【68】精霊の里防衛戦④ ~西方戦線~
(なるほどね。シィ姉さん達があっさり捕まった原因はアレか)
ラーゼンが持ち出してきた球体━━━“吸魔の宝珠”を前に、魔力が抜け落ちていく感覚を覚えたヒノリは目を細める。
その流出量は上級精霊を行動不能にするには十分であり、精霊獣であるヒノリ自身にも影響を与えている事に間違いはない。
現に、先程彼女が作り出した炎の壁も、その勢いが弱まりつつある。
(あれ・・・多分、魔導具ね。ヴィルムとの共鳴がある私にさえ影響が出てる・・・あんな物が世に出回ったら、世界中の精霊達が狩り尽くされる事になるかも)
おそらくは精霊の魔力を奪うという性能を持つ魔導具。
その危険性に顔を顰めるヒノリに、ヴィルムからの念話が届く。
(「ヒノリ姉さん? そっちに流れる魔力量が一気に増えたみたいだけど、大丈夫?」)
(『えぇ、大丈夫よ。それよりも、シィ姉さん達が捕まった原因がわかったわ。ヴィルム、色んな光を放つ水晶に似た球体を壊して。私達精霊にとって致命的な弱点になり得る危険な物よ。こっちが持ってて、本隊が持ってないなんて事はないだろうから、絶対にあるはずよ』)
(「わかった。ディア姉にも伝えて━━━っ!? ちっ! ヒノリ姉さんの言った通りだ! ディア姉の魔力も減り始めた!」)
(『やっぱりね・・・そっちは敵の数が多いから気をつけて。何かあったらまた連絡するわ』)
(「ヒノリ姉さんも気をつけて」)
自分を心配する弟の優しさを感じながら念話を終えるヒノリに、小さな笑みが浮かぶ。
「よし、火勢が弱まったぞ! 今こそ好機だ! あの精霊獣を捕らえよ!」
思考と念話の為に寡黙となったヒノリだったが、端から見れば“吸魔の宝珠”の効果で動けないように映った事だろう。
ラーゼンの声に促された冒険者や傭兵達が、ヒノリに向かって駆け出した。
(・・・舐められたものね)
先程までとはうってかわり冷淡な目付きとなったヒノリは、自身の翼を大きくはためかせて飛翔する。
「まだ動けるのか・・・? 拘束魔法を使え! 絶対に逃が━━━」
『勘違いするなよ。貴様ら相手に逃げる必要などない』
ラーゼン達の真上に移動したヒノリが、彼らの周囲を取り囲むようにいくつもの炎を生み出していく。
自分達の置かれた状況に慌てた者達が水属性の魔法を放つが、そのほぼ全てが彼女に触れる前に蒸発した。
『燃え尽きろ。〈ブレイズフェザー・レイン〉』
産み出された炎を起点に、無数の赤い羽根がラーゼン達へと降り注ぐ。
「防御魔法展開!」
幾重にも展開されたドーム状の障壁が雨のように降り注ぐブレイズフェザーを受け止めるが、その衝撃に耐えきれず、ガラスが割れる様に次々と砕け散っていく。
爆煙が晴れた先には展開された障壁が一~二枚だけ残っており、際どい所で防ぎきった彼らの顔は青くなっていた。
(・・・この程度の防御魔法も貫通出来ないか。やっぱり出力がかなり落ちてるわね。まぁ、何度か撃ち込んでいればいけそうだけど)
再び、先程と同じようにヒノリの周囲に超高温の炎が生まれ、ラーゼン達を取り囲み、炎の羽根が射出されようとしたその時━━━、
「お待ち下さいヒノリ様!」
おそらくは飛翔の魔法で飛んでいるのであろう、一目で高級品とわかるローブを身に纏ったハーフエルフの男性━━━シャザールが現れた。
予期せぬ人物の登場に驚くヒノリだったが、すぐに目付きを鋭く釣り上げると、その矛先をシャザールへと向ける。
『シャザール、だったな。それは一体何の真似だ? もしも理由がないのであれば・・・我々へと敵対行為と受け取るぞ』
「お疑いはごもっともです。誓って申し上げますが、ヒノリ様やヴィルム君と敵対する気はございません」
『ならば、何故邪魔をする?』
ここで答えを違えれば殺される。
そう思わせる殺気が、無差別に周囲へと撒き散らされた。
その影響は冒険者や傭兵達にも及んでいるらしく、不審な動きをとる者はいないようだ。
「この者達がヒノリ様に危害を加えようとした事実は間違いありません。ですが、冒険者ギルドとしてはこれ程多くの冒険者達を失ってしまうのは相当な痛手なのです。つきましては、ラーゼンと彼に付き従った冒険者や傭兵達の処分、どうか私に一任しては頂けないでしょうか」
『それはお前達の言い分だろう? 今さら侵略者共を見逃して、我々に何の利点があるというのだ?』
「そちらにつきましては・・・こちらを御覧下さい」
都合の良いシャザールの言い分を聞いて更に目を細めたヒノリだったが、シャザールから手渡された何かしらの細工が施された紙に目を通すと一転、深々とため息を吐く。
『どうやら、本物のようだな・・・いいだろう。ただし、お前が何とか出来ればの話だ。出来なければ、わかっているな?』
「勿論です。寛大な御配慮に感謝致します」
ヒノリに対して深々と頭を下げた後、ゆっくりと下降していくシャザール。
彼の顔がはっきりとわかるにつれ、冒険者達の間にざわめきが広がる。
「お、おい、あれってファーレンのギルドマスターだよな?」
「何でシャザールさんがこんな所に・・・?」
「いやそんな事よりも、今、あの精霊と何か話してなかったか?」
彼らの動揺を他所に、高度を落としたシャザールはラーゼン達を見据えると、淡々とした口調で話し始めた。
「今、この場にいる者全てに告ぐ。ラスタベル女帝国冒険者ギルドのギルドマスター・ラーゼンはその地位を剥奪される事となった! よって、ラスタベル女帝国からの依頼は無効となる。すぐに武器を収めなさい!」
「・・・・・・」
シャザールの言葉にピクリと反応したラーゼンは、突然告げられた処罰の内容に驚愕する訳でもなく、動揺する訳でもなく、怒りに震える訳でもなく、ただただその声の主を見据えていた。
「ラーゼン。君は“国からの依頼”だと言って冒険者や傭兵達を集めていたようだが、正当な手続きをしていないね? 国からの依頼は事前に冒険者ギルド協会に報告する義務があるはずだが、問い合わせてみた所、その報告は上がっていなかったよ。これは協会の規約違反であると同時に、権力の私的利用に当たるね」
「・・・ふむ、ギルド職員の連絡ミスだな。確かに俺の責任でもあるが、いきなり罷免ってのは少しばかり乱暴な話じゃないか? シャザール」
不自然に焦る様子もなく淡々と反論するラーゼンを見ると、本当にやましい事はないのではないかと思えてくる。
「確かに、本来であれば君自身やラスタベルの冒険者ギルドへの調査を経てから決めるべき案件だね。でも━━━」
動揺の欠片も見せないラーゼンに対して小さな笑みで返したシャザールは、冒険者ギルド協会が処罰を下す決定打となった理由を口にした。
「君は、ラスタベル女帝国と内通しているね。ギルド内の機密情報提供及び特定の道具や素材の横流し、そしてそれが協会に伝わらないように情報を隠蔽していた形跡も見つけたよ。協会の決定は打倒だと思うけどね?」
「・・・・・・」
問い掛けられるのではなく確信を持って断定された事で、さしものラーゼンも目を細め、黙り込んでしまう。
しばらくの間沈黙していたラーゼンだったが、片手で口元を抑えると肩を震わせて笑い始めた。
「くっくっくっ、相変わらず優秀だな? シャザール。もうしばらくは誤魔化せると踏んでいたんだが、少しばかり読み違えたようだな」
「納得してくれたなら、大人しく捕まって質問に答えてくれないかな?」
「ふん。そう言われて、俺が素直に投降すると思うか?」
挑発するような笑みを浮かべて大剣を構えるラーゼンに対し、わざとらしく肩をすくめたシャザールは背負っていた杖を手に取った。
「思わないよ。だから僕が来たんだ。ヒノリ様を止めたのも助けた訳じゃない。あのままヒノリ様に任せていたら、君から情報を引き出す前に消し炭にされてしまうからね」
GWなんてなかった!
ちょっと本気出すと言いながらかなり更新が遅れてしまいました。
四ヶ所同時進行なので執筆しててかなり混乱します。
(まぁ構成したのも私なのですが・・・)
一週間くらいまとまった休日をもらって執筆を進めたい気持ちはありますが、実際にそうなると五日間くらい遊んでしまうのが目に浮かぶようです。
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つきましては、第二巻で企画予定のQ&Aコーナーに記載する質問や番外編の内容等を作者の活動報告にある記事にて募集しております。
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