【59】ユリウスとラーゼン
ヴィルム達が里帰りしてから数日後。
「やぁ、ラーゼン」
とある国にある冒険者ギルド。
そこのギルドマスターであるラーゼンの部屋に音もなく現れたのは、フードを目深に被った若い声の男だった。
本来であればギルドマスターの部屋に忍び込んだとして捕縛の対象となる所であるが、ラーゼンはその男と面識がある為に多少眉を動かすだけにとどまる。
「ユリウスか。この部屋に来る時はギルドの受付を通せと何度言えばわかるのだ?」
「ちゃんと仕事はこなしてるんだから、堅い事は言わないでよ。こう見えてもボクは人見知りなんだ」
もう何度したのかも忘れてしまった問答に、おどけた様子で答えるユリウスを鋭い眼光で見据える。
「・・・相変わらずふざけた奴だ。まぁいい。そんな事よりもベイルードが死んだと聞いたが、アレは回収してきたのだろうな?」
齢四十を過ぎてなお、衰えを見せない威圧のこもった彼の視線。
その視線をそよ風の様に受け流しながら懐に手を入れたユリウスは、彼が欲したそれを取り出した。
「もちろんさ。依頼された仕事はちゃんとこなすよ。はいこれ」
そう言って軽く投げ渡したのは、霊縛の従輪。
ヒュマニオン王国の筆頭精霊術士であったベイルードが、ヒノリを従属させようとした際に使おうとしていた物である。
「確かに。しかしベイルードの奴め、まだ研究途中の物を精霊獣に使おうとするなど愚の骨頂よ。しかもそのデータすら残せないとは・・・役立たずにも程があるわ」
「前回の報告通り、ベイルードは随分と精霊獣に御執心みたいだったからね。あれだけ周りが見えてないようじゃどうしようもないでしょ? 結局、ボクの正体にも最期まで気付かないままだったし」
会話の内容から推測するに、ラーゼンとベイルードは古代魔導文明の遺物を研究している同僚、もしくは上司と部下の関係である事が伺えた。
つまり、ベイルードはヒュマニオン王国の重鎮職でありながら他国の冒険者ギルドの長との繋がりがある、いわばスパイという位置だった事になる。
苦虫を噛み潰したように顔を顰めるラーゼンの言葉を聞いたユリウスは、それに同調するように首をすくめて見せた。
「それとラーゼン、ベイルードの契約していた精霊はボクの友達になってもらったよ。何度も言ってるけど、ボクの友達に手を出そうとするのなら、ボクはキミ達と敵対するから。そこの所よろしく」
「ふんっ。少なくともお前が役に立っている間はお前の持ち物に手出しはせん。確かに上級精霊の力は欲しい所ではあるが・・・現状は事足りているからな。上にも話は通しておく」
どうやら、ラーゼンとユリウスはお互いに利害が一致している協力関係にあるようだ。
尤も、ユリウスが自身の素顔を見せていないあたり、その信頼関係はたかが知れていそうではあるが。
「いつも助かるよ。その御礼と言っちゃなんだけど、ラーゼンが知りたかった情報を手に入れてきたんだ。聞きたいかい?」
「私が知りたかった情報だと・・・? お前にそんな話をした覚えは━━━」
「魔霧の森」
「━━━ッ!?」
勿体ぶった言い回しに訝しげに首を傾げるラーゼンだったが、続いて彼の口から出た単語に目を見開き、絶句してしまう。
覚えているだろうか。
かつて魔霧の森へ探索に入り、消息が途絶えたパーティのひとつ、〈遺志無き魔剣〉の事を。
彼らからの連絡が途絶えた事に疑問を持った人物が、他ならぬラーゼンであった事を。
そして、ラーゼンの地位と人脈を持ってしても、何故〈遺志無き魔剣〉のメンバー達が全滅したのか・・・その僅かな痕跡すらも見つけられなかった事を。
どんなに手を尽くしても、入手する事すら困難であった魔霧の森の情報。
すでに諦めかけていた所に、不意打ちといっても過言ではないタイミングでその情報を持ち帰ってきたと知らされたラーゼンは、驚きの感情を隠しきれず、言葉を失いつつも、すぐに話せと睨み付けるような視線で訴えた。
いつもの不遜な態度が崩れた事に満足したのか、フードから小さな笑いを漏らしたユリウスは、先日、自分が目にした魔霧の森の情報を話し始めた。
「結論から言うよ? あの森には、精霊達の棲む集落がある」
「・・・」
精霊の集落。
これだけでも驚きに値するが、今までろくに得る事すら出来なかった貴重な情報を聞き逃すまいと、ラーゼンは腕を組んで黙って聞いていた。
「そしてその集落には・・・複数の精霊獣が存在してるんだよ」
「何だと!?」
しかし複数の精霊獣が存在しているというのは流石に予測の範疇を大きく超えていたのだろう。
両手で机を叩きながら勢いよく立ち上がったラーゼンは、それと同時に叫び声にも似た驚きに染まった声を荒らげてしまう。
その大声を不振に思ったのだろうか。
ドア越しにこの部屋へと近付いてくる足音が聞こえ、軽いノックと共に声が掛けられる。
「ギルドマスター、どうかされましたか?」
「い、いや、大丈夫だ。少々報告書の内容に驚いてしまってな。問題はないから、持ち場に戻りなさい」
「わかりました。あまり根詰めないで下さいね?」
「あぁ、わかっている。ありがとう」
ラーゼンの返答に納得したのか、恐らくはギルドの職員であろう人物の気配はすぐに遠ざかっていった。
「・・・その情報、事実なのであろうな?」
今のやりとりで幾分か落ち着いたのであろう、ラーゼンは先程よりも若干声を抑えてユリウスにその真偽を確認する。
「ボクが確認出来た精霊獣は三人。薄い金髪で大きな尻尾を持った女性と白髪の犬みたいな耳と尻尾を生やした女の子、紅髪の鳥みたいな翼を持った女性・・・ベイルードが御執心だった精霊獣だね」
「なるほどな。つまり、件の忌み子はその精霊達の棲み処で育てられた可能性が高い訳だ」
瞬時に情報を統合し、真実に辿り着くあたり、若くしてギルドマスターを務めているラーゼンの能力の高さが垣間見えている。
「随分と仲が良さそうだったよ? まるで本当の家族みたいに、ね」
「ふむ、それならば忌み子の方から切り崩す方法もあるやもしれんな。良い情報だった。報酬は上乗せしておこう・・・持っていくといい」
ある程度思考が纏まったラーゼンは、引き出しから小袋を複数取り出すとユリウスに投げて渡した。
受け取った際に鳴った音と小袋一つの膨らみ具合から見て、少なくない量の貨幣、恐らくは金貨が詰められている事だろう。
「ありがたく受け取っておくよ。じゃ、ボクの用事は終わったから、これで帰るね」
ユリウスの身体が揺らぎ、空間に溶け込むように消え始める。
「あ、そうそう。ちょっと私用があって、しばらく仕事は受けられないから。何かあってもそっちで対処してね? じゃあね」
消えてしまう寸前に残したユリウスの言葉に、少々苛立ったように頭を抑えるラーゼン。
「ギリギリで言いよって・・・まぁ良い。この情報、すぐにでもあの御方に報告せねばなるまい」
すでに自分以外がいない部屋の中で、不気味な笑みを浮かべる。
「あの頃から準備を始めておいて良かったな。戦力、物資は十分。あとは・・・これの研究を急がねば、な」
彼の手に握られた“霊縛の従輪“が、鈍い輝きを放っていた。
スマホの調子が悪いので買い換えようかと考えている今日この頃。
フリーズする事が増え、バッテリーの減りがかなり早くなっています。
ただ仕事が終わってからだと時間がないんですよね。
日曜日は小説書くのに忙しいし(´・ω・`)
まぁ、隙を見てこそっと行くしかないですね。
書籍版“忌み子と呼ばれた召喚士”は2019年3月9日発売予定です。
書籍版とweb書籍版で特別書き下ろしの内容に違いがあり、更にTOブックス様のオンラインストアで購入すると特典SSも付いてくるようですので、どうぞよろしくお願い致します。
お時間がありましたら、感想や評価を頂けますと幸いです。




