過去編【02】小さな命を助ける為に
二話同時投稿分です。
次回からメインストーリーに戻ります。
精霊達に拾われた赤子は、サティアからヴィルムと名付けられた。
名前についても精霊達の議論が始まろうとしていたのだが━━━
『育児に関われないのなら、せめて名前は私が付けます!誰であろうとも反論は許しません!』
━━━と、女王の命令により名付け親が決まった次第である。
ヴィルムはあまり泣かない子だった。
お腹が空いたり、排泄した時に精霊達に知らせる為に泣く以外、夜中に目が覚めても、びっくりした時でも泣かないのだ。
その代わりに、よく笑う。
遊んで貰った時、食事を食べさせて貰った時、目が覚めて一緒に寝ていた精霊と目があった時。
その笑顔を見た精霊達もまた、笑顔になるのである。
普通の人間の赤子ではあり得ない程に、手のかからない赤子であった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
ヴィルムが拾われて十一ヶ月後、事件は起こった。
いつもの様に『ヴィルくんに会いたいなぁ』『女王辞めてヴィルくんのママになりたい』とぶつぶつ言いながら女王としての仕事をこなしているサティア。
そんなサティアの元に、側近のミーニが慌てた様子で駆け込んできた。
『サティア様サティア様!大変なんです!ヴィルムくんが泣き止まなくて・・・じゃなくて、何かよくわからないんですけど苦しそうに泣いてるんです!』
直後、ミーニの報告を受けたサティアは、一瞬目を見開いた後、風の精霊をも凌ぐスピードで部屋を飛び出した。
発生した爆風でミーニが吹き飛ばされていたが、すでにサティアの姿は見えなくなっていた。
「ふわああああん!ああああああん!」
悲痛な赤子の泣き声が周囲に響き渡る。
『あぁ、どうしよ!ヴィルムくんがこんなに泣くなんて。ごはんやおしめじゃないみたいだし、今までこんな事なかったのに・・・』
『それに何だか苦しそう。怪我してる様子もない。お腹が痛いのかな?』
ヴィルムが大泣きしている原因がわからず、おろおろする精霊達。
そこに爆風を巻き上げて走って来たサティアが到着する。
・・・いや、飛べよ。
『ヴィルくん、大丈夫!?何があったの!?』
『そ、それがわからないんです。先程急に泣き出したんですが、ごはんやおしめじゃないみたいですし・・・それに、何か苦しそうで』
『わかりました。場所を、替わってくれますか?』
ヴィルムの寝台近くに移動するサティア。
ヴィルムの額に手をあて、その原因を探す為にあらゆる観点から監察する。
次第にサティアの表情に曇りが現れ、それは徐々に焦りへと変貌していく。
サティアが原因に確信を持った時、彼女の瞳から、大粒の雫が頬を伝った。
『そう。これが原因で、この子は捨てられたのね・・・』
『サティア様?原因はわかったのですか?』
『わ、私達はどうすれば良いですか!?』
一人納得した様子のサティアに詰め寄る精霊達。
サティアは何かを考える様に閉じていた目をゆっくりと開いていく。
『ジュエルツリーと仲の良い者達は全員、彼等から果実をわけて貰う様に頼んで下さい!お礼は後日、必ずすると伝えるように!』
『えっ?あ、は、はいっ!!』
『わ、わかりました!他の者にも声をかけて行きます!』
サティアの命令に、戸惑いながらも従う精霊達。
ほとんどの精霊達が出払った後、残った者達への説明をし始める。
『皆、よく聞いてね。今、ヴィルムの身体は恐ろしい程に膨大な魔力が暴走し始めている状態なの』
『魔力の・・・?』
『暴走・・・?』
精霊に比べれば、人間の魔力量は非常に少ない。
暴走が起こる様な魔力がある筈がないのだ。
『信じられないでしょうけど、これは事実よ。おそらくだけど、ヴィルムの瞳や髪が黒いのは膨大な魔力量による色素の変化。その魔力量は・・・私の魔力量を、遥かに上回るわ』
『『『ッ!?』』』
魔力量に置いては他種族の追随を許さない精霊。
その頂点に立つ女王サティアの魔力量を軽く上回ると言うのだ。
あまりの衝撃に言葉を失う精霊達。
『それ程に膨大な魔力が成長しきってない未熟な身体に蓄積し続けていたのよ。本来であれば魔力を放出してあげれば良いのだけど、まだ赤子の彼に魔力を放出する術はない。そして許容量を越え、行き場を失った魔力が暴れ始めているの』
悔し気に俯くサティアは身体を震わせ、血が滲にじまんばかりに拳を握り締める。
『このまま放置すれば、この子は間違いなく死ぬわ。自分の周囲を巻き込んで、ね。この子の両親が、この子を捨てたのもこれが原因だったのよ。流石に、魔力の暴走が原因だとは知らなかったでしょうけどね』
『死ぬって・・・?ヴィルムくんが?』
『そんなっ!まだこんなに小さいのに!』
『サティア様!何とか、何とかならないんですか!?』
一年に満たないとはいえ、自分達の子供として可愛がって育ててきたヴィルムが死ぬ。
そう聞かされた精霊達は半狂乱になってサティアに問い掛ける。
『しっかりしなさいっ!』
サティアの一喝。
『ヴィルムが必死に生きようと耐えているのよ!母親の私達が狼狽えてどうするのですか!!』
それは女王としての、否、我が子を愛する一人の母親としての言葉。
『ジュエルツリーの果実をわけて貰えれば、多少は良くなるでしょう。ですが、根本的な解決にはなりません』
『だったら!』
『黙って聞きなさい!!』
『ッ!?』
サティアの剣幕に、一瞬騒ぎ出しそうになる精霊は口を閉じる。
『今、必要なのは、この子の魔力を放出してあげる事。ですが現状、この子は自力で魔力を放出する事が出来ない。だったら━━━』
女王の言葉に、何かに気付いたのだろう、息を飲む精霊達。
『━━━我々、精霊がこの子と契約し、その魔力を受ける器となるのです。』
精霊と契約する者は少なくはない。
彼等は精霊魔術士、あるいは召喚士と呼ばれ、精霊の力を借りて戦闘を行ったり、魔法を行使したりするのだ。
だが、赤子との契約となれば、その数は極端に減少する。
永遠とも思える程の永い歴史の中でも、赤子の頃から契約をした者は片手を満たす数もいない。
意思の疎通が出来ないからだ。
それ程までに、赤子と契約する事は困難なのである。
『正直に言えば、私が契約してヴィルムを助けてあげたい所ですが、魔力の解放が始まった時、それを抑えられる者がいません。ですから、貴女達の中から━━━━』
『私が、やります』
サティアの言葉が終わる前に名乗り出たのは、炎を司る精霊。
彼女は自分が育てる期間でない時も、他の精霊達よりヴィルムの様子を見に来て面倒を見ていた。
『こんなに小さいのに、死んでいい訳ないっ!サティア様!私に、どうか私にやらせて下さい!』
『━━━わかりました。貴女に任せます。魔力の解放が始まれば、私は手出しする事が出来ません。ジェニー!ミーニ!』
サティアは最も信頼する、側近の二人に声を掛ける。
『はっ!』
『はいっ!』
『私達はこれより契約の儀式を行います。万が一の可能性を考え、貴女達は里の中にいる者全てを、避難させなさい』
万が一。
つまりは全滅可能性があると言う事。
当然、二人は反論する━━━
『『っ!?それは━━━』』
『反論は許しません。いいですね?』
━━━事は出来なかった。
有無を言わせない、女王としての威厳と、母親としての決意。
『『・・・』』
辛そうに頷いた二人は、それを隠すように駆け出して行く。
二人を見届けたサティアは、契約の為に残った精霊と共に、契約の儀式に取り掛かった。
煌々と光輝く結界が、周囲を包み込む。
精霊の女王たるサティアが全力を注ぎ込んだ、万の軍勢であっても突破出来ないであろう強力な結界。
サティアは、下手をすれば里の周囲まで消し飛ばすであろうヴィルムの魔力を、必死に抑え込んでいた。
結界の中に、透き通った声が響き渡る。
━━━我が力を欲する者よ━━━
━━━対価に求むは汝が魔力━━━
━━━汝が魔力を糧として━━━
━━━我が力、汝に貸し与えん━━━
溢れ出る、契約の光。
それはヴィルムに吸い込まれる前に霧散し、儚く消え去る。
『また失敗・・・?どうして!?』
必死に契約しようとする彼女だが、何故か上手くいかない。
『・・・契約には契約者と精霊、双方の合意が必要だからよ。まだ赤子のヴィルムは、契約が何なのか、私達が何をしようとしているのかがわかってないのよ』
『そん・・・な・・・』
『わかっていた事よ。ヴィルムが受け入れてくれるまでやればいい。何回でも、何十回でも』
『ッ!は、はいっ!!』
再度、契約の儀式を試みる二人。
突如、ヴィルムの身体から、黒に近い、紫色の何かが無数に飛び出してくる。
『サ、サティア様!これは、まさか!?』
『ッ!?早すぎる!』
ヴィルムの身体が耐えきれず、暴走した魔力が体外に放出され始めたのだ。
『もう一刻の猶予もないわね。貴女は里の外へ逃げなさい。上手く行くかどうかはわからないけれど、私が━━━』
━━━穢れなき魂を持つ者よ━━━
不意に、サティアのモノではない声が響き渡る。
━━━我は汝の静穏を願う者なり━━━
『何をッ!?』
━━━我が身、我が魂、我が全てを汝に捧げ、姉弟となりて生きる事を誓わん━━━
サティアの目に飛び込んできたのは、ヴィルムの手を優しく、そして力強く握って言葉を紡ぐ精霊の姿。
━━━我が身は盾となりて、汝を守ろう━━━
『貴女!それが何を意味するかわかってるの!?』
精霊のせんとする事を察したサティアが必死に止めさせようとするが、精霊は聞く耳を持たない。
━━━我が魂は剣となりて、汝の敵を討ち滅ぼそう━━━
『止めなさい!今なら、まだっ━━━』
サティアの必死の説得も虚しく━━━
『我が名はヒノリ!我が弟、ヴィルムの敵を焼き尽くす者なり!』
━━━ヴィルムとヒノリの誓約は、完了した。
誓約完了と同時に、ヒノリへ恐ろしく膨大な、異常とも言える量の魔力が注ぎ込まれる。
『あっ・・・ぅぐっ・・・!!』
あまりの衝撃に苦しむヒノリだが、これでヴィルムが助かるなら、と歯を喰い縛って懸命に耐える。
ヴィルムから放出される魔力が、ヒノリに止め処なく流れ込む。
『ヒノリ!今すぐ共鳴を切りなさい!このままだと貴女の身体が保たないわ!』
魔力の解放を抑える為に、結界の維持に全力を注ぎ込んでいたサティアは、急には動く事が出来ない。
『大、丈夫、です。サティア、様。ヴィルム・・・?安心、なさい。絶対、お姉、ちゃんが、助けて、あげる、から・・・ね?』
激痛が走っているだろう。
窒息するよりも苦しいだろう。
しかし、ヒノリはヴィルムの手を離さない。
この小さな命を、自分の弟を助ける為に。
『ぁ、ぐっ・・・!あァアァあァアアアぁアアぁぁァあアァああァアアぁぁァあアァああァぁァあアァああァぁっ!!!』
痛みと苦しみが限界を越え、ヒノリが絶叫をあげる。
『ヒノリッ!!』
『ぁぁァ・・・ッ・・・』
サティアの呼び掛けにも反応せず、糸が切れた人形の様に崩れ落ちるヒノリ。
地面に倒れ込む、その瞬間、ヒノリの身体に変化が起こる。
身体が煌々と輝き始め、その光は猛々しく燃え盛る焔へと姿を変えた。
その焔に包まれた箇所は、紅く美しい体毛が生え揃い、ただでさえ色気を感じさせていた雰囲気を、より艶かしいモノにする。
一気に腰の辺りまで伸びた髪は真紅へと染まり、その滑らかな髪をかきあげながら、鋭い翼が姿を現す。
『あり得ない・・・。ヒノリは上位精霊に進化出来る程の魔力はなかった筈。それが上位精霊を通り越して、精霊獣に進化するなんて・・・』
サティアは先程の心配もどこへやら、精霊獣となったヒノリを茫然と見つめる。
『サティア様、私の事は後程。今はヴィルムの無事を喜んで下さい』
ハッと顔を上げたサティアの腕に、ヴィルムが渡される。
先程までの苦しそうな様子はなく、気持ち良さそうにスヤスヤと眠っていた。
『良かった・・・。ヴィルムが無事で、本当に━━━』
涙を浮かべながらもヴィルムの無事を喜んだヒノリは、その安心感からか、サティアの胸元へと倒れ込んでしまう。
ヴィルムが押し潰されない様に上手く受け止めたサティアは、彼女を落とさない様にゆっくりと座り、その膝元に頭を寝かせる。
『ヒノリ、よく頑張りましたね。貴女が、ヴィルムの命を救ったのですよ』
安心した様な笑みを浮かべて眠るヒノリに、優しい言葉をかけながら頭を撫でるサティア。
サティアの膝元で寄り添う様に眠るヴィルムとヒノリの姿は、正に母親と姉弟に見える事だろう。
それも当然である。
ヴィルムと精霊達は、家族なのだから。
ヴィルムの家族愛はここから始まりました。
なお、契約と誓約の違いは下記を御覧下さい。
契約=意思疏通が必要。お互いにメリットのあるWINWINの関係。
誓約=意思疏通は不要。精霊が術者に全てを委ねる一方的な関係。
ヒノリはヴィルムを助ける為に、文字通り自分の全てをヴィルムに委ねたって事ですね。
「こんな姉いねぇよ!」ってツッコミが聞こえてきそうですが、まぁファンタジーだって事でw
次回は5/4投稿予定です。