【71】精霊の里防衛戦⑦ ~白き狼と黒の狐~
白と黒の影が、凹凸の激しい岩場を飛び交う。
風を纏って空間を縦横無尽に駆け、近接戦闘をメインに立ち回るフーミルに対し、魔法による遠距離攻撃て応戦するヨミ。
単純な攻撃力や速度はフーミルの方が圧倒的に勝っていると言える。
更に、ヨミは相手の視覚を塞ぐ魔法を使ってはいるが、嗅覚に優れたフーミルにはほとんど効果がないようだ。
では、両者の力量差を埋めているのは何か。
『ナイちゃん、メアちゃん、ご~』
それは、彼女に付き従うように蠢く二つの黒い物体である。
ヨミの命令には忠実に従い、しかし彼女の危機にはその身(?)を挺して攻撃を受け止めてしまうのだ。
それぞれ意思があるような動きをとっている事から、フーミルは実質三対一の状態で戦っていると言ってもいいだろう。
『本当に、厄介。それなら・・・〈リッパーフィールド〉』
フーミルの魔力によって作り出された鎌鼬が触れた者を切り刻む壁となり、ヨミを取り囲む。
『これなら、その黒いのでも防げない。逃げ場は、ないよ?』
『わわわっ!?』
迫り来る鎌鼬の壁を避けきれないと悟ったのか、ヨミは両手で頭を抱えると身体を小さくして縮こまってしまった。
このまま切り裂かれてしまうのかと思いきや、二つの黒い物体はお互いに頷き合う仕草を見せると、その姿を膜状に変化させて彼女を包み込む。
『(ナイちゃん!? メアちゃん!? だめだよ!)』
球体状になった黒い物体の中からくぐもったヨミの声が聞こえてきたが、目前にまで迫った鎌鼬から彼女を守ろうとしているのか、その声に応じる素振りは見られない。
鎌鼬によって、徐々に削り取られていく黒の球体。
(耐えてはいるけど、時間の問題、かな)
そう、フーミルが思った時━━━、
『ッ!?』
何の前触れもなく二つに割れた空間が黒い球体を呑み込み、忽然と消えてしまった。
予想外の事態に焦りを見せるフーミルだが、それは〈リッパーフィールド〉を抜け出したからというだけではない。
(匂いが、なくなった?)
姿が消える直前まで確かに感じていた匂いが、ぱったりと途絶えてしまったからである。
まるで、最初からその場にいなかったかのように。
『・・・早く、皆の方に行かないと━━━ッ!?』
不利を悟って逃げたのかと判断しかけたフーミルだったが、先程と同じく何の前触れもなく後方に現れた匂いに驚き、咄嗟に距離を取る。
『はぁ、はぁ、う~・・・ナイちゃんとメアちゃんをきっちゃうなんて、おねえちゃんひどいよぉ』
振り向いた先には、息を弾ませながら、ボロボロになった二つの黒い物体を大事そうに抱き締めるヨミの姿があった。
しかし、姿を消す前の彼女とは何かが違う。
『その耳と、尻尾・・・』
彼女の頭からピンと飛び出している、黒い獣の耳。
それぞれがユラユラと揺れ動く、七本の尻尾。
精霊であるはずの彼女に、獣の特徴が顕れている理由は一つしかない。
『精霊獣、だったの?』
『ヨミ、おこったからね!』
フーミルの驚きを余所に、怒りの感情を剥き出しにしたヨミの両隣から、永遠に落ちていきそうな、どこまでも呑み込まれそうな深淵を彷彿とさせる闇が顕れる。
『〈ダークネス━━━ 』
「こ~らヨミ、駄目じゃないか。勝手に遊びにいっちゃあ」
その闇がフーミルに向かって解き放たれようとした瞬間、背後から包み込むように伸びてきた手によって、ヨミの小さな身体は捕らわれてしまう。
『あ・・・う、うわああああん!!』
驚いた彼女が上を向き、現れた人物を認識した途端、先程までの怒りはどこへやら、大声をあげて泣き始めてしまった。
『ゆーりー! おねえちゃんが、ナイちゃんとメアちゃんをいじめたのー!』
「あー・・・うん、はいはい。何があったかは大体予想がついたよ」
その人物━━━ユリウスは、自分の胸元に顔を擦り付けて泣きわめくヨミの頭を撫でてあやしながら、合点がいったとばかりに苦笑いを浮かべる。
「えーっと、ヨミの相手をしてくれてありがとう。あと、迷惑をかけちゃったみたいでごめんね? 彼女に悪気はないんだ。どうか許してもらえないかな?」
戦いの相手に集中していたとはいえ、自分に気配を感じさせずに接近していたユリウスを警戒しながら観察していたフーミルだったが、ふと、ある部分で視点が止まった。
『・・・ヴィー兄様と同じ、髪と目の色?』
敬愛する兄と同じ黒い髪と黒い瞳。
それなりの刻を生きたフーミルも、その兄以外に見た事のない色。
「へぇ、君のお兄さんの髪と目もこんな色をしてるの? 困っちゃうよね、これ。外の世界じゃ「忌み子だ~」なんて言われてさ、過ごしにくいんだよ」
ヴィルムとは敵対位置にあるユリウス。
その存在は他ならぬヴィルムによって知らされてはいるものの、敵対した本人にも詳しい容姿がわからない為、フーミルが気付く事はない。
『そいつは、お前の仲間?』
「あぁ、僕の大事な友達さ」
むしろ兄と同じ境遇である事に、そして兄と同じく精霊を大切に想っている事に、若干ながら同情と共感の念を持ったようだ。
『・・・わかった。行っていい。でも、匂いは覚えたからね? もし、里の場所を人間に教えるなら、その時は許さない』
「勿論だよ。お兄さんによろしくね」
人の良さそうな笑みを浮かべたユリウスは、未だに口を尖らせて拗ねているヨミの手を引くと、彼女の姿が消えた時と同じ、空間の裂け目の中へと歩いていった。
念の為、その場に留まって警戒を続けていたフーミルだったが、再び二人が現れる事はなかった。
大絶賛執筆中です。
色々と展開が早すぎる気もしますが、緑黄色野菜にとっては限界以上にない知恵を絞っております(笑)
話数も増えてきたので、そろそろ取り繕えないレベルの矛盾点が出てきそうで怖い・・・。




