過去編【06】芽生えた感情
「ディア姉、フー姉ちゃんを頼む」
『うむ、任された。存分にやるがよい』
ぐったりとして動かないフーミルをラディアに任せ、立ち上がったヴィルムの表情は鬼気迫るモノであった。
それは隣に立つヒノリも同様で、怒りの形相を隠しもせずに冒険者達を睨み付けている。
「い、忌み子? 何で忌み子が精霊と一緒に・・・?」
「何だお前らは! そいつは俺達の獲物だぞ! 横取りするんじゃねぇ!」
「戦闘体勢を崩すな。気を抜けば一瞬で殺られるぞ」
冒険者達の内一人は人間族だったらしく、ヴィルムの容姿に反応するが、残りのメンバーは油断なく戦闘体勢をとっている。
ヴィルムとヒノリから放たれる壮絶な威圧を受けながらも正気を保っていられる事から、冒険者達がある程度以上の実力を持っている事が伺えた。
だが、家族を傷付けられ、怒りに震えるこの二人を相手取るには圧倒的に実力不足だと言えるだろう。
すでに戦闘体勢をとっていた冒険者達に対し、ヴィルムは一気に彼らの中心へと潜り込み、その注意を自分に引き付ける。
その勢いのまま陣形の中心にいた一人の頭を鷲掴み、後頭部を地面に叩き付けて意識を刈り取った。
背後に感じる風を切る気配に反応し、身を翻すと同時に手刀を振り抜くヴィルム。
「うっ・・・」
「馬鹿な!?」
そこには穂先が切り落とされた槍と刀身の半ばから折られた剣を構えて唖然とする前衛二人の姿があった。
その隙をわざわざ見逃すヴィルムではない。
剣を持つ男の懐に潜り込むと同時に肘鉄を叩き込み、“く“の字に折れ曲がり下がってきた顎を蹴りあげる。
男の首から鈍い音が鳴り、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
その体勢のまま軸足を回転させ、槍だった棒を構えた男の脳天に踵落としを見舞うと、地に伏して痙攣している男達の頸椎を踏み抜いてトドメを刺していくヴィルム。
「〈ウォーターブレイド〉! ・・・ウソ!?」
「ま、魔法が、効かない・・・?」
少し離れた場所ではヒノリが後衛の二人組を圧倒していた。
放たれた水の刃はヒノリに触れる事なく蒸発し、他属性の魔法は無造作に打ち払われる。
淡々と迫ってくるヒノリに恐怖心を抱き、逃げ出そうとする二人だったが、背を向けた瞬間に無数の羽焔が突き刺さり、一瞬で灰にされてしまった。
「フー姉ちゃん!」
『フーちゃん!』
圧倒的力を振るわせて冒険者達を全滅させたヴィルムとヒノリがフーミルを抱きかかえるラディアの元に戻ってくる。
しかしすでに彼女の意識はなく、ラディアの腕の中でぐったりとしていた。
『不味いのぉ・・・フーの身体から流れ出る魔力が止まらん。このままでは・・・』
「そん、な・・・」
ラディアの見立てでは、身体を構築するフーミル自身の魔力が流れ出しすぎているとの事だ。
このままでは身体を維持する魔力までなくなってしまい、フーミルの存在が消えてしまうらしい。
ヴィルムは膝から崩れるような形でフーミルの側に座り込む。
『ディア姉、お母さんなら何とか出来ないかしら?』
『確かに母上なら何とか出来るやもしれんが、里に連れていくまでフーが持ちそうにないのぉ・・・ヴィル坊』
何とかフーミルを助けようと思案するヒノリの質問に答えたラディアが、不意にヴィルムに呼び掛ける。
「・・・?」
大切な家族を失うかもしれないという絶望感に打ちひしがれていたヴィルムは、ラディアの声に反応してゆっくりと顔をあげた。
『フーミルを助けるには魔力の供給が必要じゃ。今すぐ、大量に、この場で、の。魔力の質が違う、火属性のヒノリや土属性の儂ではどうにもならん。母上の所まで運ぶには時間が足りん。フーミルを助けられるのはヴィル坊しかおらんのじゃ』
「!? やる! 絶対に助けてみせる!」
まだフーミルを助けられる可能性はあるというその言葉は、ヴィルムの瞳に決意の光を宿らせた。
『周囲の警戒と対処は私とディア姉に任せなさい。ヴィルム、頼んだわよ』
『良いか? 妖精達に魔力を分け与える時の感覚で構わん。それをより多く、よりフーミルが持つ魔力の性質に合わせて送り込むのじゃ』
ラディアからフーミルの小柄な身体を受け取ったヴィルムは、彼女を優しく抱き上げると、目を閉じて彼女に合わせた魔力を流し込み始める。
しかし送った魔力は流し込んだ傍から流れ出てしまい、フーミルの状態は中々良くならない。
「・・・くそっ!」
ならばと送り込む魔力量を一気に増やすヴィルムだったが、それでもフーミルの傷口を癒すまでには至らなかった。
ヴィルムの脳裏に、今まで自分を守り続けてくれた精霊達の記憶が過る。
その中には当然、今、自分の腕の中でぐったりとしているフーミルの姿も。
幼い頃は友達のように。
最近になってからは姉として接してきた、大事な家族。
いつも眠たげで、しかし我は強くて、自分に素直な彼女の笑顔は、ヴィルムにとって失いたくない、大事な存在。
(フー姉ちゃん・・・絶対に、助けるからな)
全神経を集中させ、眼を見開いたヴィルムは、自らリミットを外して取り払う。
過去に起こった暴走とは違い、ヴィルムの意思を伴った魔力の奔流がフーミルへと流れ込む。
「はぁ・・・はぁ・・・ぐっ」
凄まじい集中力を発揮し続けるヴィルムに大量の魔力を失った為に引き起こる疲労と苦痛が襲い掛かるが、フーミルの傷はまだ癒えてはいない。
『ぅ・・・ッ・・・!』
フーミルの方も膨大に送り込まれ続ける魔力が負担になっているのか、玉のような汗が滴り落ち、無意識ながら歯を食い縛って耐えている。
『情けないのぉ、ヴィル坊やフーがこれだけ苦しんでおるのに、儂らは見ている事しか出来んとは・・・』
『言わないでよディア姉。私だって・・・あっ!』
悔しげな二人の目の前で、フーミルの身体に変化が現れ始めた。
あれ程苦痛に染まっていた表情は穏やかになり、四肢や胸元、股関部のあたりからは獣を思わせる柔らかな体毛が生え始める。
尾骨のあたりからはフサフサとした尻尾が伸び、人間のように顔の隣にあった耳は髪の中へ隠れていき、その変わりといった具合に頭からピョコンと顔を出す。
四つの八重歯と手足の爪が鋭く伸び、彼女を中心に旋風が巻き起こった。
(『温かい。フーは今、ヴィーくんの魔力に包まれてるんだ』)
意識を取り戻したフーが目にしたのは、疲労と苦痛に顔を歪めながらも魔力を送り込む事をやめようとしないヴィルムの姿。
(『結局、フーは守られてた、だけ。ヒー姉様やディー姉様みたいに、ヴィーくんに頼られたかった、けど、お姉ちゃんなんて、言えるような事も出来なかった・・・。でも、それでも、フーはヴィーくんの役に立ちたい』)
フーミルの傷が完全に塞がり、彼女が目を覚ました事で安心したのか、小さく微笑んだ直後に気絶してしまうヴィルム。
倒れ込んできたヴィルムを抱き留めるフーミルだったが、それまでにとっていた体勢と体格差のせいで自身が枕のようになる形になってしまう。
『ヴィーくん・・・、んーん。ヴィー兄様のおかげで、助かった。だから、フーの全部、ヴィー兄様にあげる、ね?』
気絶しているヴィルムの頭を優しく抱き締め、その言霊を紡ぎ始めた。
━━━優しき魂を持つ者よ━━━
普段のフーミルからは想像出来ない、しっかりとした声が周囲に響き渡る。
━━━我は汝の慶福を願う者なり━━━
フーミルの言葉に反応するかのように、静かな旋風が巻き起こり、二人を包み込む。
━━━我が身、我が魂、我が全てを、汝に捧げ、兄妹となりて生きる事を誓わん━━━
ありのままの自分を受け入れてくれる、頼もしい存在。
━━━我が身は盾となりて、汝を、守ろう━━━
自分の命を必死になって助けてくれた、愛しい存在。
━━━我が魂は剣となりて、汝の敵を、討ち滅ぼそう━━━
フーミルは、この愛しく、頼もしい男の子の為に生きる事を誓う。
『我が名はフーミル。我が兄、ヴィルムの敵を、切り裂く者なり』
瞬間、フーミルは治療されていた先程までの魔力とは違う、純粋なヴィルム自身の魔力を感じとる。
それは先程までの魔力よりも暖かく、優しい魔力だった。
誓約の完了を見届け、近付いてきたヒノリとラディアに向けて彼女は不敵に笑う。
『ヒー姉様、ディー姉様。ヴィー兄様の、妹の座は、フーがもらったから、ね?』
あれだけ自分が姉である事に固執していたフーミルの変化に驚く二人だったが、すぐに顔を綻ばせて彼女の無事を喜んだ。
なお、目を覚ましたヴィルムがフーミルから兄様と呼ばれ、激しく動揺したのは別の話である。
きっちり一週間掛かってしまいました。
仕事自体は定時で終わっても帰宅に時間が掛かるので安定しませんね。
という訳でフーミルの過去編になりましたがどうだったでしょうか。
精霊獣の中でもフーミルに対しての感想が一番あるように思えます。
やはり妹キャラは人気があるのか・・・?
作者的には姉キャラの方が好きなんですけどね。
次回から本編に戻ります。
しばらくシリアスだったから日常的な話を書きたいなぁ。
お時間がありましたら、感想や評価を書いて頂けると幸いです。




