【66】精霊の里防衛戦② ~会敵~
魔霧の森を南に抜けた先にある渓谷。
歪に突き出た岩肌を足場に、苦もなく疾走するひとつの影があった。
その影━━━フーミルは、魔霧の森に向かってくる今まで嗅いだ事のない未知の“匂い”に向かっている所だ。
(もう少し、先、か)
匂いを頼りに正確な位置を割り出し、迷う事なく走り続ける。
間もなく、匂いの主がいるであろう岩場で足を止めたフーミルは、叫ぶ事はなく、しかし静かなその場において聞き逃す事はない声量で呼び掛けた。
『誰か、いるよね? フー達の敵じゃないなら、出て来て』
一拍、二拍・・・反応がない為、次は警告を発しようとしたフーミルだったが、ふと視線を動かした際、岩場の隙間から何やらふよふよと見え隠れしている黒い物体を捉えた。
『・・・隠れてる、つもり? 黒いの、見えてるよ?』
『お~、みつかっちゃった。おねえちゃん、すごいね』
間延びした声の主は、岩場の隙間からひょっこりと姿を現す。
軽いウェーブのかかった暗い紫色の髪を両サイドで束ねた十歳くらいの美少女。
フーミルにとっては初めて出会う相手ではあるが、彼女はヴィルムがヒュマニオン王国で対峙したユリウスを助けにきた精霊━━━ヨミだった。
フーミルを全く警戒せず、『すごいよね~』と不規則に蠢く二つの黒い物体と会話をしている様子は不気味ではあるものの、とても敵対者だとは思えない。
『一応、聞いておく。貴女は、誰?』
『うん? ヨミはヨミだよ? こっちがナイちゃんで、こっちがメアちゃん』
『ん。それじゃあヨミ、貴女は、フーの敵?』
『ん~? “てき”って、”わるもの”のことだよね? ヨミ、わるいことしないよ?』
いまいち要点が掴めない会話に少し苛立ちを感じながらも、フーミルは目の前の少女が自分達の里を襲うような者には思えなかった。
『そう、それならいい。じゃあ、ね』
害がないと判断し、急いでメルディナ達への加勢に向かおうと踵を返したフーミルだったが、突然目の前に現れた二つの黒い物体に行く手を阻まれてしまう。
『・・・何の、つもり?』
『ねぇ、おねえちゃん。ヨミとあそんでよ』
僅かに目を細めたフーミルが振り返ると、そこにはあどけない笑顔と期待のこもった眼差しで彼女を見つめているヨミの姿があった。
『そんな暇は、ない』
今、フーミルは一刻も早く家族達の元へ向かう必要がある。
(全力で走れば、振り切れる)
強行突破しようと、黒い物体を目掛けて足を踏み出そうとしたその時━━━、
『え~? あそんでくれないなら、おねえちゃんのおうちのばしょ、にんげんたちにおしえちゃおうかなぁ?』
無邪気な悪意が、フーミルを貫いた。
全身の体毛が逆立ち、四本の犬歯と手足の爪が鋭く伸び、常に眠たげだった瞳が大きく見開かれる。
『皆、ごめんね。すぐには、助けにいけない、かな』
* * * * * * * * * * * * * * *
フーミルがヨミと対峙した頃、魔霧の森の西方に位置する草原では、冒険者と傭兵達が、ギルドマスターであり、雇い主でもあるラーゼンの号令を今か今かと待ち構えていた。
「諸君! 何度も言うが、これはラスタベル女帝国の依頼だ! 捉えた精霊はラスタベルが買い取り、その他の戦利品に関しては手に入れた者の物となる!」
規律のある軍隊と違い、傭兵達の士気を上げるには、莫大な報酬をちらつかせるのが最も手っ取り早い。
事実、精霊以外の戦利品は全て自分の物としていいと聞き、彼らの眼はギラついたものに変わる。
「更にはラスタベルが独自に開発した新兵器の一部を借りる事が出来た。これがあれば魔霧の森に巣くう魔物共を恐れる必要はない! 未知の領域であるこの森を制覇するのはお前達だ! 莫大な富と最高の名声を、自分達の手で掴みとるのだ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
それに加え、冒険者達は名声に拘る者も少なくはない。
高い名声を得た冒険者は国からスカウトされる事もあり、その際には高水準かつ安定した生活を約束される為だ。
身も蓋もない話ではあるが、常に危険と隣り合わせの冒険者達が安定した生活に憧れるのも仕方がないのかもしれない。
「進めぇ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
ラーゼンの号令と同時に、最前列に陣取っていた者達から突撃を開始する。
砂煙を巻き上げて突き進む様は、まさに猛牛の群れといった所だろうか。
『〈ブレイズウォール〉』
突如、森を目掛けて一心に突っ込む彼らの前に、荒々しく燃え盛る炎の壁が出現する。
「な、何だこりゃ!?」
「おい止まれ! このままじゃ・・・!」
「馬鹿っ押すんじゃ━━━ぎゃあああああっ!」
「あぢぃっ!あぢぃぃよぉぉおおっ!!」
全力で走っていた為、止まれなかった者達が次々に炎に呑み込まれる事となり、絶叫と共に燃え尽きていく。
怒号と悲鳴、そして肉と皮の焼ける臭いが辺りに充満し、あまりの光景に彼らの士気が下がりきった頃、未だに衰えを見せない炎の中から、翼を持った人らしき影が顕れた。
『自ら死地に飛び込んでくるとは・・・どうやら、貴様達にとって自分の命は余程に軽い物らしいな』
炎のように揺らめく髪を靡かせながら、鋭くも美しい翼を力強くはためかせながら姿を現したヒノリは、侮蔑の言葉と同時に特大の殺気を叩き付ける。
「な、何だよあれ・・・」
「これはあいつがやったのか・・・?」
「ば、化け物・・・」
ヒノリの殺気にあてられた彼らの顔色は青白くなり、カタカタと震えている者も多くいるようだ。
『化け物、か。我から見れば、自分の利益の為だけに他者の領域を侵略しに来る貴様達の方がよほど醜い化け物に見えるがな』
「戯れ言を! 皆、臆するな! あれが今回の最優先捕獲対象である精霊獣に違いない!」
異常を感じて後方から駆け付けたラーゼンが、ヒノリの眼前に現れ、恐れの感情に支配されている冒険者や傭兵達を鼓舞しにかかる。
ヒノリの圧倒的実力を理解出来ないラーゼンではない。
ならば何故、彼は無謀な戦いを挑もうとするのか━━━、
「如何に精霊獣であろうとも、この吸魔の宝珠には坑がえまい!」
答えは、勝算があるからに他ならない。
* * * * * * * * * * * * * * *
同時刻。
魔霧の森東部では、ラスタベルの奴隷軍が進行を開始していた。
「はっはっはっ! 進め進めぇ! 何も考えずに真っ直ぐに進み、手当たり次第斬り捨てろ! 貴様ら奴隷など、所詮は使い捨ての駒に過ぎん! 生き残りたければ死に物狂いで敵を殺す事だなぁ!」
戦場においては目立ちすぎではないかと思われる程に華美な装飾が過剰に施された剣と鎧を身に付けた若い男が、馬上から侮辱を交えた命令を出している。
男の名は、ディラン。
ラスタベル女帝国に属し、ロザリアに心酔する若き将軍である。
その若さ故、直属の兵士達の心情にすら疎い彼が、奴隷兵士達への気遣いを見せるはずもない。
「おっと! 間違っても精霊は殺すなよ? 我らがロザリア様の御命令であるからな! はーっはっはっはっ!」
しかし、好き放題言われているにも拘わらず、一定の速度で進む奴隷達の表情には悔しさや憤りといった感情は見られない。
全ての者がただ黙々と、そして人形のように無表情で歩き続けてるだけだ。
『グオオオオオオオッ!!』
そろそろ森に足を踏み入れるかという時、地鳴りと錯覚するかという程の咆哮と共に、先頭を進む数十人の奴隷達が一斉に吹き飛んだ。
「な、何だ!? 何が起こった!!」
動揺するディランが視界に捉えたものは、自分達の上を凄まじい速度で通過したと思われる巨大な飛竜の後ろ姿。
その飛竜は勢いを殺す事なく急旋回すると、更なる速度を持って未だに進行を止める様子を見せない奴隷達へと向かっていく。
「ハイシェラ! もう一発お見舞いしてあげて!」
『グルアアアアアアッ!』
呆気にとられるディランを無視するように通過したハイシェラは、瞬時に魔力を口元に集中すると、大気を震わせる咆哮と共に風の息吹を打ち出した。
隊列を崩さずに進み続ける奴隷達が、抵抗する事なく吹き飛ばされる。
「なっ!? くっ! 全軍止まれぇ!」
ようやく、事態を理解するに至ったディランが制止の号令をかけると、打ち散らされた事にも反応を見せなかった奴隷達の動きがピタリと止まった。
戸惑いと怒りの入り混ざった表情を浮かべたディランは、奴隷達に向かって怒声を上げる。
「あの忌々しい飛竜を撃ち落とせ! 弓矢と魔法で撃ち落とすんだ! さっさとやれぇ!」
「てぇぇぇやぁぁぁあああっ!!」
行き当たりばったりの命令に奴隷達が矢を番え、魔法の詠唱を始めるが、上空から飛び降りてきたクーナリアがその勢いのまま大斧を地面に叩き付けた事で吹き飛んでしまう。
地面に穴を開ける程の膂力+落下の勢いを利用したクーナリアの斧撃は、着地点を大きく抉り、その周囲に多数の亀裂を作り出した。
「ここからは一歩も通しません! どうしても通ると言うのなら、私達が相手になるですよ!」
地面にめり込んだ大斧を軽々と引き抜き、そのまま担ぎ上げたクーナリアは、吹き飛んだままの姿勢で茫然とするディランを睨み付けた。
かなり急いで仕上げているので誤字脱字、矛盾点などがあったらすみません。
次回から戦闘描写が多くなります。
某先生から「まるで成長していない・・・」と言われないように頑張ります!
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