【09】二人の少女
第九話です。
「すまない、遅くなった」
少々急いだ様子で現れたヴィルム。
そこにはサティアを始めとする精霊達やエルフの少女が集まっていた。
「メルちゃぁぁぁん!」
ヴィルムの後を着いて来ていた牛人族の少女が、エルフの少女を見つけた途端、飛び掛かる様に抱き付く。
エルフの少女は、その突進を受け止め━━━
「クーナ!あなた無じょごっふぇ!?」
━━━る事が出来ず、そのまま吹き飛ばされる形で床にダイブした。
しばらく様子を見ていた面々だったが、エルフの少女がちょっとヤバイ感じで痙攣し始めたので、とりあえず牛人族の少女を引き剥がす事にした。
『おい小娘、しっかりせんか』
ラディアが声をかけつつ、軽く頬を張ってやると意識を取り戻したようだ。
「二人共、元気になったようで何よりだ。さて、まだ名乗ってなかったな。俺の名前はヴィルム=サーヴァンティル。精霊女王サティア=サーヴァンティルの子として、ここで生活している。これからについて話をしておきたいんだが、とりあえず、二人の事を教えてくれ」
(に、人間が、精霊女王様の子供・・・?)
あり得ないと思ったエルフの少女だったが、周囲の精霊達や女王自身が否定しない以上、それは事実なのだろう。
そして、その事実を自分が否定してしまえば、精霊達の怒りを買ってしまうと感じた少女は、平静を装おって対応する。
「今回は私達二人を助けて頂き、感謝に堪えません。私の名前はメルディナ。冒険者として各地を転々としております」
「わ、私はクーナリアと言います。メルちゃ・・・メルディナさんと一緒に旅をしています」
二人が名乗り終えた所で、ヴィルムが口を開く。
「もう一人、いるだろ?自分でも胸クソ悪くなる様な演技をしてまで助けてやったんだ。それなのに黙りか?」
メルディナの背後、何も見えない空間を睨み付ける。
『むー、ホントにワタシが見えてるのね。メルディナ以外には見えない様にしてたんだけどなぁ』
僅かに空間が揺らぎ、姿を現したのは小さな人形くらいの精霊だった。
『メルディナとクーナリアを助けくれてありがとう。ワタシはメルディナと契約している水の精霊でミゼリオって言うの。精霊って言っても、妖精から成長したばかりだから、大した魔力はないんだけどね』
そう言ってミゼリオは、テヘッと舌を出して頭を掻く。
格上の存在である女王や精霊獣がいるにも関わらず、軽い口調で話すのは妖精から精霊となって日が浅いからだろう。
そのやりとりを黙って聞いていたサティアが口を開く。
『メルディナ、クーナリア、ミゼリオ、大変でしたね。ヴィルムが被害者とは言え“人”を連れて来たと聞いて驚きましたが、三人共、澄んだ瞳をしていますね。我々の存在を明かしても問題ないと判断したのも、間違いではないでしょう。しかし━━━』
クーナリアの元に移動したサティアが彼女の頭に手をかざす。
精霊女王の存在を間近で感じた彼女は、恐縮してしまっている。
『なるほど。ヴィルムの言う通り、魔力の循環経路が乱れていた形跡がありますね』
「「ッ!?」」
自身すら知らなかった事実を知らされ、衝撃を受けるクーナリア。
一緒に旅をしていたメルディナも驚きに目を見開いている。
「クーナリアを治療している時に気付いたんだがな。魔力を流し込んだ時に、身体全体にうまく行き渡らなかったんだ。過去に長期間、高熱を出した事はなかったか?」
「は、はい。確かに六歳の時に高熱を出して一週間以上寝込んだ事があります・・・」
「やっぱりか。俺も子供の頃、同じ症状で倒れた事があるが、この病に掛かると体内の魔力がまともに循環しなくなる。大抵、高熱に堪えきれずに死んでしまうが、運良く生き残ったとしても乱れた魔力のせいで行動が阻害され、より多くの体力を使う為に疲れやすくなったり、成長不全になる」
「・・・ヴィルムさんはちゃんと成長してるみたいですが?」
「この病は後遺症も含めて治療可能だ。外部から魔力を流し込み、本来の循環経路を再生してやればいい。俺の場合は精霊が治療してくれたよ。皆には感謝してもしきれない」
説明を聞いていたクーナリアの頭にふとした考えが浮かぶ。
「ヴィルムさん、今日、目が覚めてからすごく体調がいいんですが、もしかして・・・?」
「あぁ、魔力の循環経路には治療を施した。完治にはまだ時間がかかるが、以前の様にちょっと動いただけで疲れるって事はないだろうよ」
「!? あ、ありがとうございます!」
成長しにくく、疲れやすい身体。
その事をずっと悩んできたクーナリアは、目に涙を浮かべながら感謝した。
彼女と行動を共にしてきたメルディナも嬉しそうに微笑んでいる。
クーナリアが落ち着いてきた所で、サティアから本題が切り出される。
彼女達のこれからについてだ。
『さて、貴女達がこれからどうしたいのかを聞かせて貰えますか? 希望通りにするとは言えませんが、出来る限り貴女達の希望に添える様に配慮しましょう』
「わ、私は、これからも冒険者としての活動を続けたいです。色んな場所を見て回ったり、知らない事を調べたりする事は、私にとって生き甲斐ですから・・・」
「私もメルちゃ・・・メルディナさんについて行きたいです。ヴィルムさんのおかげで体調もよくなりましたし、やっぱり友達ですから、別れたくありません」
『ワタシはメルディナの契約精霊だからね~!メルディナが行く所ならどこだろうと一緒に行くよ~!』
三人の希望を聞いたサティアは、目を閉じて頷くと、ヴィルムに声をかけた。
『ヴィルム=サーヴァンティル』
「はっ!」
サティアに名前を呼ばれたヴィルムは即座に返事し、姿勢を正す。
『彼女達が信用出来る人柄である事はわかりました。彼女達の望みを叶えてあげたいと思いますが、彼女達だけで外界へ帰す訳にはいきません』
里の存在を知られる可能性がある以上、当然だろう。
『ヴィルム=サーヴァンティル。貴方にはメルディナ、クーナリア、ミゼリオと共に外界へ行き、彼女達への監視と護衛を命じます』
残念そうに俯く三人だったが、続くサティアの言葉に驚いて顔をあげる。
『そして必ず、生きて帰って来る事。いいですね?』
「はっ!ヴィルム=サーヴァンティル。サティア様の御下命、謹んでお受け致します!」
事前に知っていたのであろうか、ヴィルムや精霊達に動揺はない。
・・・命令を下したサティアがぷるぷる震えている様な気もするが気のせいだろう。
「出立の準備に取り掛かりますので、ここで失礼させて頂きます」
そう言って踵を返したヴィルムは、メルディナ達の前で足を止める。
「出発は明日の朝だ。必要な物があったら言ってくれ。里や森で調達出来る物なら用意しておく」
驚きのあまり茫然としていた三人だが、その言葉に意識を取り戻し、ヴィルムに続いてその場を後にした。
* * * * * * * * * * * * * * *
ヴィルム達が解散した後、残っていたのは、サティアとその側付きであるジェニーとミーニ。
目を閉じ、何かを真剣に考え込んでいるサティア━━━
〝うりゅりゅ〟
━━━の目に、みるみる涙が溜まっていく。
『うわぁぁぁん!ジェニー!ミーニ!ヴィルくんが行っちゃうよぉ!』
『おぉおぉ落ち着いて下さいサティア様!』
『そうですよぉ、昨日、ちゃんと話し合った事じゃないですかぁ』
ジェニーとミーニが必死に宥めるが、あまり効果は見られない。
『そんな事言ったって、寂しいものは寂しいのよぉぉぉ!』
我が子が旅立つ悲しみから、叫び声をあげるサティアだった。
内心、一番動揺していたのはサティアだったと思います。
ヴィルムは、ヒノリやラディアは喚び出せますが、サティアは里のトップである以上、喚び出せませんからね。