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【83】デート (一歩手前)


ヒュマニオン王国城下町。


国籍の大半を人間族が占めるこの街は、冒険者達の比率が大きいファーレンとはまた違った賑わいを見せていた。


噴水のある広場では子供達が楽しげに走り回り、母親と思わしき者達は子供に気を配りながらも噂話に興じている。


異国の物らしき果物を並べている露店の周囲にはそれを物珍しげに眺める人だかりが出来ていたり、別の場所では吟遊詩人が旅先で体験したという唄を披露していた。


いつもと変わらない日常を送る住民達だったが、彼らの視線は、いつの間にかその場にいた三人組に目を奪われてしまう。


「へぇ、ファーレンにあった露店とは随分と品物の種類が違うんだな。あっちは魔物の素材や旅の消耗品なんかが多かったけど、ここは食料品や嗜好品がメインって感じだ」


「あそこは圧倒的に冒険者の数が多いからね。必然的に、取り扱う品物もそっちに需要があるものになっちゃうのよ。それ以前に、露店を開いてるのが冒険者だって事もよくあるし」


『あ! あれ美味しそうじゃない!? ヴィル、メル、あれ食べよ! あれ!』


つい最近まで忌み子(災厄を招く者)と信じられてきた存在の|特徴を持つ、この国の窮地を救ったとされる青年、そして人前に姿を見せる事は滅多にないとされる精霊を肩に乗せた、すれ違えば男女問わず振り向いてしまうであろう美貌を持つエルフの少女。


一人でもその場にいれば注目を浴びるであろう存在感を持つ者が三人、行動を共にしているのだからそれも仕方のない事なのかもしれない。


その三人組━━━ヴィルム、メルディナ、ミゼリオは、同盟が締結された事で早く自国に戻りたいジオルドを含めたディゼネールの面々を送る役を買って出たラディアを待つ間、以前出来なかった観光をと城下町に繰り出したという訳だ。


クーナリアとオーマは、リーゼロッテ率いる騎士団の訓練に参加している為、この場には来ていない。


ハイシェラの所在は簡単に予測がつくだろう・・・御察しの通りである。


「そうだな。丁度昼時だし、食べ歩きも良さそうだな。メルもそれでいいか?」


「えぇ、ミオが食べたいなら買っちゃいましょ。私も食べてみたいしね」


『やったぁ♪ おじさんおじさん、これ三本頂戴!』


「あ・・・? へ、へい、毎度どうも! 銅貨九枚になりやす!」


ミゼリオ(精霊)に話し掛けられた事で目を白黒させていた店主だったが、すぐさま気を取り戻すと串焼きを一本ずつ包んだ袋をメルディナに渡し、ヴィルムから銅貨を受け取った。


『ん~! 美味しい!』


「本当。お肉は特別なものって訳じゃないのに・・・タレに果物を使ってるのかしら? それと仕込みの段階でしっかり漬け込んでるから、ここまで味に深みが出てるって訳ね」


「確かに美味いな。これだけ美味いなら、他の店にも期待出来そうだ」


流石に自分が持つには大きすぎる為、メルディナが持つ串焼きに飛び付く形で肉を頬張るミゼリオ。


それに対してメルディナは、彼女の邪魔にならないようにもう片方の手に持った串焼きを口に入れては、じっくりと味わいながらその味の秘密を解析し始める。


昼前という事もあって彼方此方に空きっ腹を擽る良い匂いが漂う中、美味しそうに串焼きを頬張りながら歩く姿を見た者達の喉が同時に動き、次いで彼らの視線は串焼きに注がれた。


串焼き屋に殺到する住民達を尻目に、次の店を探し始めるヴィルム達だった。






串焼きに続いてパンやスープでお腹を満たした後、デザートにと買った赤い果物を噛りながら歩いていたメルディナが、ふと足を止める。


「メル、どうしたんだ?」


「え? あ、うん。大丈夫、何でもないから」


何でもないと言いながらも、彼女はその場から動こうとしない。


不思議に思ったヴィルムがその視線の先を追うと、雑貨を取り扱っている露店が目に入った。


「何か、欲しい物があるのか?」


「あ、いや、そういう訳じゃないから・・・えっ、ちょっ!?」


その態度から彼女が遠慮していると判断したヴィルムは、煮え切らない返事をしようとしたメルディナの手をとると、多少強引に露店の近くへと引っ張っていく。


不意を突かれて手を握られた彼女の頬は反射的に真っ赤に染まり、明らかに動揺しているのがわかる。


「いらっしゃ━━━いッ!?」


「少し見せてもらうぞ」


別の意味で動揺していた店主には目もくれず、メルディナの欲しがっている物を見定めようとするヴィルムだったが、顔を真っ赤にしている彼女は混乱のあまり目を回しており、あてにならない。


(この辺りだとは思うが、どうしたもんかな・・・ん?)


先程までのメルディナの視線から大体の位置を割り出したものの、乱雑に置かれた商品の数々に頭を悩ますヴィルムの目に入ったのは、蒼色の宝石が嵌め込まれた銀細工の髪飾りだった。


その隣には、その髪飾りと対を成すかのように作られた、紅い宝石が嵌め込まれた物もある。


「・・・これとこれをくれ。いくらだ?」


「えっ?」


ヴィルムが二つの髪飾りを手にとると、メルディナは驚いた様子で彼の顔を見上げた。


「あ、あぁ。どっちも金貨で六枚だよ」


「もらっていく」


ひとつ金貨六枚とかなり高額な物にもかかわらず、即座に代金を支払ったヴィルムは、来た時と同じくメルディナの手を握りながらその場を離れる。


少しばかり人気が薄くなる場所まで歩いた後、振り返ったヴィルムは、蒼い宝石が嵌め込まれた髪飾りをメルディナに渡した。


「メルディナにプレゼントだ。さっき、見てただろ?」


ヴィルムと髪飾りを交互に見たメルディナの口から紡がれたのは、驚きと嬉しさが入り交じった感謝の言葉━━━、


「えっ? 違うわよ?」


ではなかった。


「は・・・?」


その時の彼の表情は、おそらく彼の生涯で初めてのものだったに違いない。


正に“目が点”という表現がぴったりであり、普段はクールな印象が強い彼からは想像出来ない程の放心っぷりである。


「確かに髪飾り(これ)も目に入ったけど、あの店主さんがね? 私と同じ(エルフ族)だったみたいだから、珍しいなって思って見てたのよ。エルフ族って、私みたいに故郷から出ようとする人はなかなかいないから・・・」


メルディナに言われて思い出して見れば、あの店主の耳は確かに尖っていた上、バンダナが巻かれた髪は金髪で、代金を聞いた時にチラっと見えた瞳は碧色だったかもしれない。


『・・・ぷふっ! あっはっはっはっ! も、もう我慢出来ない! 「さっき、見てただろ?」って! かっこよすぎ、て・・・あーっはっはっはっ!』


「(ちょっとミオ!?)」


その様子が余程面白かったのだろう。


堰を切ったように笑い始めたミゼリオは、必死に止めようとするメルディナの手をすり抜けるように空間を転げ回る。


(・・・全部、俺の勘違いかよ。何だこれ)


自信満々で渡したプレゼントが完全な勘違いだったとわかったヴィルムは、未だかつてない程に羞恥の感情を覚えていた。


先程までとは全く逆で、口元を抑えて赤くなったヴィルムを何とか宥めようとするメルディナだったが、羞恥心に慣れていない分、彼が平静を取り戻すまでにかなりの時間を要したらしい。


「ヴィル、ありがとね」


帰り道、彼女が言ったその言葉は、ヴィルムの心を軽くしたのは間違いだろう。


なお、もうひとつの髪飾りをクーナリアに渡した際、再び笑い始めたミゼリオにはメルディナの鋭い突っ込みが炸裂したらしい。




* * * * * * * * * * * * * * *




人気のない裏路地。


滅多に人が寄り付かないであろうその場所にいたのは、その大半がフードやマスクで顔を隠した六人組である。


「間違いない。あれがターゲットだ」


「情報にあった、黒目黒髪の男も確認出来たな」


「どうやら王城の一室に寝泊まりしているようだ。部屋は完全に別々。こちらとしてはありがたい話だな」


「となると、襲撃はやはり夜分が良いだろう」


彼らの声色からは年若い印象を受けるが、その喋り方はそれ相応に年を重ねた者とも捉えてしまう事もあるだろう。


会話内容から想像するに、彼らがヴィルム達と仲良くしにきたのではない事だけは確かである。


「情報は以上だな? ならば決行は明日の晩。それまでは警戒されないように身を潜めておけ」


唯一顔を隠していないバンダナのエルフ━━━先程の露店の店主が指示を出すと同時に、彼らはその身を闇夜の中へと溶かしていった。


書いててムズムズしました(笑)

最後に落とすあたり作者の性格の悪さが窺えますね。


2019年9月10日“忌み子と呼ばれた召喚士”第二巻が発売されました!

詳しくは活動報告にありますURLよりTOブックス様のオンラインストアを御覧下さい!


また、コミカライズの方も決定致しました。

こちらは情報が入り次第、読者の皆様に御報告出来ればと思っております!

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