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【37】始まりの足音

ちょっと短めです。

もうすぐ実家から帰る予定です。

帰省中はもっと執筆出来る予定だったんだけどなぁ。

甥っこパワー恐るべし(笑)

ヒュマニオン王国内の住民が寝静まり、夜空に浮かぶ雲により月の光が遮られ、深い暗闇が辺りを支配した頃。


とある屋敷のバルコニーに、フードを目深に被った男が音もなく現れた。


壁をよじ登ってきたのか、はたまた屋根から飛び降りたのか。


音もなく動く所を見ると相当な手練れだという事がわかる。


フードの男は淡々と、静かに、まるで最初から鍵など掛かっていなかったかのように、その窓から侵入した。


入ってきた窓を音を立てずに閉めたと同時に、男の肩に鋭い長剣が当てられる。


「こんな夜遅くに女性の部屋へ無断で立ち入るとは、少々礼儀がなってないんじゃないか?」


静かな空間に響くのは、凛とした若い女性の声。


無断で屋敷へと侵入し、その住人に発見されたにも関わらず、フードの男に動揺は見えない。


それどころか、まるで予測していた出来事だったかのように、静かに笑い始めた。


「クックックッ。流石は王国トップクラスの実力者と言われるだけはありますね。ここまであっさり見つかったのは今回が初めてですよ・・・リスティアーネ殿」


風に流された雲の隙間から射し込む月明かりによって照らされたのは、未だに謹慎が解けず、屋敷から出る事を許されていない元ルメリア王女殿下の護衛騎士、リスティアーネだった。


「御託はいらん。何をしにここへ来た? さっさと吐かねばその細首、叩き斬ってくれよう」


〝チャキッ〟と添えられた長剣がフードの一部と共に首に傷を付け、僅かに血が滲み出る。


しかし男は大して気にした様子も見せずに首を竦めてみせた。


「やれやれ、せっかちな方ですね。とは言え、どの道貴女にはお話しなければなりませんから、別に構わないんですけどね」


男はリスティアーネを刺激しないよう、ゆっくりとした動作で彼女の方へと向き直る。


そして王侯貴族を彷彿させるかのような優雅な動作でリスティアーネに向けて一礼した。


「初めまして、リスティアーネ殿。私の名はユリウス。とある御方から貴女への言伝(ことづ)てを預かっております。つきましては、ひとまずこの剣をお引き願えませんか?」


「・・・いいだろう、話せ。ただし、おかしな真似をすればその頭と胴体が泣き別れる事になるぞ」


「えぇ、心しておきましょう」


ゆっくりと剣を引くリスティアーネだが、鞘へと戻す気配はない。


その目に油断はなく、厳しい視線でフードの男(ユリウス)を睨み付けている。


「さて、リスティアーネ殿。自宅謹慎だった貴女は知らないでしょうが、ヒュマニオン王国はルメリア王女殿下と貴女が連れてきた、忌み子の青年と友誼を結ぶ事を決定致しました」


「ゆ、友誼だと!? あやつが我が王国に降るという話ではなかったのか!?」


ルメリアと行動を共にしていた際に聞かされていたのは、ヴィルム達を王国に引き込む為の策として、彼らをヒュマニオン王国まで連れていくという話だった。


予想だにしていなかったリスティアーネの表情が驚愕の色に染まる。


「えぇ。何でも忌み子の青年が契約しているという精霊獣は、王国の国家戦力に値する力を持っているとか。あくまで対等な関係だという話ですよ」


「馬鹿な! いくらあやつやその精霊獣が強くとも、一国家と個人が対等な関係を結ぶなど聞いた事がないぞ!? 周囲の国々に侮られるだけではないか!!」


事実、リスティアーネの言動は一般常識から見れば正しい。


ゼルディア国王や重臣達も、精霊獣(ヒノリ)の姿を目の当たりにしていなければここまで思いきった関係を結ぶ事はなかったであろう。


「勿論、それを認めている方ばかりではありませんよ。今のリスティアーネ殿のように・・・。とある御方からの言伝てとは他でもない、王国と忌み子の友誼を阻止する為に協力して頂きたいのですよ」


「何・・・?」


リスティアーネの眉が、ピクリと反応する。


「リスティアーネ殿が知らなかったように、この決定はまだ(おおやけ)にはされていません。今までは忌み子は許されざる存在でしたからね。民衆を納得させる説明や法の改訂が終わるまでは公表する訳にはいかないのですよ」


「だ、だから何だと言うのだ」


リスティアーネの構えた長剣と、それを持つ手が震える。


「リスティアーネ殿も感じたのではないですか? あの忌み子は必ずしも私達人間の味方ではありません。その様な者と対等な関係を結んでしまえば、ヒュマニオン王国にとっては害にしかならない。いえ、下手をすれば獅子身中の虫にもなりかねません」


「ッ!」


ヴィルムと行動を共にしていた際に常々感じていた事を告げられ、一瞬身を強張らせるリスティアーネ。


「例え国王様が何と言われようと、間違いは正さなければならない。その為にも是非、王国内トップクラスの実力を持つリスティアーネ殿には協力して頂きたいのですよ」


「し、しかし、それではまるでクーデターではないか! 私には姫様を裏切る事など出来ん!」


頭を振って拒否するリスティアーネに、いつの間にか接近していたユリウスが彼女を覗き込むように顔を近付ける。


動揺していたからか、リスティアーネはユリウスに反応が出来ない。


「裏切る? むしろこのままでは忌み子のせいでどんな危険が王女殿下に降りかかるのかもわかりません。助け出すのですよ。私達の手で・・・いえ、他ならぬリスティアーネ殿の手で・・・」


フードに隠され、表情の視認すら難しいユリウスの眼が、怪しく光り始める。


「ア・・・ウ・・・。助けル? 姫様ヲ、わたシ、ガ?」


「そうです。今、忌み子の魔の手から王女殿下を助ける事が出来るのはリスティアーネ殿、貴女だけなのですよ。どうか王女殿下を助け出す為に、貴女の力をお貸し下さい」


ユリウスはリスティアーネから目を離さずに続ける。


ユリウスの眼から放たれる怪しい光が増していくのに対し、リスティアーネの眼からはゆっくりと光が失われていく。


「・・・ワかッタ。協力すル」


賛同したリスティアーネの眼からは光が失われており、その顔には完全に無が張り付いていた。


ユリウスがリスティアーネに対して使ったのは、所謂(いわゆる)“洗脳術”と呼ばれる物だ。


本来であれば簡単に洗脳する事は出来ないが、ルメリアの護衛役解任や謹慎処分で心が弱っており、かつ“自分の願望”が正しい事のように告げられたリスティアーネは、その洗脳術に坑がう事が出来なかった。


「ふふふ。さて、楽しくなってきたね」


リスティアーネの洗脳が完了したユリウスは、満足げに夜空を見上げる。


「君は楽しんでくれるかな? ヴィルム君」


顔を覗かせていた月は、いつの間にか分厚い雲に飲み込まれていた。

今回出てきたユリウスは【34】で出てきた男とは別人です。

こんなに新キャラ出して大丈夫かなぁ(汗)と思いつつ楽しみながら書いてます。


お時間があれば、評価や感想を書いて頂けると幸いです。

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