【72】精霊の里防衛戦⑧ ~シャザールvsラーゼン~
「どうしたシャザール! 得意の魔法が出て来ないな!」
「君が撃たせないよう攻撃している癖によく言うよ」
あの後、にらみ合いながら戦闘態勢をとった二人の戦いは、ラーゼンの鋭い突きによって始まった。
自身の身の丈程もある大剣を豪快に振り回し、息もつかせない猛連撃により、魔導士としての戦い方を得意とするシャザールは防戦一方となっている
しかしながらシャザールが圧倒的に不利という訳でもなく、剣線上から身体を反らしたり、金属製の杖を当てて剣撃を受け流したりと危うさを感じさせずに回避していた。
(さぁて、普段からヴィルムを気にかけてくれてるみたいだし、おまけにあんな条件まで持ってきたシャザールには是非とも勝ってもらいたいところね~)
一方で、冒険者や傭兵達に変な動きがないかを見張りつつ二人の攻防を眺めていたヒノリは、未だに治まらない不快感を表には出さずにそんな事を考えていた。
任せるとは言ったヒノリだが、可愛い弟が外界に出てからそれなりに世話になっているシャザールと自分達の住む場所へ侵略しにきたラーゼン。
どちらの肩を持つかなどは火を見るより明らかだろう。
(ま、メルちゃん達の事もあるし、あまり長引くようなら不意打ちでもしちゃいますか。尋問出来る程度に生かしておけば問題ないわよね)
何やらヒノリが物騒な事を考えている間に、拮抗していた両者に変化が現れる。
「さて、もうしばらく付き合ってやってもいいんだが、この後には精霊獣との戦いが控えているんだ。悪いが、早々に片付けさせてもらうぞ?」
魔法の詠唱をさせないように絶え間なく攻撃を繰り出していたラーゼンだったが、予備動作で剣の軌道が簡単に予測出来る大降りの振り下ろしを放つ。
当然、今までの連撃を危なげなく凌いでいたシャザールに通じる訳もなく、余裕を持って避けられてしまった。
訝しむシャザールが目にしたのは、おどろおどろしい赤黒いオーラを身体から沸き立たせるラーゼンの姿。
「ラーゼン。君は・・・」
「御託に付き合う気はない。いくぞ」
先程の猛連撃が児戯にも見える速さと重さが増した剣撃に、シャザールの顔から余裕が消える。
回避が追い付かずローブのあちらこちらが切れ始め、流麗だった受け流しもロッドを削りながら辛うじて避わしている状態だ。
そうこうしている内に、ラーゼンの大剣がシャザールのロッドを真芯に捉え、その勢いのままに弾き飛ばしてしまった。
「・・・」
「終わりだ、シャザール」
バランスを崩し、丸腰となったシャザールに向けて、大剣が振り下ろされる━━━、
「何・・・?」
はずだった。
勝利を確信していたラーゼンの顔に小さな動揺が生まれる。
「やれやれ、舐められたものですね。そんな紛い物で、僕はおろかヒノリ様に挑もうとしていたんですか?」
肩を竦めるシャザールの言葉に、大剣を握る両手に力を込めるラーゼンだったがピクリとも動かない。
よく見ると、大剣を握る両手や間接部が薄く透明な氷に覆われている。
「これ、は・・・!?」
「その身体じゃ、凍りついた感覚もなかっただろう?」
「・・・いつ、気付いた」
すでに凍りついた箇所を起点に、薄氷が身体全体を侵食しているにも拘わらず、ラーゼンの表情に変化はない。
「最初からだよ。多くの冒険者や傭兵を揃えたとはいえ、未確定な情報のみで伝説に残る程の精霊獣に挑む程、君は無謀じゃないからね。あとは、ラスタベル女帝国に流されたであろう機密情報から推測すれば、答えは自ずとわかってくるさ」
「ちっ・・・優秀すぎる同僚が、敵に回るってのは、厄介、だな」
「敵に回したのは他ならぬ君だよ。でも禁忌だとは言え、あの資料だけで数々の魔導具を再現してしまった君の方が優秀だと思うけどね。その頭脳、もっと別の事に使って欲しかったよ」
「ほざ、け。この場に持ってきたのは、全て、試作品に、過ぎん。精霊獣、首を洗って、待って、いろ。魔導具が、完成した暁、には、貴様、達の力、手に入れ━━━」
ラスタベル女帝国のギルドマスターだった男は、最後まで言い切る事なく物言わぬ氷像へと成り果てた。
その表情は恐怖に怯えたり苦痛に顔を歪める事もなく、むしろ笑みすら浮かべているように見える。
彼の最期の言葉を聞いてからか、ゆっくりと地上に降りてきたヒノリは腕を組んで渋い顔をしていた。
(魔導具・・・しかも未完成、か。気になるけど、今はクーナちゃん達の方に向かうのが先ね)
精霊族の存亡に関わる事ではあるが、所在がはっきりしていて、かつ友好的であるシャザールから経緯と事情を聞き出す事は難しくないと判断したヒノリは、まず目の前の問題を片付けるべきだと判断する。
『シャザール、色々と聞きたい事はあるが今は時間がない。我が主が待っているのでな。約束通り、そやつらの処遇は任せるぞ』
「恩情に感謝致します。では説明は後程に・・・いってらっしゃっいませ」
主を見送る執事のような流麗な御辞儀をするシャザールを背に飛び上がったヒノリは、自身が持てる最高速度で魔霧の森の東側へと向かっていった。
色々詰め込みすぎ&四方面の展開に頭がパンクしかけております。
軽い気持ちで考え付いて実行に移した案でしたが、しっかり構成から組み立てていかないとどうなるかを身を持って思い知らされました(汗)




