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【78】同盟 (前編)


翌朝、会談の場━━━魔霧の森東部にある草原は騒然としていた。


落ち着かない様子で近くにいる者と話しているのは、ラスタベル軍に支配されていた元奴隷部隊の面々、ディゼネール魔皇国の兵士達だ。


明らかに動揺を隠せないでいる相手側に対し、ヴィルムの態度は堂々たるもので、ディゼネール皇であるジオルドと対峙している今も眉毛のひとつすら動かさない。


(降伏したとはいえ、魔族(われわれ)の軍を前にしても動揺の欠片すら見せんか)


そんなヴィルムの姿を見たジオルドは、素直に感心していた。


魔族特有の病的なまでに青白い肌、背中まで届く青紫色の長髪、サファイアブルーの瞳は鋭い眼光を放ち、身に付けている防具こそ周囲の兵士達と同じではあるが、その雰囲気は一線を画している。


(尤も━━━)


ジオルドの視線が、近衛騎士のようにヴィルムの側に控える三人の人物に注がれた。


(あれ程までの戦闘力に加え、これ程までに圧倒的な威圧感を放つ者達に囲まれているのであれば頷ける。それにしても、伝説上でしか知られていない精霊獣にこうして相見(あいまみ)えることが出来るとは・・・長生きはしてみるものよ)


そこには黒目黒髪の(忌み子とされる)ヴィルムに付き従うように侍っているヒノリとラディア、そしてフーミルの姿。


ディゼネールの兵士達がざわめくのも無理はない・・・ヒノリの存在を知っていたシャザールでさえも、あまりの事態に絶句している有り様なのだから。


「さて、自己紹介もまだであったな。我はディゼネール魔皇国の皇、ジオルド=ディゼネールだ。此度は我らをラスタベル軍から解放して頂いた事、心より感謝する」


「受け取ろう。精霊女王サティア=サーヴァンティルの息子、ヴィルム=サーヴァンティルだ。今回は我らが女王の代理としてこの場に来ている」


最早、隠す必要がなくなった事実を暴露した事で、周辺のざわめきが一層強くなる。


やはりと言うべきか、人間であるヴィルムが精霊の女王たる地位にある者の子であるという事は安易に信じられるものではないらしく、多くの者から疑いの目を向けられているようだ。


そこに、場の雰囲気を察したヒノリ達が進み出た。


『疑っている者がほとんどのようだが、これは事実だ。ヴィルムは紛れもなく我らが母の息子であり、また我らの弟でもある』


『儂らの言葉を聞いてなお、納得出来ぬ者は名乗り出るがよい。家族である事を疑われるなど、侮辱以外の何物でもないからのぉ?』


『皆、疑っちゃ、ダメ』


三姉妹の言葉に込められた圧力が、兵士達を強制的に黙らせる。


強国と謡われるだけはあり、全ての者達がその圧倒的な実力差を感じ取っているようだ。


周囲が静かになると、三姉妹は再びヴィルムの後ろに控えるように下がった。


「シャザール。貴方に嘘を吐いていた事をこの場をもって謝罪する。後日、ファーレンやヒュマニオン王国の皆にも謝罪と真実を告げに行かせてもらうよ」


「い、いえ、御里の場所を秘匿する為というのならば仕方のない事でしょう。しかし、ヴィルムくんの育った場所が精霊様の御里だという事にも驚きましたが、ヒノリ様以外にも精霊獣様がいらっしゃったとは━━━」


ヴィルムの謝罪を受けたシャザールは、多すぎる情報に混乱しながらも何とか自分を保っていた。


これがもし彼以外であったならば、大いに取り乱していた者がほとんどだったに違いない。


「その辺については後で説明する。まずはこちらが考えている今後の方針とそちらへの要求を伝えたいんだが」


「そうですね、失礼しました。ヴィルムくんの言う通り、その話を優先させるべきですね」


「うむ。しかし、迷惑をかけた上に助けられたこちらとしては、あまりに非道なものでない限り、そちらの要求は全て飲むつもりだぞ?」


ラスタベル軍と同じく、侵略者として皆殺しにあっていてもおかしくない所を救われた事に恩義を感じているジオルドは、ほぼ無条件で要求を受け入れる覚悟があるようだ。


その目を直視していたヴィルムは、彼の言葉に嘘偽りがないと感じたらしく、僅かに口角を上げるとサティア達と決めた案を切り出した。


「そうか。なら、貴方達にはまず、精霊の里(おれたち)の存在を大々的に公表してもらいたい」


「なっ!?」


「はっ!?」


予想外の提案に絶句するジオルドとシャザール。


一旦は静かになった兵士達も、驚きのあまり再び騒ぎ始める。


「ヴィルムくん、それは止めておいた方がいい。我々にとって精霊様の御力は強大なもの。どんな手段を使っても手に入れようとする者はいくらでもいるんだ」


「シャザール殿の言う通りだ。精霊達の集落がある事実が知れ渡れば、強行手段に出る冒険者やラスタベルのような国々が出て来てもおかしくはない」


外界に住む者の心理をよく知るジオルドとシャザールが慌てて止めようとするが、そもそも、それはヴィルム達も十二分にわかっている事である。


「二人が精霊達(こちら)を心配してくれるのはありがたいが、今回の件で里の存在を知る者が増えすぎた。最早、隠し通せる域を超えてるんだよ。ロザリアやラーゼンも取り逃がしてしまったしな。今更、どんなに箝口令を敷こうが噂は流れる」


「そ、それは・・・」


「いや、しかし・・・」


弱々しくも反論しようとするシャザールとジオルドだったが、人の欲を知るが故に口を(つぐ)んでしまった。


例え厳罰を科したとしても、僅かな金銭の為に情報を漏らす者は必ず出てくるだろう。


「そうなれば、噂の真偽は問わず、精霊の力を求める馬鹿は必ず現れる。悪いが、俺達はそこまで外界の者達を信用していない」


「ですが、それは精霊様の御里の存在を公表しても同じ事になるのではないですか? いえ、むしろ力を求める者が押し寄せる事態にになりかねませんよ?」


「確かに、ただ精霊の里の存在を公表するだけではそうなるだろうな・・・そこで、だ」


シャザールが口にした当然の懸念に、ヴィルムはすでに予測しているとばかりに対抗策を口にする。


「精霊の里の存在を公表すると同時に、ディゼネール魔皇国と冒険者ギルドには精霊の里との同盟を宣言してもらいたい。領地として求めるのは魔霧の森全域。そして領土内への不可侵条約だ」


「・・・なるほど」


「そう、来ましたか」


つまりは、精霊の里を一国として認めろという事である。


一度、世間に“国”として認識されてしまえば、正式な手続きもなく足を踏み入れる事は不法入国と見なされる。


ラスタベル女帝国に敗北したとはいえ、強国と名高いディゼネール魔皇国が一国として認め、更には同盟を結ぶともなれば下手に手を出そうとする者は激減するだろう。


例え強行手段に及んだとしても、不可侵条約を正当な理由とし、情報の漏洩(姿を見られる事)も気にせずに迎撃出来るという利点もある。


「ですが、外界にとって魔霧の森は特殊素材の宝庫です。冒険者協会や他国がそう簡単に認めるとは思えません」


「それについても考えている。欲しい時に欲しい物をという訳にはいかないが、定期的に魔霧の森で採れる素材を市場に流す。ただし、これは精霊の里との同盟に加わった国にのみ、それも少量だ。だがそれでも、今流通している量を上回る事はあっても下回る事はない」


しばらくの間、外界で生活していたヴィルムは、魔霧の森で採れる素材がどれだけ稀少な物であるかを学んでいた。


ましてや、里のある深部で採れる素材ともなれば、各国が血眼になってまで求める代物である。


市場に流す量を少量としたのは、供給過多となった素材の価値を暴落させない為という事もあるが、魔霧の森における生態系に影響を及ぼさないようにという意味合いが強い。


「ノーリスクで稀少な素材が手に入る訳か。それならば協力する国も出てくるであろうな。冒険者協会も貴重な人材を無駄に失わずに済む・・・断る理由はない、か」


「そうなれば、名声を欲する冒険者達は他国からの反感を恐れて手を出しにくくなる。必然的に危険を犯してまで魔霧の森を探索しようとする者は減り、探索目的ではパーティを組む事すら難しくなる、という訳ですね」


最初は否定的だったジオルドとシャザールも、自分達の利だけではなく、その協力者に対する利と敵対者が動きづらい状況を作り出す事まで考えたヴィルムの話に、いつの間にか引き込まれていた。


「だが、この条件では遠からず精霊の里を下に見る国が現れるだろう。話だけを聞けば、精霊の里が我々に貢ぎ物をする事で庇護を与えられたとも捉えられるからな」


「そうですね。やはり同盟とは別に、ディゼネール魔皇国が精霊の里と対等以上の関係であるという事を証明出来ると良いのですが・・・」


互いに向かい合いながら腕を組み、良い案がないものかと頭を捻る二人だったが、ふと、ジオルドの方が何かを思い付いたらしく、何度か頷く素振りを見せた後、ゆっくりと顔を上げた。


「うむ、うむ。そうか、これならば・・・よし、オーマ、こっちに来なさい」


その視線は、三人の会話を目を逸らす事なく聞いていた一人の少年に向けられた。



6/20より、小説家になろう様からの御指摘があり、一時的に“忌み子と呼ばれた召喚士”が閲覧不可となっておりました。

本業と改稿作業に追われていた為、全く気付かず、読者様方に御迷惑をおかけした事をお詫び致します。


“忌み子と呼ばれた召喚士”第二巻の発売日は、2019年9月10日です。

よろしくお願い致します!

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