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【55】帰郷の前に〈後編〉

冒険者ギルド治療室。


あの後、壁に叩き付けられて気を失った少年を治療室に運び込み、今現在はメルディナが治療にあたっている。


最近になって回復魔法の習得に勤しんでいたメルディナが、治療役を買ってでたのだ。


部屋の中に少年以外の部外者はいない為、ミゼリオもメルディナの後方に身を潜ませながら彼女の補助を行っていた。


「う・・・うぅ」


「(もう目を覚ましそうね。ミオ、隠れて)」


『(おっけー)』


ミゼリオが姿を隠すと同時にゆっくりと目を開けた少年はしばらく呆けていたが、何かを思い出したかのように勢いよく身を起こす。


「し、試合は!?」


「目が覚めたわね。どこか痛い所はある?」


「身体は大丈夫だ! そんな事より試合は!?」


少年の身体を気遣うメルディナだったが、気絶する程の衝撃によって前後不覚に陥っている少年の方は、試合の結果の方が気になっているらしい。


「覚えてないか?」


そんな少年に声をかけるヴィルム。


クーナリアが攻めに転じたあたりからの攻防を事細かに説明していくと、少年は現状を理解したのか俯いてしまう。


少年の身体が僅かに震えているのは、悔しさからだろうか。


「~~~ッ! だあぁぁぁ! オレの負けか~!」


意外にも、少年は素直に己の敗北を認める。


試合の結果を気にしていないという様子はなく、クーナリアに負けた事と弟子入りが白紙となった事にショックを受けているのは明白だ。


「途中で追撃の手を緩めたのが最大の敗因だな。降参を促さずにそのまま攻め続けていたらお前が勝っていただろうよ」


「えっ・・・?」


「そして相手の様子が変わった事に気付きながら戦い方を変えなかったのもよくない。変化する前と同じ調子で戦っているから、攻撃の予測が立てづらくなって避けにくくなるんだ」


「ヴィルムさん・・・?」


突如として始まったヴィルムの指摘に、事態が飲み込めない少年は目を白黒させて混乱していた。


しかしそれが自分への指南だと理解するやいなや、姿勢を正して食い入るように話を聞き始める。


ヴィルムから聞かされる戦術は少年にとって新鮮なモノだったらしく、疑問に感じた事を口にすれば的確な答えが帰ってくるそのやりとりを楽しんでいるようにすら見えた。


「二週間だ」


「えっ?」


一時間程経ち、話を終えたヴィルムが口にした言葉が理解出来なかったのか、少年が聞き返す。


「お前と戦ったおかげで、クーナリアは自分の弱点を自覚出来た。クーナリアとの約束があるから弟子にはしないが、二週間だけ、お前の修練に付き合ってやる」


「ほ、本当か!?」


試合前の約束で、ヴィルムへの弟子入りを諦めていた少年は、目を輝かんばかりに見開いて喜びを露にした。


「それは明日からよ? 武器で受けたとはいえ、クーナの一撃をもらってるんだから、今日は安静にしてなさい」


ベッドから飛び出ようとする少年を制したのは、メルディナだった。


「そ、そりゃないぜ! 強くなる為の時間を無駄にはしたくないんだ! オレの身体ならもう大丈夫だからさ~」


「あら、まだ私達はあなたの名前も知らないのよ? ヴィルに教えを乞うのなら、自己紹介くらいしてくれてもいいんじゃない? それとも、あなたはそこまで礼儀を知らずなの?」


「うっ・・・わ、わかったよ」


少年の方は今すぐにでも修練に入りたいようだったが、メルディナの指摘は尤もだと思ったのか、姿勢を正して自己紹介を始める。


「オレの名前はオーマ。ディゼネール魔皇国出身だ。見ての通り魔族で、強くなる為に世界を旅しながら修行している。ファーレンに来たのは、一国の危機を救ったっていうヴィルムさんの噂を聞いて、それが本当なら鍛えてもらおうと思って足を運んだんだ」


「ヴィルムだ。クーナリアの師、メルディナの友人として彼女達とパーティを組んでいる。約束したからには手を抜くつもりはない。今日はしっかり休んで覚悟を決めておいてくれ」


「わ、わかった!」


オーマと名乗った少年は、ヴィルムの本気を感じ取ったらしく、生唾を飲み込みながら頷いた。


「私はメルディナ。精霊魔術士として冒険者をやっているわ。ヴィルとの戦闘訓練は生傷が絶えないでしょうけど、その時は私が治してあげるから、存分に鍛えてもらいなさい」


「あ、あぁ・・・」


説得力のあるメルディナの言葉に、少したじろぐオーマ。


回復魔法を習得したばかりのメルディナにとって、彼は自分の魔法を試せす事の出来るこれ以上のない相手だろう。


「あ、あの、クーナリアです。オーマくん、身体の方は大丈夫でしたか・・・?」


「これくらい平気さ! それよりお前強いな! やっぱりヴィルムさんに鍛えてもらえれば、強くなれるのは間違いなさそうだ!」


勝負だったとはいえ、年下の少年を全力で壁に叩き付けた事に負い目を感じているクーナリアだったが、稽古をつけてもらう事が確定したオーマはそのことを気にしている様子はない。


試合前にあったクーナリアを侮った感じは消え、むしろ自分を打ち負かした強者への敬意すら窺える。


「そうですよ! お師様は凄いんです。私がここまで強くなれたのも、お師様のおかげなんです!」


「完全に不意を突いたと思ったのに、いつの間にか天井を見上げてるんだもんなぁ。クーナリア、さんも俺より強かったし・・・。なぁ、また手合わせしてくれよ」


「もちろんいいですよ! 私も、もっと強くなりたいですから!」


同じ人物を尊敬している事、そして全力を出して戦った事で、クーナリアとオーマはお互いに親近感を抱いたようだ。


その後、自己紹介を済ませたヴィルム達は、オーマの修練計画を練る為に夜遅くまで話をしていた。






* * * * * * * * * * * * * * *






翌日から、ヴィルム達にオーマを加えたパーティで行動を始めた。


オーマの薙刀術は基本をしっかりと教わっており、ヴィルムは基礎体力の向上や、身体強化の基本等をメインに教えていく事にしたらしい。


全力疾走での持久走から始まり、武器を失った時の為の格闘術、クーナリアとオーマによる対人戦闘、そして最後に、ヴィルム対クーナリアとオーマでの戦闘訓練である。


「クーナリア! オーマを気にしすぎて反対側への注意が散漫になってるぞ! オーマ! 一対一とは違うんだ! 相手だけでなく、クーナリアの動きにも気を配れ!」


「はい!」


「おう!」


最初は共闘なんてと不満そうな顔をしていたオーマであったが、いざ戦闘が始まると、その考えが如何に甘かったのかを痛感する事になる。


二人同時に斬り掛かっても全て避けられ、自分を吹き飛ばすクーナリアの膂力を苦もなく押し返すのだ。


クーナリアの話だと、これでも十分以上に手加減をされているという。


結局、二週間の間に彼の攻撃がヴィルムを捉える事はなかったが、その動きが日に日に良くなっていった事に間違いはなかった。

二章に入ったので新キャラを登場させてみました。

これからオーマくんをどんな風に絡めていくのか考え中ですね。


お時間がありましたら、感想や評価を頂けますと幸いです。

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