【70】精霊の里防衛戦⑥ ~ 大地の守り神 ~
爆煙と砂塵が巻き上がり、まともな視界が確保出来ない。
北方から放たれた禍々しい黒い閃光は、着弾と同時に凄まじい轟音と衝撃を周囲に撒き散らした。
風に煽られ、ゆっくりと煙が晴れた先には、衣服の所々が破れ、その身体も傷だらけとなってしまったラディアの姿が見える。
彼女の負った怪我も含め、彼女の周囲の地面が抉りとられたような惨状から、黒い閃光の恐ろしさが伺えるだろう。
『やれやれ、何という攻撃じゃ。全力を出して防ぐのが精一杯とはのぉ』
「ディア姉、今は喋らないで!」
最早、彼女には先程までの大軍を相手に扇情的にすら見えた余裕は微塵もなく、片膝をついて苦し気に息を弾ませている。
その傍らにはラディアへの気遣いと大事な姉を傷付けた敵への怒りが入り混ざった表情で魔力を送り込むヴィルムの姿もあった。
黒い閃光が放たれた瞬間、背後に位置する魔霧の森への被害を嫌ったラディアは即座に地形を変形させて防壁を作ったのだが、その予測以上に強大だった威力に防壁の作成が追い付かず、相当なダメージを受けてしまう結果となった。
満身創痍のラディアに対してヴィルムの怪我が少ないのは、身体強化で耐える事しか出来ない彼を彼女が庇った為である。
全力で防御した精霊獣ですらこの有り様ならば、対抗手段を持たないディゼネール魔皇国はひとたまりもなかった事だろう。
(しかし腑に落ちん。これ程の威力を持つ兵器・・・そう簡単に作れる物とは思えんのじゃが・・・)
「何と・・・魔導大砲の直撃まで耐えるのか」
煙幕が晴れ、ラディアの姿を捉えたアルデニスは、彼女の生存が予想外だったらしく、驚きを露にしていた。
強国と謳われたディゼネール魔皇国が為す術もなかった魔導大砲の直撃を受けて、生きていられるとは思っていなかったのだろう。
先の言動から察するに精霊獣を捕らえる事は諦め、消し飛ばすつもりで撃ったに違いない。
「エネルギーの充填を急げ」
「恐れながらアルデニス将軍。奴は今目に見えて弱っております。ならば容易に捕らえられるのではないでしょうか?」
「そうかもしれんが、奴がどんな力を隠しているかわからん。捕獲命令は改めて出すが、何かがあった時に備えてすぐ撃てるよう準備をしておいた方がいいだろう」
「了解致しました。魔導大砲、エネルギーの再充填を開始せよ!」
アルデニスの命令に側近を含む兵士達が動き始め、何らかの液体に満ちたカプセルのような物が魔導大砲の周囲に集められる。
兵士達はカプセルからケーブルを取り出し、魔導大砲に接続し終わると、カプセルの側面に備わっている宝珠に触れた。
『『『 ━━━━━━ッ!? 』』』
瞬間、カプセルの中から声にならない叫びが・・・否、外装に阻まれて聞こえづらいが、苦しみを帯びた叫びが聞こえてくる。
暴れ回っているのか、中を覗く為に付けられた窓からは、人の様な身体の一部が見え隠れしていた。
その中にいたのは━━━、
「充填率、三割を越えました! このペースなら再発射まで然程時間はかかりません!」
「やはり上級精霊からは大量のエネルギーが抽出出来るな。ここに着く前に数匹の上級精霊を捕らえる事が出来たのは、まさに僥倖と言えるだろう」
精霊達であった。
「シィ姉さん達の魔力が、減っている・・・?」
真っ先に異変を感じ取ったのは、ヴィルムだった。
『・・・異常な減り方じゃな。奴らに何かされておるのは明らかじゃろう』
魔力の譲渡を受けて幾分か回復したラディアもそれに気付いたらしく、状況から考えて浮かび上がった結果に目を細めている。
精霊にとって生命力そのものと言える魔力。
それを他者の手によって奪われるという事は、人に例えると生身を削り取られる事に等しい。
里の防衛に加えて、シィユ達の救出を目的としていたヴィルムは魔力探知により彼女達の居場所を把握していた。
彼女達を生かしたまま捕らえたからには、そう簡単には危害を加えないだろうと予測していた彼は、判断を違えてしまった自分に怒りを覚える。
当然、大事な家族を苦しめる者達に対しても・・・。
「・・・ディア姉、すぐに皆を助ける。力を、貸して欲しい」
感情のままに敵を葬れば、苦しむ家族達の救出が遅れ、取り返しのつかない事態になってしまうかもしれない。
そう考えたヴィルムは沸き上がる怒りを胸の奥底に留め、師匠であり、姉でもある彼女に助力を求める。
『かっかっかっ! 勿論じゃ。儂の力、存分に奮うが良いぞ』
愛しい弟に頼られたラディアは、普段通りの快活な笑い声をあげると、嬉しそうな表情のまま瞳を閉じた。
━━━ 父なる大地を守りし者よ ━━━
怒りを胸中に渦巻かせているとは思えない澄んだ声が、屋外であるにも拘わらず、周囲に響き渡る。
それはアルデニス達のいる場所にまで届いたらしく、突然聞こえてきた、誰が発したかもわからない声に動揺する者が多くいるようだ。
━━━ 我、求むは汝が存在 ━━━
突如、凄まじい揺れがアルデニス達を襲う。
時折発生する地震とは比較にならない程の大きな揺れに、堪らず両手と膝をつき、四つん這いの状態になる兵士達。
しかし不可思議な事に、立つ事さえ出来ない激しい揺れにも拘わらず、周囲の草木や地面への影響は全くない。
━━━ 汝が魂、我が身に宿りて ━━━
当然と言わんばかりに地震の影響を受けていない二人にも変化が現れ始めた。
ラディアの身体は黄色に輝き始め、その光が螺旋を描きながら上昇し、ゆるやかに軌道を変えると、そのままヴィルムへと降り注ぐ。
━━━ 悪欲穿つ石巌とならん ━━━
黄色に輝く光の螺旋で繋がった直後、ラディアの身体がきめ細やかな美しい砂となり、宙を漂い始める。
その砂の一粒一粒が、夜空に煌めく星々を彷彿とさせるであろう輝きを放ち、その一帯だけが夢か幻の世界であるかのような錯覚を引き起こした。
「降臨融合〈黃蛇姫ゼミアムガルナ〉」
ヴィルムがその名を呼ぶと同時に、世界は一変する。
つい今しがたまで穏やかに漂っていたとは思えない程に荒々しく舞い上がった砂の粒子は、光の軌跡を辿るようにヴィルムの身体へと吸い込まれていった。
ヒノリの時と同じく、ヴィルムの身体は取り込んだラディアの特徴が現れ始める。
真っ先に目を引くのは頭部の変化だろう。
胸元にまで伸びた髪は、忌み子特有の黒色からラディアの髪と同じ、クリーム色に近い金髪に染まる。
口からは鋭い牙が顔を覗かせ、トパーズを連想させる色へと変わった瞳は爬虫類独特の縦に細長いものとなり、臀部からは力強さを感じさせる尾が生え、露出している肌の一部には蛇のような鱗が浮かび上がった。
身体の変化が終わると同時に、どこから現れたのかいくつもの鉱石がヴィルムの周囲を漂い始める。
不規則でありながらもヴィルムから離れようとはしないその動きは、大地の化身が顕れた事を喜んでいるようにも見えた。
「何だあれはっ!?」
「さっきまでの精霊とは違うのか・・・?」
「お、おい! もう一人はどこに行ったんだ!?」
絶対の自信を持っていた攻撃を受けた生物が生存していた事に加え、常人には理解不能な光景を目の当たりにしたラスタベル軍は混乱を抑えきれなかったようだ。
総大将であるアルデニスだけは冷静に状況を判断しようとしてはいるが、予備知識も皆無な状態で未知の事象を理解出来る訳がない。
「魔導大砲の充填率は!?」
「じゅ、充填完了! いつでも撃てます!」
「ならばすぐに撃て! 放射が終わったらすぐに再充填だ!」
「は、はっ! 魔導大砲、撃てー!」
そんな状況に陥った人間のほとんどは、その理解出来ないものに恐怖を感じ、最終的には排除しようとする。
平静であろうとはしているものの、すでに恐慌状態に陥ったアルデニスは自分が発射命令を出す役割である事も忘れているようだ。
照準を合わせる事もしないまま再び放たれた黒い閃光は、奇跡的にもヴィルムに向かって突き進む、が━━━、
「シィ姉さん達の魔力を、こんなくだらねぇ物に使いやがって・・・ッ!」
着弾する直前、周囲を漂っていた幾つもの鉱石が前面に出たかと思うと、それぞれを起点とした半透明の壁が出現し、黒い閃光を押し留めてしまう。
「馬鹿な! 防がれただと!? もう一発だ! 充填を急げ! 早くしろ! 今度はギリギリまで搾り取るんだ!」
「じゅ、充填開始! 急げ! 急ぐんだ!」
命中して死なないどころか、防がれてしまうとは思っていなかったラスタベル軍の動揺は著しい。
すでに効果がないとわかってはいても、万策尽きた彼らは自身達の持つ魔導大砲に頼るしかない。
エネルギーの充填を開始する為に宝珠に触れたはずの兵士達だったが、その手に伝わる感触が先程とは異なる事に気が付く。
精霊達が捕らわれていたカプセルが、その宝珠を中心に石化を始めていた。
反射的に手を離そうとする兵士達だったが、触れた箇所が侵食されていた為、逃れる事は叶わない。
異常な速さで侵食する石化に抵抗する間もなく、恐怖に顔を歪めたいつくもの悪趣味な石像が完成した。
「なっ・・・なっ・・・!?」
あまりの事態に、最早冷静であろうとする事すら出来ていないアルデニスや混乱の極地にあるラスタベル兵達の視線は、この事象を引き起こしたであろう人物に自然と引き寄せられてしまう。
その人物━━━いつの間にかすぐ近くにまで接近していたヴィルムは、怒りに満ちた冷淡な視線と共に、死の宣告を口にした。
「皆の魔力を玩具にした罰だ。てめぇら全員、皆の魔力で消し飛べ!」
同時に、ヴィルムが球体状に留めていた黒い閃光が、ラスタベルの軍勢を包み込んだ。
出張中です。
休憩中にスマホを持ち込めない現場なので、思い付いた話の流れや台詞を書き留める事が出来ないのがつらい所。
個人的に大好きなディア姉の降臨融合なので、書いてて楽しかったです。




