Episode:29
「お見舞いとは、ずいぶん甘いですね、シルファは。そんなに甘やかして、どうするのです」
案の定、彼の毒舌が始まる。
「あのままじゃ、可哀想だろう」
「元を正せば、ルーフェイアのほうが悪いのですよ」
「だからお見舞いが、ダメなのか?」
「そうは言っていないでしょう」
まだタシュアの毒舌は続いていたが、どうせ言い合いではかなわないから、口をつぐむ。だいいち彼も口では言うが、ここでケーキを放り出して帰ったりはしない。
それよりも、ムアカ先生が入れてくれるかどうかが、よほど心配だった。
そっと診療所のドアを開ける。
「あの……」
「どうしたの? ケガでもした?」
言いながら顔を出した先生が、驚いた。
何をしに来たのかは、私たちの様子を見てすぐに分かっただろう。けれどそれをさせていいのか、考えているふうだった。
「困ったわね、気持ちは分かるのだけど……」
先生が言いたいことは、私にも分かる。
確かに上手くいけばいいが、かえって事態が悪くなる可能性も高い。かといって、このままにも出来ない。
「そうですか、では私はこれで」
「ダメだ!」
先生の様子を見て、さっさと帰ろうとしたタシュアを、強引に引き止める。何とかしなければならないし、それをやれるのは、今だけでたぶん私だけだ。
上手く言葉が出てこなくて、それでも言いたくて、ムアカ先生のほうを見る。
「――分かった。シルファ、あなたに任せるわ」
「すみません」
どうにか許可をもらって、おそるおそる奥の病室へ入る。
気配を感じたのだろう、あの金髪の子がこちらを向いた。だが私のことは覚えていないようで、誰だろう、という表情を見せる。
「具合は……どうだ?」
声をかけながら近づくと、この子の顔に怯えが走った。私の後ろのタシュアに、気づいたのだろう。
「心配しなくていい、大丈夫だ」
あの時と同じ表情に、思わず走りよって抱きよせた。
「大丈夫だから……」
小さく震える少女を、強く抱きしめて頭を撫でる。
こんなこと、あってほしくない。
ここは、安全でなければいけない場所だ。
だから……。