【62】渦巻く陰謀
「此度の戦、まことに大義であった。綿密な計画と新兵器があったとは言え、皆の力がなければ成し遂げる事は難しかったであろう」
威厳に満ち溢れた女性の声が、空間を支配する。
その場にいた者達は微動だにせず、女性の声を一言一句聞き逃すまいと一瞬たりとも視線を逸らさずに凝視していた。
必要以上に装飾の施された玉座には、まさに絶世の美女としか表現のしようがない程に美しい女性が鎮座している。
おそらくは二十代前半であろう。
手入れの行き届いた銀色に艶めく長髪と瑞々しい肌、人形のように整った顔立ちは凛々しくはあるものの、女性特有の雰囲気を損なわせている訳ではない。
金糸で装飾が施された黒色のドレスに身を包み、その場にいる人間へ向ける眼はエメラルドを思わせる輝きを放っている。
絶対的な自信からか、屈強な男達が集まるこの場においても、彼女がその表情を崩す事はない。
彼女こそ、このラスタベル女帝国の現女帝、ロザリア=ラスタベルである。
「我々はロザリア様の命に従って動いたのみ。策の全てを発案し、新兵器の開発までしてしまわれた御身に比べれば、我々の働きなど微々たるものでありましょう」
「然り。しかしロザリア様からの労いの御言葉、ありがたく頂戴致しまする」
「ロザリア様は我々にとっての主であり、勝利の女神だと言えますな」
彼女から労いを受けた男達は当然の如く賛辞の言葉を口にしているが、どこか違和感を覚える光景だ。
この場面だけを切り取って見れば、主に忠誠を誓う絆の厚い主従関係に見える。
しかし彼女の外見を考慮すれば、その違和感に気が付けるのではないだろうか。
ラスタベル女帝国は新たな女帝を選定する際、初代女帝の定めた課題を最高の成績で収める必要がある。
参加する女性達には誰にでも可能性はあるとは言え、一国のトップを任せる為の課題がそう簡単ではない事は容易に想像がつくだろう。
ある程度の知識や実力に加え、経験も必要になってくる。
そして、彼女の外観年齢は二十代前半・・・そう、あまりにも若すぎるのだ。
仮に、彼女が飛び抜けて優秀であり、十代後半に即位していたとしよう。
その場合でも、多くとも五~六年、少なければ二~三年しか経っていない事になる。
法で定められた事とは言え、一回りも二回りも年下である彼女に家臣達の信頼をここまで得る為には時間が足りないはずなのだ。
「ディゼネールの主だった者達は拘束し、捕らえてあります。加えてあの兵器の威力を目の当たりにしては、かの国に反抗する気力も湧かないでしょう」
「うむ。おまけに格下だと侮っておった我々にあそこまで蹂躙されたのだ。奴等にとっては悪夢以外の何物でもあるまい。生物である以上、未知の恐怖からは逃れ・・・そういえばいましたなぁ。無謀にも単騎で突っ込んできた者が」
「あやつか。確かに強くなった我が軍の兵士達と互角以上に戦っておったのには驚かされたが・・・最後には体力も尽きて捕らえる事が出来たではないか」
「然り。あれほどの戦闘力を持っていたのだ。さぞかし良い兵士となってくれるであろう」
しかし、集まった家臣達はそれが当たり前であるかのように会話を続ける。
そんな中、部屋の隅に陣取っていた一人の男が声を発した。
「しかし問題もあります。現状はまだ余裕があるとはいえ、これから続くであろう戦を考慮すれば、あの兵器を使う為の燃料を確保せねばなりません」
「おお、ラーゼン殿か」
ラスタベル女帝国にある冒険者ギルドのギルドマスター、ラーゼン。
戦勝に浮かれる家臣達に冷めた視線を送りながら、淡々と続ける。
「あの兵器を使うには燃料が必要なのです。燃料がなくなってからでは遅すぎる。安定した供給を得る為に、今すぐにでも動く事を提案致します」
「ふむ・・・そうは言うが、あれは滅多に見つかるものではないだろう?」
「確かに。捕縛するだけなら比較的容易にはなったが、見つける事が出来ないのではどうしようもないぞ?」
「それについては、妾の影が面白い情報を持ってきたぞ?」
ラーゼンに集中していた視線が、瞬時にその声の主へと移る。
そこには片手を頬杖に、脚を艶かしく組んで楽しげな微笑を浮かべたロザリアの姿があった。
「ロ、ロザリア様、その情報とは・・・?」
その艶やかな姿に充てられているらしく、若干動揺を含んだ家臣の声に、ロザリアはクツクツと笑いながら口を開いた。
「皆も知っておるだろう? 凶悪な魔物達が蠢く魔窟、資源の宝庫、奥地へと足を踏み入れれば二度と戻ってくる事は叶わない森の事を」
「ま、まさか・・・」
「魔霧の森、でございますか?」
先程までとは裏腹に冷や汗を流し始める家臣達を気にする事なく話を進めていくロザリア。
「本当に優秀な影よ。まさか、このタイミングで大量の燃料がある場所を見つけてくるとは、妾も予想しておらんかった。あとでしっかりと誉めてやらんとなぁ」
「ま、魔霧の森に燃料がある事はわかりました。しかし、あの森に入るのは些か無謀であるかと愚考します。あの森に入って帰ってきた者はいな、い・・・っ!?」
魔霧の森の危険性を提示した家臣の一人が、何かに気が付いたかの如く目を見開く。
「クックックッ。気が付いたか? そう、妾の影は戻ってきておるのだ。そして、妾はあやつとそなたらにそこまでの実力の差はないと思っておる。新兵器に加え、今のそなたらの力があれば、必ずや魔霧の森をも攻略出来るはずだ」
「「「・・・」」」
「妾の願い・・・聞いてくれるか?」
空間が、静まり返る。
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは、考え込むように目を閉じていた壮年の男であった。
「・・・我々に否はございません。必ずや、ロザリア様の御期待に応えてお見せしましょう」
彼の言葉を皮切りに、他の家臣達も活気を取り戻していく。
「お願い、と言われては断れませんなぁ。魔霧の森、相手にとって不足なし!」
「然り。ディゼネールにも圧勝出来たのだ。我々が力を合わせれば、魔霧の森に巣くう魔物にも負けるはずがない」
気力の漲った家臣達の様子に満足げな笑みを浮かべたロザリアはゆっくり立ち上がると、彼らに向けて手のひらをつきだした。
「次の進行先は魔霧の森とする! そなたらの働きに期待しておるぞ!」
「「「ロザリア様に勝利を! ラスタベルに栄光を!!」」」
雄叫びに近しい声が、響き渡った。
* * * * * * * * * * * * * * *
ロザリアの私室。
全てが特級品質の調度品で飾られたその部屋には、部屋の主であるロザリアと先程の場で見かけた男性の姿があった。
進行先が決定した後、彼女は戦の準備をする為に解散していく家臣達の中から彼を呼び止め、自身の部屋へと招き入れたのだ。
「ロザリア様、私に何の御用でしょうか?」
招かれた男━━━ラーゼンは、絶世の美女と二人きりであるにも拘わらず、僅かな動揺も見せずに相対していた。
「相変わらずの鉄面皮ね? ここは誰も入り込めないから、いつも通りでいいわよ。ラーゼン?」
ベッドの上に腰掛けて砕けた口調で話すロザリアは、先程までの凛とした威厳に溢れる女帝と同一人物だとはとても思えない。
対するラーゼンは目付きを鋭くして周囲を警戒するように見回していたが、彼女以外に人の気配がない事がわかったのか、ゆっくりと目を閉じてため息を吐いた。
「はぁ・・・ロザリー、お前は警戒心がなさすぎだ。少しは緊張感を持て」
「あら? 逆にラーゼンは警戒しすぎなのよ。下手に警戒するより、多少隙を見せた方が怪しまれないものよ? それに、女帝らしく振る舞うのは疲れるのよねぇ。自分の部屋でくらいリラックスしたいわ」
「そうだとしても、我々の計画が表沙汰に出来ない事はわかっているだろう。ようやく、俺がギルドマスター、お前がラスタベルの女帝という地位につけたのだ。ここで計画全てを水の泡にするつもりか?」
「あーもーはいはい、わかってるわよぉ。ちゃんと兵士達に見張らせてるし、ラーゼンを呼んだのだって密命って事で防音の魔法も使ってるわ」
部下を説教するような口調のラーゼンに、ロザリアは口煩いとばかりに舌を出しながら片手を振る。
「それにしてもぉ、ユリウス、だっけ? 魔霧の森から生きて帰ってくるなんで、かなり優秀な子じゃない。どこで見つけてきたのよ?」
「余計な詮索はするな。お前には関係のない事だ。それに、あれは扱いが難しい。お前が下手なちょっかいをかけて、あれが敵方にまわっては敵わんからな」
「あら、酷い言いぐさねぇ? 少しは同僚を信用してくれたっていいんじゃない?」
はっきりとした拒絶の意を受けたロザリアだったが、別段苛立つ訳でもなく、明らかに演技だとわかる子供が拗ねたような表情でラーゼンを避難した。
避難されたラーゼンも、いつもの事だと言わんばかりに彼女の言葉を受け流している。
「まぁいいわ。今回の目的が達成されれば、私達の評価も確実に上がるんだし・・・上手くいけばいいわね?」
「上手くいけばではない。必ず成功させねばならん」
決して仲が良い様には見えない二人だったが、その目的は共通していた。
お互いに視線を合わせた後、まるで鏡合わせの様に口元を吊り上げる。
「「さぁ、精霊狩りの時間だ」」
長らく更新が滞ってしまい、申し訳ありませんでした。
年度末という事で本業の方が忙しく、その疲れもありまして執筆に裂く時間と体力がありませんでした(土下座)
今回以降、しばらくは通常の速度で更新出来ると思います。
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つきましては、第二巻で企画予定のQ&Aコーナーに記載する質問や番外編の内容等を作者の活動報告にある記事にて募集しております。
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