【67】精霊の里防衛戦③ ~北方戦線~
魔霧の森北部━━━。
先のディゼネール魔皇国との戦でラスタベル女帝国一の勇将と言われる活躍を見せたアルデニス=ビルズマン率いる正規軍三万人が、静かに刻を待っていた。
流石は正規軍といった所だろうか。
無駄に口を開く者はおらず、しかしながらその瞳は確かな闘志が感じられる。
そんな中、アルデニスの元に一人の兵士が駆け付け、敬礼した後に口を開いた。
「報告! ラーゼン殿率いる傭兵部隊、ディラン殿率いる奴隷部隊、共に進軍を開始するとの事!」
瞬間、アルデニスの目が“カッ”と見開かれる。
「ラスタベルの精鋭達よ! 今回は我々の国が繁栄する為にも必ず勝たねばならぬ戦だ! ラスタベルの為に、そして我らが主ロザリア様の為にも、より多くの精霊を捉えるのだ! 死を恐れるな! 何の成果も上げられない事こそ最大の恥と心得よ!」
「「「おおおおおおおおおおっ!!!」」」
アルデニスの鼓舞に、士気の高まった兵士達が拳と共に鬨の声を上げる。
十二分に兵士達の士気が高まった所で、アルデニスは勢いよく抜き放った剣を空に掲げた。
「ロザリア様に勝利を!ラスタベルに栄光を!」
「「「ロザリア様に勝利を!! ラスタベルに栄光を!!」」」
「進軍、開始ィィィイイッ!!」
「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」」
アルデニスが掲げた剣を魔霧の森に向けて振り下ろした直後、大地を揺るがす雄叫びと共に、ラスタベル軍の侵略が開始された。
ラスタベル軍の様子を伺っていたヴィルムとラディアは、少しばかり頭を悩ませていた。
『ヴィル坊、シィユ達の位置は掴めたかの?』
「・・・いや、シィ姉さん達の魔力自体が感じられない。魔力を遮断する結界か何かに閉じ込められてるのかもしれないね」
『ふむ、ならばしらみ潰しに探す他ないのぉ。それも奴らの進行を防ぎながら、か・・・全く、難儀な事じゃわい』
口にした台詞とは裏腹に、ラディアの表情からは言葉通りの意味に受け取る事は出来ない。
まるで、『シィユ達を助ける為じゃ。そのついでに奴らが全滅しても仕方がないじゃろ?』とでも言っているかのように。
「顔が困ってないよ? ディア姉・・・っと、動き出したな」
『先手は儂に任せよ。儂らの存在を隠す必要がなくなった以上、派手に出迎えてやろうかのぉ!』
大木の枝葉を隠れ蓑にしていたラディアとヴィルムは、言い終わるが早いかラスタベル軍の前へと躍り出る。
しかし、二人の存在に気が付いたのは最前線付近にいたごく一部の兵士達だけだろう。
踏み潰すとばかりに突っ込んでくる軍勢を前に、腕を組んで堂々と立つラディアは、僅かに口角を吊り上げた。
『〈アースシェイカー〉』
突如、大地が鳴動する。
先のシィユが使った魔法だが、その威力と範囲は段違いだ。
激しく隆起と陥没を繰り返す大地の前には、如何に三万の軍勢と言えども為す術を持たない。
空高くに投げ出され地面に叩き付けられる者、発生した地割れに呑み込まれ押し潰される者、前線にいた者はほぼ全滅と言ってもいいだろう。
「生かして帰すつもりはねぇ。てめぇら、覚悟しやがれ!」
そこに、地形の変動など関係ないと言わんばかりに飛び出したヴィルムが、運良く生き残った者達を的確に仕留めていく。
突然の大地震に動揺し、まともに動けず、更には正常な判断力を失った状態の兵士達は、抵抗の素振りすら見せる事はなかった。
「あれが精霊獣の力か。なるほど、ロザリア様が欲するのも頷ける・・・」
前線がほぼ全壊した頃、その様子を目の当たりにしたアルデニスは誰にとなく呟く。
その表情には驚きこそあれど、焦りの感情は見られない。
「全兵に通達! “吸魔の宝珠”の起動後、最優先捕獲対象を取り囲み、消耗させよ!」
「はっ! “吸魔の宝珠”、起動せよ!!」
側付きの兵士がアルデニスの命令を復唱すると、その後方に控えていた数人の兵士達が布に包まれた球体状の物体を持って現れた。
ある程度進み出たその兵士達が一斉に布を取り払うと、色鮮やかな光を放つ水晶が姿を見せる。
それは、シィユとハーティアが侵入した天幕の中に置かれていた物と同じだった。
「それと、念の為だ。アレもいつでも使えるようにしておけ」
「はっ!」
駆け出す兵士を尻目に、彼は最前線へと視線を戻した。
『む・・・?』
魔力を操作していたラディアは、身体に違和感を覚える。
ぽっかりと空いた穴から何かが抜けていくような感覚と、身体中を這いずり回る不快感。
(なるほどの。これがハーティアの言っておった虚脱感か。体内の魔力が流出しておる・・・シィユがまともに動けんかったのも頷けるわい)
精霊獣のラディアにも効果はあったらしく、〈アースシェイカー〉の威力が目に見えて弱まっている。
そんな中、ラディアの異常を察したヴィルムから、念話が入った。
(「ディア姉、大丈夫か!?」)
(『大丈夫じゃ。少々つらいが、ヴィル坊から魔力が流れ込んできておるからの。すぐに動けんなくなるという事はないわい』)
(「・・・ヒノリ姉さんも同じ状況みたいだよ。すぐそっちに行く」)
『全く、ヴィル坊は過保護だのぉ』
自身の異常を敏感に察知し、若干焦りを含んだ様子で状況を問い掛けてくる弟の表情が簡単に想像出来た事で、ラディアはくつくつと小さな笑みを漏らす。
「地震が弱まったぞ! 今がチャンスだ!」
「取り囲めぇ!」
その様子を好機と見たラスタベルの兵士達は、今までの鬱憤を晴らすかのようにラディアへと群がり始めた。
『やれやれ。女人の物想いを邪魔するとは、不粋な奴らじゃの』
大して焦った様子も見せず、迫り来る大軍を正面に身構えたラディアは、接触する寸前にその脚を振り抜く。
その蹴撃は運悪くも先頭を走っていた男の腹に炸裂し、周囲の兵士を巻き込みながら吹き飛んでいった。
華奢とすら言えるラディアから放たれた蹴りの威力があまりにも予想外だったらしく、吹き飛ばなかった兵士達は目を白黒させているようだ。
『ふむ、吹き飛んだだけか。こちらにも多少影響が出ておるのぉ。まぁ、貴様らを相手取るには問題ない。本気で掛かってくるが良いぞ? 尤も━━━』
及び腰になりかけている兵士達を挑発するように手招きをするラディアは、戦場にそぐわない艶めかしい笑みを浮かべる。
「ディア姉に、近付くんじゃねぇぇえっ!!」
天高くより、まるで流星の如く落下してきたヴィルムが、その勢いのまま密集している兵士達の中心に突っ込んだ。
その攻撃は土砂を巻き散らしながら兵士達を吹き飛ばし、驚愕に顔を歪めていた彼らの表情を青白い域まで染め上げていく。
『こちらの戦力は、二倍になってしもうたがの?』
「なんと・・・精霊獣とはこの状況下であってもあれほどの戦闘力を有するのか」
本陣に身を置いているアルデニスは、人間が容易く宙を舞う光景に唖然としていた。
上級精霊をほぼ無力化する“吸魔の宝珠”を使えば、同等の効果程ではないにしろ、兵士達だけで捕らえる事も可能だと考えていたからである。
しかし、結果は今自分の目が見ている通りで、とても兵士達だけで何とかなるとは思えなかった。
「・・・勿体ないなどと言っている場合ではないな。魔導大砲を使う。準備は出来ているな?」
「はっ! すでにエネルギーの充填も完了しております!」
「よし、最前線の兵士達を出来る限り撤退させろ。だが、逃げ遅れた者は巻き込んでも構わん」
「はっ! 撤退合図、鳴らせぇ!!」
狂ったように打ち鳴らされた銅鑼の音が、戦場に鳴り響く。
それと同時に撤退を開始する兵士達だったが、奇妙な事に、彼らは真っ直ぐには下がらず、左右に別れ始めた。
最前線にいる一部の兵士達が残っているのは、覚悟を決めた者のか、はたまた戦いに集中しすぎて銅鑼の音が聞こえていない者なのか。
十分に道が確保出来た所で、アルデニスは次の命令を下す。
「頃合いだな。魔導大砲、撃ぇい!!」
未だに残存する兵士達と戦うヴィルムとラディアに向かって、紫電を纏った禍々しい黒い閃光が放たれた。
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