【44】騒動の後に
「元筆頭精霊魔術士ベイルード=ハヴォンによるクーデターを即座に鎮圧し、王国及びこの地に住まう多くの命を救った功績により、国王ゼルディア=ヒューマニオの名においてヴィルム殿以下二名をAランク冒険者と認定する。これは冒険者ギルドを通しての決定であるからして━━━」
クーデターが終息してから五日後、ヴィルム達は国王ゼルディアから直々に冒険者ランクの昇格を伝えられた。
一国の危機を救った功績は大きく、Sランクにするべきだというの声も上がったが、あまりに早い昇格はヴィルム達への嫉妬や悪影響が考えられるとしてAランクに留まった。
クーデターの発生と鎮圧の一件は国内外に大々的に発信され、ヒュマニオン王国の状勢不安を国民や他国へとさらけ出す形となったが、これはゼルディアの決定である。
ヴィルム達のAランク昇格した理由を周知する為、ゼルディア自身が自国の民を騙す事を恥じた為、他国にまでは報せる必要はないのだが、国内に公表すれば他国に情報が伝わるのも時間の問題だと判断した為の決断だ。
更には忌み子であるヴィルムが国の危機を救った事を公表する事で、忌み子という存在を認める理由とし、それについての法の改正をスムーズに行うという狙いもある。
「━━━国からの謝礼金も用意している。ヴィルム殿、此度の件、ヒュマニオン王国の王として誠に感謝する」
ゼルディアがヴィルムに対して深々と頭を下げるが、先日とは違いその事に騒ぎ立てる者はいない。
「ありがたく受け取らせて頂きます。ゼルディア王と皆様の心遣いに、感謝を」
「えっ?」
「ウソ・・・」
「「「おお・・・」」」
しかし深々と綺麗な拝礼をするヴィルムの姿を見た際に、クーナリアとメルディナを含めた全員が少なからず動揺の声をあげる。
ヴィルムが他者に対して礼儀を踏まえた作法を行った事が驚きだったのだろう。
特にクーナリアとメルディナの驚きは周囲より大きい。
しかし、ヴィルムは精霊達に教育されていた為、礼儀を知らない訳ではなく、今までは敵対勢力になりうる者に礼儀を弁える必要はないと考えていただけである。
ここ数日の間にヒノリやラディアの念話による再教育が行われ、その考えも改められたという訳だ。
周囲の驚きを余所に、ヴィルムは模範的な所作で立ち居振舞う。
その姿に目を奪われる者も少なくはなかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「やれやれ、やっと終わったか」
すでに慣れ親しんだ部屋へと続く廊下を歩きながら、肩に手を置いてコリを解すように首を鳴らすヴィルム。
サティアを相手に経験しているとはいえ、外界の者に礼儀を尽くすという行為は多少なり疲れたらしい。
尤も、黒水晶の棺に囚われた王城の人々を解放する為に尋常ではない魔力量を消費している点を考えれば、この程度で疲れるというのもおかしい話だが。
「王女様の護衛依頼と国王様との会談ってだけでも驚いたのに、どこをどうしたらクーデターに巻き込まれるのかしらね」
「まさかヒノリ様を奪おうとしてただなんて・・・許せないです」
「外界の者達にとって、それだけヒノリ姉さんが魅力的だって事だろ。今回の一件で俺自身もまだまだ知識と考えが足りないと痛感したよ。それに・・・力も、な」
「あら、一国の存亡に関わる危機を救っておきながら、まだ力が足りないと言うの?」
悔いるような表情を浮かべるヴィルムだったが、後ろから掛けられた声に反応して振り向く。
声の主はヒュマニオン王国の王女、ルメリアだった。
「ルメリア王女殿下、御機嫌麗しゅうございます」
「公式の場でもなければ気を使う事はないわ。今まで通りでいいわよ。特にヴィルムさんは私達の国と対等の友誼を結んだ人だもの」
拝礼の姿勢をとるヴィルムだったが、即座にルメリア自身からその必要ないと告げられる。
「・・・そうか。なら、そうさせてもらうよ姫さん。それで、何か用か?」
「えぇ、ヴィルムさんに聞きたい事があってね。ここだと話しづらいから、部屋にお邪魔してもいいかしら?」
少し悲しげな表情を浮かべるルメリアの話を聞く為に、最近はヴィルムの部屋として扱われている一室へと足を運ぶ。
全員が部屋に入り、施錠をした所でルメリアはヴィルム達に対して頭を下げた。
「まずはありがとう。ヴィルムさん達のおかげでこの国は助かったわ。そしてごめんなさい。ベイルードの思惑に気付く事が出来ずに迷惑をかけてしまったわね」
「感謝も謝罪も受け入れる。で、聞きたい事ってのは何だ?」
あっさりと受け入れたヴィルムから用件を促されたルメリアは、躊躇いがちに口を開いた。
「・・・リスティの事よ」
「あ、その・・・ごめんなさいです」
「クーナリアさんが気にする事はないわ。あれはリスティの失態だもの」
自身が殴り飛ばしたリスティアーネの話だと知って反射的に謝るクーナリアを見て、ルメリアは悲しげに笑ってフォローする。
リスティアーネは、廃人となっていた。
クーナリアとの戦闘によるダメージもさる事ながら、身体を限界以上に酷使した反動は大きく、全身の筋肉繊維の断裂から各所の骨折もあり、生きているのが不思議な状態で引き渡された。
身体の怪我は治癒術士の魔法により回復したものの、目を覚ましたリスティアーネは常に虚ろな瞳で一点を見つめるだけであった。
洗脳されていたという事で処刑だけは保留とされたものの、騎士の地位の剥奪と財産の押収は決定しており、現在彼女はリーゼロッテが引き取り、監視という名目で保護されている。
「リスティの私に対する彼女の忠誠心は本物だったわ。洗脳されていたとは言え、国家に対する反逆の罪が消える事はないけれど、その罪を償う意思があるのなら、もう一度だけチャンスをあげたいの」
口では駄女騎士リスティなどと罵る事もあるルメリアだが、暴走しがちな所を除けば彼女を信頼しているのも事実である。
そうでもなければ国から抜け出す際に彼女だけを護衛として連れていく事もしないだろう。
「だから、リスティの意思を知る為にも彼女を治してあげたい。ヴィルムさんなら彼女を治す方法を知ってるんじゃないかと思って、聞きにきたのよ」
ルメリア自身、ヴィルムが治療方法を知っている可能性は薄いと感じているのだろう。
諦めと、若干の期待を宿した瞳で見つめてくるルメリアに、ヴィルムは質問の答えを口にする。
「リスティアーネを治す方法はわからない」
「・・・そう」
ヴィルムの返答に、予想はしていたという表情で項垂れるルメリア。
「だが、あいつが陥っている状態であれば予測はつく。そこから何かわかるかもしれないな」
「っ!? ヴィルムさん、教えて頂戴!」
しかし続くヴィルムの言葉に光明を見出だしたのか、勢いよく顔をあげると今にも掴み掛かりそうな表情で詰め寄った。
「あいつに掛けられた洗脳術はかなり強力な物だ。通常の洗脳に加えて身体能力の制限解放に痛覚の遮断。脳にかかる負担は相当に大きかっただろうな」
「なるほど。つまりリスティアーネさんは洗脳術の後遺症で今の状態になってしまった可能性が高いって事ね」
「そう言えば、リスティさんの話し方も少しおかしかった気がします」
「断言は出来ないが、あいつの記憶を大きく刺激する切っ掛けがあれば、元に戻る可能性はある」
「記憶を刺激する切っ掛け・・・探してみる価値はあるわね。ありがとうヴィルムさん」
ルメリアの表情に、先程までの陰りはない。
記憶を刺激する切っ掛けを模索するルメリアだったが、ふと顔をあげると再びヴィルムに問い掛けた。
「そう言えば、ヴィルムさん達はこれからどうするの? 私としてはこのまま居てくれると物凄く嬉しいのだけれど」
クーナリアとメルディナも、ルメリアと同じく「どうするの?」といった表情をヴィルムに向ける。
「そうだな。姫さんの依頼も片付いたし、Aランクにもなった。ファーレンに戻るか━━━」
(一度、里に帰るのもいいかもしれないな)
ヴィルムは、どこか楽しげで懐かしそうな笑みを浮かべていた。
ルメリアの話し方やヴィルム達をどんな風に呼んでたか思い出せなくて苦戦してました(笑)
ようやく新章に突入しますね。
シリアスはお腹いっぱいなので、しばらくは日常的な話を書きたいと思ってます。
そろそろサティア様の話も書きたいなぁ。
お時間がありましたら、感想や評価を書いて頂けると幸いです。




