崎森町の夜は長い
某県北部にある崎森町は、町名の由来になっている由緒正しい崎森神社を観光名所にとする以外はどこにでもある田舎の町である。
交通の便だけはよく、車さえあればすぐに他の街へ行く事が出来る。
だから車やバイクが使えない学生からすれば陸の監獄のようにも思える何もない町で、卒業と同時に他の都市へ進学やら就職して出ていくのがほとんどだった。
唯一町に残るのは崎森神社に関わりがある家の跡取りくらい。
その一人、一条勇馬はある目的の為に夜の散歩をしていた。
時刻は間もなく日付が変わろうかという真夜中。街灯もない町と山の境目のような農道を懐中電灯片手に一人歩いている。
コンクリートで舗装されたその道は、田植えの時期だからか泥で汚れていた。
空は曇っていたが、雨は昼間から降っていなかったからとっくに乾いていてもおかしくないのに、歩くたびにぐちゃぐちゃと音を立てる。
目的もなく歩いているように見えた一条勇馬だったが、ある小さな石碑の前で足を止めた。
何らかの由来を書いてあったであろうそれは、雨風にさらされ今はもう読むことは出来ない。
よく見るとところどころヒビが入り、そして何故か血のように泥が流れている。
『……サキモリノ シモベカ……』
石碑からしわがれた声がする。
それに合わせるかのように石碑のヒビがさらに増え、流れ出る泥が勢いを増していく。
泥は石碑を中心として円を描くように広がっていく。
泥は沸騰しているかのようにコポコポと音を立ててて、夜の闇よりさらに暗い何かを噴き出している。
「……封印が解けたか」
呟きながら一条勇馬は懐中電灯の明かりを消して、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
スマートフォンが主流となった今では懐かしいガラケーと言われるタイプの物だ。
二つ折りタイプのそれを片手で操作して、どこかに電話を掛ける。
『……イマイマシイ サキモリ……』
石碑から聞こえてくる声が先ほどより大きくなった。
そして、泥の流れが止まり、ヒビがさらに増える。
石碑を囲む流れ出た泥はさらに勢いをまして泡が出来ては弾けて、何かを噴き出す。
『サキモリノ シモベ……キサマヲ コロス……ソシテ フタタビ ソトヘ……!』
石碑からの声が徐々に大きくなる。
そして、声に合わせるかのようにヒビが増える。泥から噴き出す何かは次第に固まり、人のような形をとっていく。
「あぁ、予想通りの展開だ。準備を頼む」
それを見つめながら、一条勇馬は電話の相手に何かを依頼する。
相手から了承の返事が聞こえてきたその時。
石碑が砕け、欠片が一条勇馬を襲う。
『コレデ コレデ! フタタビ ソトへ!!』
「出すわけないだろうが。阿呆め」
石碑の欠片は一条勇馬に届く前に彼が掲げた携帯電話から溢れる光によって砕けてしまう。
光は文字のような形を取りながら一条勇馬の周りを円を描くように囲んでいく。
『サキモリノ ノリトカ?! ミコガ イナイノニ ナゼ!!』
「昔と違って、今は便利になったんだよ」
円となった光の文字は一条勇馬の周りをぐるぐると回る。
携帯電話を閉じて、徐々に加速していく光の文字に触れながら、一条勇馬は不敵に笑う。
そして、叫ぶ。
「変身!!!!」
光の文字、崎森の祝詞は一条勇馬の手を伝い、体を覆う。
全身が光に包まれた瞬間に弾けて消える。
そこには特殊なスーツを纏った変身ヒーローが立っていた。
顔も隠れて見えないが、間違いなく一条勇馬だった。
「さぁ、古の化け物。もう一度眠らせてやるぜ」
風呂入っている時に、ふっとネタが浮かんだので書きました。




