Episode:27
◇Sylpha
大き目のドーナツ状の型から、いい匂いが立ち上っている。砂糖と、オレンジの匂いだ。
きちんと冷めたのを確かめてから、型に沿ってナイフを入れると、高さのあるドーナツ型のケーキが現れた。それを三段に切り分けて、一番上を型に戻す。
これとは別に途中まで作っておいた、オレンジのムースをその上に入れ、真ん中の段を戻し、またムースを重ね、最後に三段重ねになった。
あとは冷やして、飾り付けるだけだ。
――食べられると、いいんだが。
この新作のケーキは、あの金髪の子に持っていくつもりだった。
なんというか、あのまま放っておけない。
気になってあとから、いろいろあの一緒にいた少年に聞いてみたのだが……どうもタシュアのやったことが、クリティカルヒットしたようだった。偶然いろいろな条件が重なって、精神的に追い詰めてしまったらしい。
タシュアに悪気はない。彼はいつもああだし、あれでもいちおう筋は通っている。
あの少女が追いかけられたというのも、元をただせば無防備さゆえだ。図書室の件も理屈だけなら、あの子のほうが不用意だったと言うべきだろう。
だがそうだとしても、私には少しだけ、やりすぎなように思えた。どれも小さい子にはありがちなことだし、その場で柔らかく教える方法だってある。
まぁそれをやるようでは、タシュアではないのだが……。
ともかくこのままにしておいたら、あの子はいずれ、ここに居られなくなるだろう。それがいちばん、私には苦しかった。
私は生まれてすぐ両親が亡くなり、親戚じゅうを次々とたらい回しにされた。どこへ行っても居場所はなくて、いつも息をひそめて隅に居た。
目立たないように。見つからないように。追い出されないように。
だからこの学院へ来たとき、心のどこかでほっとしたのだ。やっと自分の居ていい場所が見つかった、と。
金髪の子のことは、詳しくは知らない。だがやはり何か事情があってここへ来て、やっと落ち着いたらしいことは分かる。だから、他人事に思えなかった。
あの、おびえきった表情が忘れられない。
たしかにシエラはふつうの学校と違って、それなりの危険も厳しさもある。だが、あんなふうにおびえる場所ではないはずだ。少なくとも私は、ここへ来て初めて、居場所を見つけた。
だからあの子にも笑顔はムリでも、せめて落ち着いてここで過ごしてほしいと思う。
ただあの金髪の子は、あまり具合がよくないらしかった。そうでなくても弱っていたのに、まだ冷たい海に落ちたのがまずかったらしい。高熱が続いて診療所に入院したままだと、同じクラスのディオンヌが教えてくれた。
――このケーキで少しでも、元気になってくれるといいのだが。
そう思いながら、冷やす間に片づけをし、簡単なクッキーを焼き、飾りつけ用の道具や材料も揃える。