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【58】手合わせ

大いに賑わった宴の翌朝。


魔霧の森特有の魔力を含んだ霧が里を包み込んでいるが、顔を出し始めた日の光を乱反射している為、然程暗いという訳ではない。


そんな中、里内の広場には夜遅くまで宴に参加していたにも拘わらず、すでに修練に励んでいるヴィルムの姿があった。


恐らくは多対一を想定しているのであろう。


決して一ヶ所には留まらず、拳撃や蹴撃を繰り出しながらも、ある種の舞を連想させるその動きは見事という他ない。


突如、汗を流しながら修練を続けるヴィルムの足元が隆起し、いくつもの錐状に変化して襲い掛かる。


「おっと」


予想外の攻撃に少々面食らったヴィルムだったが、軽く跳躍すると同時に地錐(ぢぎり)の側面に手をつき、そのまま身体を捻って着地。


しかし上手く回避したのも束の間、着地点を中心に、次々と地錐へと変化して間断なく彼を攻め立てる。


完全に逃げ場を封じられたヴィルムだったが、おもむろに足を掲げると、勢いよく大地に叩き付けた。


身体強化によって十二分に威力が増した蹴りは地錐を容易く砕き、その余波をもって周囲をも巻き込んで地面を陥没させる。


「・・・おはよう、ディア姉」


追撃がない事に小さく一息吐いたヴィルムは後ろを振り返ると、自身に攻撃を仕掛けてきた張本人に声を掛けた。


『うむ、おはようじゃ。外界に行って鈍っとるかと思ったが、そうでもなさそうじゃの。とりあえずは安心したわい』


そこにはヴィルムが帰って来た事で多少なりテンションがあがっているのだろう、『かっかっかっ!』と悪びれた様子もなく快活に笑うラディアが立っていた。


「その様子だと昨日のお酒は残ってないみたいだね?」


『あれくらいでは飲んだ内に入らんよ。じゃが、ヴィル坊達が土産にと持ってきてくれた酒は中々に旨かったのぉ。酒好きのドワーフ族と商人達の長が選んでくれたというだけの事はあったわい』


ラディアが飲んだ酒は、アッセムとナナテラが厳選した、所謂名酒と呼ばれている物であった。


尤も、酒精がかなり強い為、まともに飲めたのはラディアだけだったようだが。


「気に入ってくれたなら良かったよ。それじゃ、お酒も残ってないみたいだし、一手お願いしてもいいかな?」


『そうじゃのぉ・・・よかろう、久しぶりに本気の手合わせといくかの』


ヴィルムから模擬戦闘の相手を頼まれたラディアは、蛇特有の長い舌先をチロチロと動かしながら、嬉しそうに微笑んだ。








「あぃたたたた・・・頭がぁ・・・」


ヴィルムの寝所にて。


朝日が登り、里を覆う霧が若干薄れてきた頃、ようやく目が覚めたメルディナは、頭の内に響くような鈍痛に顔を(しか)めていた。


宴に出された果実酒が飲みやすかった事もあるが、エルフ族であるメルディナが精霊達からの(しゃく)を断れるはずなどなく、勧められるままに飲み続けてしまった結果である。


メルディナと同じくらいの量を飲んでいたクーナリアは、未だに夢の中にいるようだ。


なお、二人がヴィルムの寝所で寝ているのは客人である事からの配慮であり、彼と一夜を共にした訳ではないので悪しからず。


『メルー! クーナー! 起きてるー!?』


そこに、いつもと全く変わりのないミゼリオが飛び込んでくる。


何やら興奮しているらしく、体調の悪そうなメルディナを気遣うまでに考えが至ってないようだ。


「ミオ・・・お願い、もう少し声のトーンを落としてくれないかしら?」


「ふぇ? ミオちゃん・・・?」


余程頭に響くのか、額に手を当てて唸るメルディナと、その声でようやく目を開けたクーナリアが、揃ってミゼリオの方へ顔を向けた。


『あ、ごめんね? でもでも、今ヴィルムとラディちんが戦ってるんだけど、それがすっごいんだよ!? こうやってバーンってやってシュバーってなってガガガガーって感じでさ!』


謝罪の言葉を口にしながらも興奮の醒めぬまま身振り手振りでその状況を説明しようとするミゼリオだったが、二人には上手く伝わっていないようだ。


しかし、ヴィルムとラディアが戦っている事とその戦いがミゼリオに興奮をもたらす程に凄い事だけは理解出来たらしく、興味を惹かれた二人は手早く身支度を整えると、ミゼリオの案内に従って件の場へと向かうのだった。






正に()()という表現がぴったりだろう。


ミゼリオに連れられて広場に到着した二人の目に飛び込んできたのは、空間を縦横無尽に駆け回るヴィルムと、その場からほとんど動かないものの、魔法による地形の変化と攻撃で自身に近付けさせないラディアの姿だった。


ラディアは対戦相手(ヴィルム)の予備動作・・・僅かな溜めや加速を読み取り、地形を変化させて最適な体勢を取らせない。


バランスを崩された状態で放たれるヴィルムの拳撃や蹴撃は、瞬時に構成される岩壁に阻まれてしまう。


一方、ラディアの魔法による攻撃も素早く動き回るヴィルムを捉える事が出来ず、又は真正面から打ち砕かれ決定打には程遠いように感じられる。


『おや? やっと起きたかね、お二人さん』


眼前で起こっている高度な戦闘に目を奪われていた二人に声を掛けてきたのは、果物を片手にいつもの明るい笑顔を浮かべているヒノリだった。


「「おはようございます、ヒノリ様」」


『うん、おはよう。で、二人はヴィルムとディア姉の手合わせを見に来たの?』


「はい。ラディア様の戦い方に興味がありまして」


「お師様と、お師様のお師様の戦いを参考にさせてもらうです!」


朝の挨拶を交わした三人が視線を戻すと、ラディアの背後から放たれた蹴撃が出現した岩壁に阻まれた所だった。


先程までは、再び攻撃の機会を伺う為にここで一旦距離をとっていたヴィルムだったが、今回は阻まれた際、岩壁にめり込んでしまった片足を軸にしてその更に上へ飛び上がる。


『ほう、やりおるわい。じゃが、それも予測の範囲内じゃぞ?』


ラディアの頭上をとり、優勢になったかと思われたヴィルムに向けられたのは、全く焦った様子のないラディアの笑みだった。


後の先を得意とする彼女だが、先手をとらないという訳ではない。


むしろ相手を牽制しつつ、攻撃の選択肢を限定させ、自由にさせないスタイルである。


地面を陥没させる威力を持つヴィルムの拳撃もまた彼女の意表を突ける物ではなく、易々と受け流された後に背後へ掌底を見舞われてしまった。


「っ! まだまだ!」


痛打を受けるも僅かに顔を顰めただけで瞬時に反撃に転じ、拳蹴を織り混ぜた連撃を繰り出すが、全て軽々と受け流されてしまう。


それはヴィルムと同じ、流麗な舞を彷彿とさせる動きだが、ラディアの方がより洗練されている。


体術や戦術面では圧倒的な経験値を誇る彼女の方が上であると言えるだろう。


しかしヴィルムの方が劣勢かと言えばそうでもない。


有り余る魔力を存分に使って身体強化を施している為、力や素早さ、耐久力に関しては彼の方に軍配が上がるだろう。


余裕の表情を見せているラディアだが、その内心は弟であり弟子でもある彼の動きやタフさには舌を巻いていた。


なお、先程の掌底は彼女が本気で放った物ではあるが、それを受けた本人はピンピンしている。


『これはしばらく勝敗が着きそうにないわね~』


「なるほど。あの戦術なら相手の動きも制限出来る上に攻撃の威力も削ぐ事が出来る。流石ラディア様だわ」


「お師様がまともに攻撃を受ける所、初めて見ました・・・」


軽い様子で観戦するヒノリに対し、メルディナはラディアの戦術に、クーナリアは戦いそのものに見入っていた。


結局、二人の手合わせは正午まで続く事となり、ヴィルムと遊びたいフーミルの仲裁により引き分けとなった。

先週は更新出来ずに申し訳ありません。

急な出張&残業により執筆する時間がとれませんでした。


書籍版“忌み子と呼ばれた召喚士”は2019年3月9日発売予定です。

書籍版とweb書籍版で特別書き下ろしの内容に違いがあり、更にTOブックス様のオンラインストアで購入すると特典SSも付いてくるようですので、どうぞよろしくお願い致します。


お時間がありましたら、感想や評価を頂けますと幸いです。

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