたようだ。


しかし、リーダー格のバンダナが俯いて口を閉ざしたのに対し、背中を踏まれて気絶させられた方は今にも喰らいつかんばかりの表情でヴィルムを睨み付けていた。


「二人もいれば十分か。何故、メルを狙った? 包み隠さず全て話せ」


「たかが人間風情がハイエルフたる我々に命令するなど! 今すぐこの縄を解ゲ━━━ッ!?」


騒ぎ出したハイエルフの腹部に、ヴィルムの爪先が食い込む。


「騒ぐな。耳障りだ」


激しく咳き込む姿を見下ろす彼の目には、実害はなかったにしろ、メルディナを狙ってきた者達に対する怒りが見え隠れしていた。


「・・・我々が素直に話すとでも?」


「話さないなら、話したくなるようにしてやるまでだ」


「クッ!・・・ん?」


冷徹に言い放つヴィルムから黙って視線を逸らすリーダー格のハイエルフだったが、その視線が一点に集中したかと思うと唐突に笑い始める。


「クックックッ。残念だったな。どのみち、我々の命はすぐに尽きる」


「何だと・・・? どういう事だ?」


彼の視線を追えば、そこには先程破壊した首飾りの破片が散らばっていた。


「ふん、言葉通りだ。すぐにわかるさ」


「ゲホッ! ゲホッ! ・・・グッ!? ゲボッ!?」


突如、腹部を押さえて苦しんでいたハイエルフが、激しくのたうち回り始める。


夥しい量の吐血から察するに、尋常ではない苦痛が彼を襲っている事だろう。


「ヴィル! 後ろ!」


「ッ!?」


「クヒュー・・・クヒュー・・・ゴプッ・・・」


「ゴポッ・・・ゴポッ・・・」


メルディナの声に振り返ってみれば、気絶していたはずの二人の口から血が溢れ、半分だけ虚ろ開かれた目はどこを見ているのかもわからない。


ハイエルフは、産まれた直後から精霊族に次ぐ、もしくは一部の精霊以上の高い魔力を持つ代償として、聖樹と呼ばれる大木の守護を義務付けられた種族である。


それ故、聖樹の力が及ぶ範囲でしか生きる事が出来ず、聖樹から離れてしまえば、待っているのは確実な死。


彼らはその呪いとも呼ぶべきデメリットを、“身操の首飾り”によって極限まで軽減していた訳だが、そんな事をヴィルム達が知る由もない。


「ク、クッ・・・情報が手に入らなくて、残念、だったな・・・」


一人、二人と息絶えていき、最後まで残っていた彼の命も尽きようとしている。


「あぁ、残念だ。こうなったら、お前達の仲間に直接聞きに行くしかなさそうだ」


「面白い、冗談だ。た、確かに、貴様の力は、凄まじい、が・・・ゴホッ! 我々の、領土内、であれば、我々が、負ける事など、ありえ・・・ゲボッ! ゲボッ!」


笑みを浮かべてヴィルムを挑発するハイエルフは一際大きく咳き込むとその場に倒れ込み、呼吸は徐々に弱まっていった。


「その、女は、必ず、手に入れ、る・・・。精々、守ってや、る、事だ、な・・・」


その言葉を最期に、彼が起き上がる事は二度となかった。


最近、随分と涼しくなってきましたね。

暑がりなので非常に助かっております。


2019年9月10日“忌み子と呼ばれた召喚士”第二巻が発売されました!

詳しくは活動報告にありますURLよりTOブックス様のオンラインストアを御覧下さい!


また、コミカライズの方も決定致しました。

こちらは情報が入り次第、御報告出来ればと思っております!

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