Episode:32
「その、すまない。タシュアはいつも……ああなんだ。このあいだのことも、悪気があったとか、そういうのじゃなくて……」
「――はい」
今ならあたしにも、分かる。タシュア先輩は冷酷とかじゃなくて、人と距離を置くだけなのだと。
「良かったら……もう少し、食べないか?」
「あ、はい」
シルファ先輩に言われて、食べかけたままになっていたケーキに手をつける。オレンジの味と香りが、爽やかだった。
「――おいしい」
「そうか、よかった」
先輩の嬉しそうな顔に、あたしも微笑む。
「もっと、食べるか?」
「いいん……ですか?」
「ああ。そのために、作ったのだし」
こんどは二人で並んで、ケーキとクッキーを口に運ぶ。どれもお店で買ったみたいにおいしかった。
そうしてどのくらい、仲よく食べていただろう? とつぜん何かのアラームが鳴って、持っていたクッキーを落としそうになる。
「あ、驚かしてしまったな。その……当番、なんだ」
「え、先輩、それじゃ早く……」
学院の当番は減点対象だから、忘れると大変だ。
急いで片付けながら、シルファ先輩が立ち上がる。
「タシュアのこと――すまなかった」
「いいえ」
先輩の言葉に首を振る。謝ってもらう必要は、ない。
「そうか。その、また、来るから」
「はい」
シルファ先輩の姿がドアの向こうに消えたのを確かめて、あたしは枕元の引出しから、一通の手紙を取り出した。
倒れる直前にファクトリーに問い合わせた、タシュア先輩の素性が、今ごろになって返ってきたのだ。
わざわざ手紙で寄越したのは、監視されてることを考慮したんだろう。手紙は時間がかかるけど、そのぶん安全だ。
封を切る。
――タシュア=リュウローン。性別男性、年齢及び生年月日不祥。
その他、かなり細かいことが書いてある。
それをあたしは、破り捨てた。
◇あとがき◇
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
明日より第7作、「立ち上がる意思」の連載に入ります。今までと同じく、夜8時過ぎの更新です。
明日は筆者サイト、小説家になろう/読もう内での検索、既存作よりのリンク等から、新作へお願いします