【61】平和の終わり、悪夢の始まり
その日、世界の均衡を狂わす大事件が起こった。
その報せが届く早さに違いはあれど、各国は首脳陣から民に至るまで動揺や驚愕を隠せなかったという。
“ラスタベル女帝国、ディゼネール魔皇国に宣戦布告“。
ラスタベル女帝国。
魔霧の森より北部に位置する、初代女帝クリシナーリア=ラスタベルより、代々人間族の女性がトップを担ってきた国。
新たな女帝となる為に血筋は必要とせず、初代女帝の定めた課題を最も優れた評価で乗り越えた者に女帝の称号が与えられるという変わった選帝方式を法としている。
それ故、トップが入れ替わる時期には野心を持つ他国の貴族や冒険者、果てには現状からの脱却を望む貧民街に住む者達で溢れかえり、国内の緊張が極限にまで高まり内乱寸前にまで発展する不安定な国でもあった。
対するディゼネール魔皇国はラスタベル女帝国より更に北にある。
人間族より遥かに長寿で、肉体的・魔力的にも勝っている魔族の長が統治する国。
自ら魔皇を名乗るジオルド=ディゼネールだが、種族的優位であるその力を振りかざすような真似はせず、むしろ他国とは積極的に有効を結ぼうとする平和的な方針をとっている。
しかし侵略者に対しては慈悲の欠片もなく滅ぼしにかかる、“魔”と評するに相応しい冷徹な面も併せ持っていた。
兵数は若干ラスタベル女帝国の方が上であるが、その質はディゼネール魔皇国が圧倒的に上だと言える。
まさに無謀としか言いようがない戦の報せは、ヒュマニオン王国やファーレンの街にも届いていた。
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ヒュマニオン王国
「ラスタベルは正気か?」
「ディゼネールに戦争を仕掛けるなど愚の骨頂。数日後にはラスタベルは滅ぼされている事だろうな」
「問題はラスタベルの民達でしょう。ディゼネール皇は敵対した国には容赦せません。愚かな女帝に振り回されただけの民達が虐殺される事だけは防ぎたいのですが・・・」
「しかし下手に口を出せば我らの国にも火の粉が降りかかるやもしれんぞ?」
緊急召集にて王の間に集められた重鎮達の議論は紛糾していた。
戦の勝敗についてのみ意見は一致しているらしく、議論はラスタベルに住む民間人をどうやれば助ける事が出来るかに重きを置いている。
「いいえ。罪のない民達が無用に殺される事などあってはなりません。やはりディゼネール皇には民達を殺さないよう訴えるべきです」
「うむ。本来、ディゼネール皇は平和を愛する優しい心の持ち主だ。我々の声にも必ず耳を傾けてくれるだろう」
それは王であるゼルディアや王女であるルメリアも同じであるらしく、すでにヒュマニオン王国の方針はラスタベルの民達を救う事になりつつあった。
(こんな時、ヴィルムさん達がいてくれたら心強いのだけど・・・)
不安げに目を伏せたルメリアは、急には連絡がつかない常識はずれの実力を持った友人達の顔を思い出していた。
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バディカーヌ王国領 冒険者の街ファーレン
先程、冒険者の一人によって知らされたラスタベル女帝国の宣戦布告という情報に、冒険者ギルドは大騒ぎとなっていた。
ヒュマニオン王国と同じで、ほぼ全ての冒険者はディゼネール魔皇国の勝ちだと噂をしている。
その中には傭兵としてディゼネールに味方をし、勝ち戦に乗ろうと話している者までいる始末だ。
冒険者やギルドの職員達が噂に熱中している中、ギルドマスターであるシャザールだけは難しい顔で腕を組み、考え込んでいた。
(・・・ラスタベルにはあの人がいる。部の悪い賭けをするような人じゃない。ディゼネールとの戦争なんて無謀な事は、絶対に止めるはず)
シャザールの脳裏に浮かぶのは、ラスタベルにいるはずのとある人物。
その人物の性格をよく知るが故に、シャザールには別の未来が予測出来てしまった。
(だとすれば・・・あるというのか? ラスタベルがディゼネールに勝つ何かが)
予測が出来てしまえば、後は早かった。
「冒険者の皆さんにはしばらくの間、ラスタベルとディゼネールに極力近付かないよう警告を出して下さい! あとシエラさんにも報告を! 僕はすぐバディカーヌ王の元に報告に向かいます! その間、ギルドマスター代理はセリカ君に任せます!」
「えっ? ひゃい!? わ、私ですか!?」
心中に生まれた嫌な予感が急激に膨れ上がり、すぐさま国王へ報告する必要性に駆られたシャザールは部下である職員達に最低限の伝達をすると、緊急時用としてギルドで育成している駿馬に跨がり、走り去ってしまった。
「む、無理ですよ~!? ギルドマスターの仕事がどれだけあると思ってるんですか~!」
セリカの悲痛な叫びもむなしく、彼女を助けようとする者はいなかった。
この時、もしシャザールが平時のように冷静であったならば、後に起こる悲劇を未然に防げたかもしれない。
数刻後、ギルドの扉を開けて入ってきたのは━━━
「うーっす! 何か面白そうな依頼ある?」
ファーレンに滞在し、依頼と修練の日々を送っていたオーマだった。
そのまま自分とシャザールの仕事を慌ただしくこなしているセリカのいるカウンターに足を運ぶ。
「あれ? セリカのねーちゃん、いつにも増して忙しそうじゃん。何かあったの?」
「あ、オーマくん。いらっしゃい! そう言えば、オーマくんはディゼネール出身でしたよね? 実は━━━」
ラスタベルとディゼネールの戦争の噂は、すでに冒険者ギルド内だけでなく、街の方にも広がり始めている。
遅かれ早かれオーマの耳にも入るだろうと判断したセリカは、彼が混乱しないように現在の状況を丁寧に話す事にしたようだ。
一通りの情報を話し終えたセリカが見たのは、不安な様子が一切なく、気楽そうな表情で頬杖をついたオーマの姿だった。
「ふーん、ラスタベルがウチにね~?」
「あ、あれ? 心配じゃないんですか?」
「別に? ディゼネールの軍隊ってめちゃくちゃ強いんだぜ? ラスタベルに負ける要素なんてこれっぽっちもないし、心配するだけ無駄無駄」
片手で虫を払うような仕草で「へんっ」と鼻を鳴らしたオーマは徐に立ち上がると、踵を返して歩き始めた。
「オーマくん、依頼を受けに来たんじゃなかったんですか?」
「やる気がなくなった。今日はやめとくわー」
そう言って気だるげにギルドを後にするオーマに疑問符を浮かべるセリカだったが、すぐに考え事をしている場合ではない事を思い出して有り余る書類に目を通す作業へと戻る事にした。
一方、ギルドから出たオーマは首を鳴らしながらファーレンの大手門へと歩みを進めていた。
(まさか、オレの国に戦争を仕掛けてくる馬鹿がいるなんてな~)
オーマは自分の生まれ育った国の事だという事もあり、その軍事力の高さは十分に理解している。
(オレがいてもいなくても結果は変わらないんだろうけど、戦争だってんなら修練の成果を試せるいい機会だぜ)
故に、ディゼネールとラスタベルの戦争は、一個人として実力を十全に試す事の出来る舞台程度の認識しか持っていなかった。
(そっちから仕掛けてきた戦争だ。覚悟しろよ、ラスタベル!)
大手門から外に出たオーマは、不敵な笑みを浮かべて戦地になるであろうディゼネールに向かうのだった。
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オーマがファーレンからいなくなってから数日後。
酷く慌てた様子の冒険者が、激しく息を切らしながら冒険者ギルドへと飛び込んできた。
尋常ではない冒険者の様子に何事かと周囲の注意が集中する。
少し落ち着きを取り戻した彼の口から語られたのは、ディゼネール魔皇国の王城が僅か半日で陥落したという、にわかには信じられない報せであった。
日常系の話を十分に楽しんだので、今回より再びシリアスに戻ります。
相変わらず構成力が低いので、察しの良い読者の方々には何が起こるか予測されてしまうのではないかと戦々恐々としています(汗)
書籍版“忌み子と呼ばれた召喚士”は2019年3月9日発売予定です。
書籍版とweb書籍版で特別書き下ろしの内容に違いがあり、更にTOブックス様のオンラインストアで購入すると特典SSも付いてくるようですので、どうぞよろしくお願い致します。
お時間がありましたら、感想や評価を頂けますと幸いです。




