Episode:26
「ともかく学院に戻りましょう。二人とも、そこの荷物をお願いします」
連絡船にかけあって臨時で本島まで行ってもらい、ルーフェイアを診療所へ引き渡した時には、すでに陽は傾きかけていた。
ちなみにタシュアとイマドの二人がムアカ――この若い女医は意外にも、こういうことだと厳しい――にこっぴどく怒られたのは、言うまでもない。
もっともイマドはともかく、タシュアはこたえた様子などまったくなかったが。
「やれやれ、とんだ騒ぎでしたね」
まるで無関係のことに巻き込まれたといわんばかりのタシュアに、ついにイマドは噛み付いた。
「――もとをただせば、先輩のせいですよ!」
「どういう意味です」
問われて、少年はことの顛末を話し始める。
野外実習の時のこと、その晩寮で倒れたこと、そしてとうとう食べるものさえ、吐いて受け付けなくなってしまったこと……。
だが、タシュアは平然と返した。
「それがどうして、私のせいになるのです?」
正直な話、心外でしかなかった。タシュアにしてみれば、ことさら何かをしたつもりはない。たしかにルーフェイアを追いかけたり、背後を取ったりしてみたが、目の前にそういう状態で居たから、というだけの話だ。
何がそんなに彼女を怖がらせ、あそこまでにしたのか、まったく理解できない。
ただタシュアにも、少女が精神的に危険な状態にあるのは分かった。その辺から推測するに、こちらの何かに対して恐怖を抱き、過剰反応したようだ。
(それにしても、予想外でしたね)
シュマー家のグレイス姓を名乗るルーフェイアが、まさかこれほど脆いとは思わなかった。シュマーの名に、惑わされたのかもしれない。
後輩がさらに続ける。
「先輩なら、あいつがなんでここへ来たか、分かるんじゃないです?」
その言葉に、タシュアは思う。
(私だけ、でしょうね)
あの場所に何があるのか知っているのは、ここの生徒では、自分とルーフェイアの二人だけだろう。
忘れたくても忘れられない、忘れるわけにいかないものしか、あそこにはない。
「だからせめて今くらい、そっとしといてやってください」
なおも何か言おうとする後輩との間に、シルファが割って入った。
「イマド……だったか? あとは私が、よく言っておくから。だから、あの子のところへ……行っては、どうだろう?」
シルファの提案に、まだ言い足りなさそうだったが、イマドは軽く頭を下げて去った。やはりルーフェイアのことが、気になるのだろう。
彼が行ったのを見届けて、シルファが口を開いた。
「まったく。だから言ってるだろう、いつも言いすぎだと」
「ふつうはあの程度で、あんなふうになったりしませんよ。脆いにしても度が過ぎます」
タシュアが即座に言い返す。
もっともシルファは慣れっこで、さして気にする様子はなかった。
「だがああいう子が居ても、おかしくないだろう? いろいろなのだし」
「確かにそうですがね」
そうは言っても、それで引き下がる彼でもない。
「あとできちんと謝ったほうが、いいんじゃないか?」
「事実を指摘しただけで、謝るようなことはしていませんが」
やれやれ、という顔でシルファが軽くため息をつく。
「ともかく、その……ケリだけは、つけたらどうだ? あれではタシュアの顔を見るたび、また同じことになると思う」
「ですから、どこに付けるケリなどあると言うのです?」
なおも言い切るタシュアに、こんどこそシルファが諦めのため息をついた。