【65】精霊の里防衛戦① ~作戦会議~
「今、戻った」
『ただいま』
里にいる者達全てが集まっている広場に、ヴィルムとフーミルが帰還を知らせる声と共に現れた。
それとほぼ同時に、サティアの側に控えていたジェニーが一歩進み、声をかける。
『ヴィルム殿、フーミル、偵察の任務、御苦労様でした。早速で申し訳ないですが、報告をお願いします』
ハーティアの話を聞いた後、衰弱していた彼女が帰ってくるのに掛かった時間からラスタベル軍の現在位置を逆算し、あまり余裕がないと判断したヴィルムは、フーミルを連れて偵察に出ていた。
「結果から言うと・・・かなりまずい状況だ」
ヴィルムの報告に、場の空気が張り詰める。
「ハーティアの報告にもあった北方からの本隊に加えて、東方からはおそらく撹乱目的だと推測出来る奴隷部隊、西方からは冒険者と傭兵で編成された部隊が魔霧の森に向かっている。数は北が三万、東が五千、西に七千といった所だな」
「三ま━━━っ!?」
「そ、そんなに・・・?」
『うそ・・・』
予想だにしていなかった兵数に驚きを隠せず言葉を失うメルディナとクーナリア。
普段は元気なミゼリオも不安そうにメルディナに寄り添っている。
『総勢四万二千の大部隊か。どうやら、本気で儂らの里に攻め込むつもりらしいのぉ』
『おまけにハーちゃんの言ってた私達精霊を弱体化させる魔道具、か。確かにちょ~っとまずいわね』
ラディアやヒノリは眉間に皺を寄せ、打開策を模索中といった所だろうか。
周りにいる精霊達の表情も厳しいものばかりで、女王であるサティアですら良い案が浮かばずに口を閉ざしている。
「それだけでも厄介なんだがな・・・フー?」
『ん。南の方から、知らない匂いが近付いて来てる。ゆっくりだけど、真っ直ぐに』
ただでさえ三方向から攻められようとしている所で、追撃とばかりに報せられた未知の存在。
僅かにでも敵である可能性がある以上、無視する事も出来ないだろう。
広場の空気が、更に重くなる。
「サティア様、ひとつ、提案があります」
そんな中、沈黙を破ったのは、やはりというかヴィルムであった。
その場にいる者全ての視線が、ヴィルムに集中する。
「最早、魔霧の森に我々が棲んでいるという話がラスタベルに伝わっているのは明白です。それならば、里の正確な位置を知られる前に討って出るべきかと」
『ヴィル坊・・・』
『それは・・・』
討って出る・・・つまり自分達の存在を公にするという提案に、流石のヒノリやラディアも賛成しかねる様子だ。
「里に籠って森の魔物達に奴らの戦力を削ってもらうのもひとつの手でしょう。しかし上手く撃退出来たとして、奴らの口から我々の存在が他国に知れ渡れば、今回よりも多くの敵が進行してくるのではないでしょうか?」
精霊の力を欲する者は多い。
ヴィルムの懸念通り、もし里の存在が外界に知られれば、一介の冒険者から国の総力をあげた侵略までも予測出来る。
それこそ、今回の比にならない数の敵が大挙して、毎日のように押し寄せてくるだろう。
「それならば奴らを正面から打ち破り、我々の力を喧伝すれば、そう簡単に手出しをしようとは思わなくなるはずです」
あまりにも大胆な、しかし的を得てもいるヴィルムの提案に、精霊達は呆気にとられながらも聞き入っていた。
『・・・そうですね。ヴィルムが言う通り、このままでは私達の存在が外界に知られる事は避けられない』
黙して話を聞いていたサティアが口を開いた瞬間、張り詰めていた重い空気が変わった。
暖かな、そして優しい空気が里全体を包み込み、まるで精霊達の心に巣くう負の感情を洗い流すかのように満ちていく。
『ヴィルムの提案を許可します。しかし実行するからには中途半端は許しません。外界の者が私達の里に手出ししようなどと思わないように、徹底的にやりなさい』
「御意!」
サティアの決定が下った今、精霊達の目に迷いはない。
彼女達の目は、自分達の里を、そして愛する家族を守るという強い意思と覚悟に満ち溢れていた。
「上級精霊のシィ姉さんが辛うじて戦えるくらいなら、まともに戦えるのはヒノリ姉さん、ディア姉、フーだけになるだろう。他の皆には森の中から援護攻撃や里の防衛に回ってもらいたい。もし、身体に異常を感じたらすぐに撤退してくれ」
方針が決定した後、サティアは不眠不休で結界の維持に努めなければならない為、ジェニーとミーニに付き添われて休息に入った。
それを見届けたヴィルムは、すぐに自身の考えた策を話し始める。
「まず、北の本隊には俺とディア姉であたる。敵の人数が最も多く、厄介な魔道具を所持している上、シィ姉さん達が捕らわれている可能性が高いから、地形を変動させる事の出来るディア姉が最適だと判断した。俺も一緒に行けば、魔力の残量を気にする必要もなくなるだろう」
『応っ! 奴らにはシィユ達を弄んでくれた礼をしたかった所じゃ。久しぶりに、本気でやらせてもらうわい!』
勢いよく手のひらに拳を打ち付けたラディアは気合い十分といった様子だ。
そのまま拳を鳴らし始め、家族を害した輩への怒りを含んだ恐ろしい笑みを浮かべている。
「西にはヒノリ姉さんに行ってもらう。七千という数から見ても、殲滅力のあるヒノリ姉さんが適任だ。それに、冒険者の中には俺やヒノリ姉さんの事を知ってる奴もいるだろう。戦意を喪失する奴も出てくるかもしれない」
『おっけ~。ま、お姉ちゃんに任せておきなさい!』
先程までは里の重苦しい空気につられて暗い表情をしていたヒノリだったが、討って出る事が決まった今ではいつもの調子を取り戻している。
ただし、彼女の髪の毛が炎のように揺らめいている事から、やはりラディアと同じくラスタベル軍に対して怒りの感情は感じているのだろう。
「東はフーに頼みたかったんだが・・・あの匂いはどうなってる?」
『ん。消えてない。まだ、近付いてきてる』
「そうか・・・メルディナ、クーナリア、ミゼリオ」
「えっ? 私?」
「は、はい!?」
『ワタシも?』
呼ばれた事が予想外だったのか、突然の指名された三人は動揺してしまう。
「フーには南から近付いてくる奴を調べに行ってもらう。交戦中に無防備な所を強襲される訳にはいかないからな。害がなければそのまま東に参戦してもらうが、もし敵なら戦闘になるかもしれない。その場合、三人にはハイシェラと共に奴隷部隊の足止めをしてもらいたいんだ」
「わ、私達に出来るでしょうか・・・?」
「流石に五千人も相手にするのは無理があるわね」
『しかも精霊を弱体化させる魔道具を持ってるんでしょ? ワタシじゃ役に立てないかも・・・』
『クルゥ?』
奴隷とはいえ、五千人もの部隊と対峙する事に躊躇いを見せる三人。
その三人に向かって、ヴィルムは深々と頭を下げた。
「お、お師様!?」
「ちょっとヴィル!?」
『どうしちゃったの!?』
「今、奴隷部隊を相手に出来るのはメルディナ達しかいないんだ。倒せとは言わない。俺達の方が片付き次第、すぐにそっちに向かう。危険を感じたらすぐに逃げてくれて構わない。だから、この通りだ。力を貸してくれ。頼む・・・!」
共に旅をしてきた仲間とはいえ、自身も無茶な頼みだと思っているのだろう。
頭を下げ続けるヴィルムからは、真摯な思いが見てとれるようだった。
(ほぉ? 何でも自分でやろうとはせず、仲間を頼るようになったか。どうやら、しっかりと成長しておるようじゃの)
ラディアには思う所があったらしく、満足げに頷いている。
「・・・わかったわ。どれだけ戦えるかわからないけど、ヴィルや精霊様の御里を守る為だもの。微力ながら手伝わせてもらうわ」
「メルちゃん・・・うん、そうだよね! お師様達には助けてもらってばかりですから、今度は私達が助ける番です!」
『ヴィルムが頭を下げてまで頼んでるんだもん! ワタシ達にまっかせっなさーい!』
「っ!? ・・・あぁ、ありがとう」
命の賭かった、それも不利な戦いを快諾してくれると思っていなかったヴィルムは驚きのあまりに勢いよく顔をあげるが、三人が笑顔でいる事に気が付き、自然な笑みで感謝の言葉を口にした。
ちょっと本気出す。
という訳で、週二更新を心掛けていきたいと思います。
どうも作者は追い詰められないとやらないタイプの人間らしいので・・・orz
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