【76】敵対者
時は少し遡り、ヴィルム達がラスタベルに乗り込む少し前、城下街から少し離れた場所にある小屋に二人組の男女の姿があった。
男の方は暗がりに潜むように立っているのでよくわからないが、女の方はこの薄汚れた小屋に不釣り合いな華美な服装を纏っている絶世の美女━━━ロザリアである。
「はぁ・・・まさかウチの軍隊が全滅するなんて思わなかったわ。精霊獣ってどんだけ強いのよ」
「それは想定の範囲内だろう。今回の作戦は、あくまで試作品の実験が主だったんだ。その過程において精霊獣を捕らえる事が出来れば良い。と事前に説明しておいたはずだが?」
「そうは言ってもさ、せっかく女帝になってちやほやされるのを楽しんでたのに~」
「それなら、この国に残るか? あいつらは間違いなく復讐に来るぞ?」
会話の内容から察するに、どうやらロザリアはラスタベルを捨てて逃げるようだ。
男の方はその手引きといった所だろうか。
「じょ~だん。何の策も道具もない状態で、あんな化け物達を相手に出来ますかって~の~・・・って、や~っと来たわね。遅いわよ、ラーゼン」
「待たせたな。だが、今までの研究資料を置いていく訳にもいかんだろう?」
入り口から姿を見せたのは、シャザールとの戦闘で氷漬けにされたはずのラーゼンだった。
しかしその身体は無傷で、長期間に及ぶ行軍の汚れもない。
そして何より、奇跡的にあの状況から逃げ出せたのだとしても、彼がラスタベルに到着する為には十日間以上の時を要するはずなのだ。
「それで? 魔導人形は回収出来たのか?」
「いや、出来なかった。氷漬けにされてしまったからな。せめて、あの精霊獣と戦っていれば欠片も残さず燃やし尽くされていたんだろうが・・・」
「別に試作品だったんだし、気にする事ないんじゃない?」
「そういう問題ではないだろう。全く・・・ロザリー、お前には危機感というものが━━━」
「アーアー聞こえませ~ん。聞きたくありませ~ん。聞こうとも思いませ~ん」
「まぁ、人形が他人の手に渡ったのは少々痛いが、使用した素材はわかっても製造方法まではわかるまい。あぁそれと、顔が割れた以上、お前達二人には裏方に回ってもらうぞ? 今はまだ、我々の存在に気付かれては困るのでな」
説教をし始めたラーゼンと子供じみた仕草で耳を塞ぐロザリアの会話に割って入った男は、若干呆れたような口調で話し始めた。
「問題はあの男だ。一個人でありながら軍隊と渡り合う戦闘力、精霊獣を使役してなお余裕がある膨大な魔力、そして精霊獣との融合・・・」
男の声が、一段低いものへと変わる。
「何より危険なのは、奴が精霊を家族のように想っているという点だ。奴の思想が変わらん限り、我々にとっての大きな障害となるのは間違いない・・・全く、忌み子とはよく言ったものだな」
「あら? 私はあの子の事、気に入ってるわよ? 結構可愛い顔してるしね~」
「やめておけ。奴にとって、精霊を資源の一部としか見ていない我々は敵以外の何者でもない。こちらの準備が整うまでは手出し無用だ」
一体どうやって知り得たのか、彼らの物言いは、さも自分達の目で戦場を見てきたようなものであり、“ヴィルム”という人物像を明確に捉えていた。
その後、移動を開始する為に外に出た三人組。
彼らの視線は、自然とラスタベル城と城下街のある方向へと向く。
「さて、少々手荒ではあるが、我々に関するものは消しておかねばな」
「ラスタベルの国民達よ。全てを知りながら、何も出来ない妾を許せ」
「慣れ親しんだ街の人々を巻き込むのは心苦しいが、仕方あるまい・・・あとロザリー、お前は欠片も思っていない事を口にするな」
三者三様に言葉を発した直後、幾つもの爆発音と同時に住民のものであろう叫びが聞こえてきた。
「さて、行くぞ。今回の成果と情報は、あいつらにも報せておかねばなるまい」
男の言葉を皮切りに、三人組は歩き始める。
益々酷くなるラスタベル国民の叫び声を、背後に聞きながら。
ようやく一段落しました!
6月に入ってから特に忙しかったですが、達成してみると気持ちいいものですね!
段々敵の影が明確になってきました。
ヴィルム達とどう絡ませていこうか、今から楽しみです。




