【80】精霊の国 サーヴァンティル
「同盟締結、おめでとうございます」
拍手と共にヴィルム達の横に移動してきたシャザールは、柔和な笑顔で祝いの言葉を口にした。
彼の表情と雰囲気からは、本当に喜んでいるのが伝わってくる。
「精霊様の御里とディゼネール魔皇国の同盟は、周囲の国々にも良い影響を与える事になるでしょう。僕も立会人として喜ばしく思います」
「あのままでは破滅の道を辿るしかなかった我々にすれば、少々好条件過ぎる気がしないでもないがな。そういえば、シャザール殿はシャザール殿で交渉したい事案もあったのではないか?」
「えぇ、ありましたよ。しかし、もう僕の・・・というよりは冒険者ギルドの目的ですが、ほぼ達成されたようなものなのですよ」
冒険者ギルドのマスターである彼にとって、今回の同盟条件は稀少素材の流通量を減らす事なく、無駄に命を散らす冒険者達は減るという諸手を挙げて受け入れたいものであった。
ハーフエルフである彼にとっては、精霊の里の存在は秘匿すべき事項であるものの、その精霊達が里の存在を公表してくれというのであれば否はない。
今回の件について、冒険者ギルドにとっては交渉するまでもなく利にしかならない条件なのだ。
これ以上の利を望むのは強欲であると言わざるを得ないだろう。
「ヒノリ様にはお見せしたのですが、こちらに来る前に辞令を貰いましてね。これです」
そう言いつつシャザールが懐から出した物は、先の戦いでヒノリに見せた、装飾と加工が施された一枚の紙であった。
その紙には、”ラスタベル女帝国の依頼に参加した冒険者達に対する強制指揮権を与える事”、”ラスタベル軍に襲撃されているであろう精霊達を保護する任を与える事”、そして“精霊達との関係を繋ぐ為の交渉を一任する事”が書かれていた。
あの時、ヒノリがラーゼンの率いる部隊の処遇を任せたのは、シャザールに貸しを作る為であった。
要するに“望みを聞いてやる代わりに、交渉の際にはこちらが有利になるよう譲歩しろ”という意味が含まれていたのである。
「ほぉ、冒険者ギルド協会も思いきった辞令を出すものだ」
「ラーゼンやラスタベル女帝国を調査していく過程で、彼らの目的が精霊様の捕獲だと判明しましたからね。以前にヒノリ様と面識を持てた事と時間的余裕がない事を引き合いに出して、僕を交渉役に任命するように誘導したんですよ」
いつものように笑ってはいるシャザールだが、その顔には若干黒いものが混じっているように思える。
ディゼネールの面々もそれを感じているのか、少なくない数の兵士達が顔をひきつらせていた。
「・・・こほん。という訳で、冒険者ギルドとしてはこれ以上の利を望むべくもなく、ヒノリ様には冒険者達の命を見逃して頂いた御恩もあります」
周囲の少し引いた視線に気がついたのか、恥ずかしそうに咳払いをしたシャザールが話を続ける。
「そこで、今回ヴィルム君にはSランクに昇格してもらいます。一個人で軍と対等以上に渡り合える戦闘力、精霊獣様を召喚出来る膨大な魔力、そして精霊様達との確たる絆・・・どれをとってもSランクとなるに相応しい」
当のヴィルムは黙って聞いているが、その後ろに控えている精霊獣三姉妹は自慢の弟が認められた事が嬉しいのか、機嫌が良さそうに頷いている。
「更に、魔霧の森の稀少素材を市場に卸してくれるというのは、冒険者ギルド協会はもちろん、各国にも膨大な利益を産み出します。ヴィルムくんのSランク昇格に異を唱える者は皆無に近いでしょう」
シャザールが“皆無に近い”という表現をしたのは、短期間でSランクにまで登り詰めるヴィルムに対して嫉妬心を持つ者や魔霧の森で一山当てようとしていた者達を考えての事だろう。
『うんうん。冒険者になってからそんなに経ってないのに、もうトップになっちゃうなんて流石はヴィルムね。お姉ちゃ・・・我も鼻が高いぞ』
『ヒノリ、地が出ておるぞ』
『ヒー姉様・・・』
『うっ━━━』
余程嬉しかったのか、思わず普段の口調が出てしまったヒノリに対して、ラディアは呆れたような、フーミルは可哀想な者を見るような視線を向けていた。
自分でも取り繕えないと思ったのだろうヒノリは、顔をひきつらせて固まってしまう。
「そこまで気にする事でもないだろ? ここにいる奴等がたかが口調くらいで俺達を侮る事はしないさ。俺もSランクになるらしいし、これからは普段通り振る舞えばいいと思うよ」
殺気も威圧も含まれてはいなかったものの、ヴィルムの鬼神の如き戦いっぷりが記憶に焼き付いているディゼネールの面々は首を揃えて頷いた。
「ふふっ、ヒノリ様の意外な一面を知る事が出来ましたね。さて、無事に話がまとまった所で、ヴィルム君には是非ともお願いしたい事があります」
「・・・何だ?」
空気を読んで黙っていたシャザールが脇道に逸れてしまった話に一区切りつけると同時に、再び話し始める。
ここで交渉かと僅かに気を引き締めたヴィルムだったが、シャザールの口から出たのは意外な提案だった。
「精霊様の御里に、国としての名前を考えて欲しいのです」
「里の、名前?」
「えぇ、そうです。これから先、新しく同盟を結ぶ国も出て来るでしょう。体裁を気にする者が多いですからね。国名は人々が“国”として認識する要素になります」
「シャザール殿の言う通りだな。我々としても精霊の里などとは呼ばずに、しっかりとした国名で呼びたいものだ」
予想外の要求に困惑したヴィルムは、シャザールとジオルドに「少し待ってくれ」と断りを入れ、ヒノリ達との相談に入る。
「俺は━━━の名━━━━と思━━━けど、━━かな?」
『う~ん、それよりも━━━━の━━━━━━━の方が━━━じゃない?』
『おぉ、それは━━━じゃの。━━━━にも関わって━━━、ヒノリの━━━成じゃ』
『フーも、━━━に賛成。━━なら、絶対━━━━━の名前が良いって━━━思うけど』
「そうか。━━━━がそう言うなら、━━━が良いかも━━━━な」
意外な事に、その時間は短かった。
ヒノリ達と二言三言話したヴィルムは、すぐに振り返ると改めてシャザール達の前に立つ。
「ギルドマスター、決まったよ」
「・・・随分と早かったですね。では、国名を教えてもらえますか?」
国名なだけに時間がかかる、長ければ後日になると踏んでいたシャザールは、少し驚きながらも答えを促した。
「サーヴァンティル。俺達の国の名は、サーヴァンティル精霊国だ」
これから新しい道を歩み始める自分達の国の名を口にしたヴィルムは、どこか誇らしげに微笑んでいた。
精霊の里の名前がサーヴァンティル精霊国に決定しました。
正直、毎回精霊の里と表記するのがちょっとアレだったんですよね~。
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