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五話 「鋼鉄の肉体」

ギリギリ……間に合った……!

「……これは、どういう状況だ?」


 街に辿り着いたときは、既に夜中になっていた。開口一番レイフが言葉を発する。

 街の姿は、さっきとは打って変わり、酷い惨状に変わっていた。先程まで建っていた露店の多くは強風によって吹き飛び、見る影もない。堅牢な作りの建物も被害は少なくない。壁には穴が空き、筒抜けだ。

 また、街のところどころには、強風の影響で傷を負った人間が、ちらほらと見えた。

 大惨事という言葉が似合っていた。


「一体、どうしたんだ。これは」

「……災厄の魔獣が解き放たれ、各島に飛び立ちました」


 レイフの疑問に答えたのは、青神アクエリアであった。突如現れた水が人の姿を為し、やがてそれは青神となった。

 青神はレイフの姿を見て一瞬動きを止める。だが、すぐにかぶりを振ると、再度レイフを見た。


「私以外の色神は、自身の領地に戻りました。私も、すぐに戻らなければなりません」

「…………あの」


 レイフが口を開いた瞬間だった。

 青神は、レイフの口元に指を当てる。そのまま自分の額に持っていき、目を瞑った。そして、悟ったような顔で、レイフを見る。


「……アカガミが死んだのですね。そして、貴方がその権能を受け継いだ、と」

「……! なんで、それを」

「これも、神の権能の一つなのです」

「権能……」


 呟いたレイフに、青神は核心をつくような一言を発した。


「貴方は……まだ、赤神の権能の使い方が分からないようですね」

「……はい」


 図星だった。

 レイフが答える。なるがままに発動はしたが、レイフには未だに、鋼体の使い方が分からなかった。

 ふむ、と少し考える青神。しばしの思考の末、青神はレイフに問う。


「レイフ、その力を、使う気はありますか?」

「……それはつまり」


 あの魔獣と、戦うということ。先程のアカガミが死んだ瞬間を思い出す。

 圧倒的な力。自分よりも大きな、それもかつて世界を脅かした存在の一つ。自分のような存在に、それと戦うことが出来るか。

 そんなもの、即答できるはずがない。


「単刀直入に聞きます。貴方は、このまま魔獣と戦う気はありますか?」

「……わかりません」


 レイフは悩む。彼の心は、二つの思いで揺れていた。

 狼猿(ローウェン)は許せない。アカガミを殺したあの魔獣を、レイフは今すぐにでも倒したい。だが、それ以上に。


「……俺は、正直戦うことが、怖い。だから、その質問には、まだ答えられません」


 レイフの身体が震える。表情は青ざめ、足がすくむ。恐怖していた。彼は、目の前でアカガミが死んだことによって、恐怖を覚えてしまったのだ。

 だから、彼は彼女の問いに即答できない。

 怯えたレイフを見て、寂しそうな表情で、レイフを見る青神。

 ふぅ、と息を吐き、彼女はレイフに告げた。


「一晩、時間を上げます。それまでに、決めておきなさい」

「……わかり、ました」


 歯切れの悪い言葉で、レイフは答える。


「私はこれから街の復興の支援をしてきます。ルカ、今日は彼と一緒にいなさい。貴方も、彼とするべきことがあるでしょう」

「……はい」


 頷くルカ。そのままルカは、自然な笑みを浮かべ、レイフに手を差し伸べた。


「レイフ、ちょっと、もう一回森に行こう?」

「何を、するんだ?」

「一応、鋼体(それ)の使い方くらいは、知っておくべきだと思うの」

「……あぁ、わかった」


 レイフは、重い表情で頷き、歩き出した。


 ルカと二人で、森を歩く。空気が重い。沈黙が続く。交わすべき言葉もなく、話すべきこともなく。ただただ、歩いた。

 出来るだけ、奥に。二人は、人に見つからない場所を探す。やがて、広く動きやすく、それでいて見つかりにくい場所を見つけた二人は、そこで歩みを止めた。


「それじゃあ、改めて鋼体について説明するね」

「……ああ」

「赤神の権能、鋼体。本来は自由に身体を硬質化する能力なの。他にも、筋力が上がったり、足が速くなったり、身体能力が非常に高くなるんだけど……」

「鋼体が強いのは、まあわかった。だが俺には使い方が分からない。ルカは、何か知ってるか?」

「うーん、私は知らないけど……大抵人はピンチになると、何でも出来るんだよ。だからね」


 ルカは真剣な表情で、腰の鞘から刀を抜く。

 レイフは驚いた表情で、ルカから距離を取った。


「なっ、何してんだルカ!」

「実戦だよ。身体で覚えるの」

「実戦って……それ真剣だろ!当たり所が悪かったら死ぬんだぞ!」

「そうだよ、レイフ。どちらにせよ、貴方は狼猿と一度出会っているから、奴は貴方が逃げようとしたら、例え海を渡っても貴方を狙う。だから身を守るためにも、死ぬ気で覚えてもらうの」

「そんな、いきなり……うおっ」


 黒い刀が、レイフの首元を掠める。レイフはルカと距離を離すため、後ろに跳んだ。


「そんなんじゃ、魔獣と戦うにせよ、戦わないにせよ、ここで死んじゃうよ」

「なんだよ……それは!」


 ルカの攻撃を避け続けるレイフ。飛び退き、しゃがみ、時折足払いを掛け、レイフはルカを遠ざけた。権能の力か、いつもよりレイフの動きが良い。

 今はまだ何とか、ルカの攻撃を避けることが出来た。


「どうしても戦えないって言うのなら……!」


 逃げ続けるレイフに痺れを切らしたルカは、レイフを見据えて手を前にかざす。


『青神アクエリアよ、私に力を。その美しき水の鎖を用いて、敵の動きを封じ込めたまえ』


 呪文を唱え、奇跡を紡ぐ。だが、これは魔法ではない。魔力を用いない、一日に数回使うことが出来る、魔法に似たもう一つの奇跡の形。

 ルカの能力であった。


「発動せよ、水鎖(アクアバインド)!」

「ぐおっ!?」


 避けるレイフの身体に、水の鎖が襲い掛かる。

 ルカの能力、『水の眷属』。青神アクエリアより賜ったその力は、水を召喚し、自在に操作することが可能だった。

 彼女は水を召喚し、その能力によって、水を鎖状に変化させたのだ。


「こんなの……避けきれる訳が――!」


 やがて、レイフの逃げ場を失くすように、水鎖が取り囲む。

 完全に包囲されたレイフは、そのまま鎖に動きを封じ込められる。


「……レイフ、こんなことは、言いたくなかったけど」

「……なんだよ」

「あんな魔獣に貴方が食い殺されるくらいだったら、私が先に貴方を殺す」

「――! なんだよ……それ」


 無茶苦茶だと、レイフは思った。しかし、死を与える刃は、止まることなくレイフに迫る。水鎖によって動きを封じられたレイフには、避ける手段がない。


「クソ……避けられない」


 レイフは、静かに怒っていた。魔獣に食われるくらいだったら、ルカが自分を殺すと言ったことに。

確かに、このまま戦おうが逃げようが、狼猿には食われるかもしれない。

だが、それでも。


「こんなところで、死んでたまるか……!」


レイフに、死の一閃が迫る。

黒い刀は首元に吸い込まれるように斬り込まれる。

やがて、レイフの首を両断するという所で、鋼鉄の肉鎧に阻まれた。


「ウ……オオオオオオォォォォォ!」

「あっ!」


 レイフの首が、死の一閃を弾く。あらゆる物理攻撃を防ぐ、鋼鉄の守りを発揮し、死に抗った。

 レイフの髪が、赤く染まった。狼猿と対峙したあの時のように鮮血のように鮮やかに。赤く、赤く、染まった。

 次いで、レイフは力任せに自身の身体を縛る鎖を、易々と砕いた。砕かれた水の鎖は、形を保つことが出来ずに消滅する。


「ハァ……! ハァ……!」


 心臓が高鳴る。神の権能を発動したレイフの身体は、その変化に適応する。


「ハァ……、ハァ……」

「……レイフ、こんなにあっさり使えるようになるなんて……」

「……あ?あれ、また髪が……」


 髪が赤く染まっていることに気付くレイフ。しばらくポカンとしていたが、ようやく、権能の使い方を理解した。


「……そうか! 怒ると発動するのか!」

「うん。そう、みたいだね」


 ルカが刀を収め、レイフに近付く。次いで、ルカは頭を深く下げた。


「ごめんねレイフ。いきなり、斬りかかっちゃって」

「ん? 別にいいよ。荒療治だけど、両方生きてるからな」

「でも……」


 何か言いたそうなルカに近付き、レイフは彼女の頭を撫でた。

 うぅ、と恥ずかしがるルカ。彼女は少しの間撫でられると、顔を真っ赤に染めて、レイフから離れた。


「あうぅ……そ、それで! レイフは、どうするの? 戦う? それとも、逃げる?」

「……それは」


 正直、レイフはまだ決めかねていた。

 確かに、力の使い方は理解した。だが、未だに戦いを恐れている。ルカを逃がした時はあんなにも動けたのに、今のレイフの身体は鉛のように固くなってしまっていた。

 レイフが悩んでいると、茂みの奥が揺れた。注意深く観察すると、二人組の男がやってくる。

 それは、昼間の飲食店でルカに絡んでいた冒険者だった。


「あ、あぁ! いましたよ兄貴!」

「出たな、諸悪の根源! ちょっと、来やがれ!」

「ひゃっ、やめ、引っ張らないで!」

「なっ……ちょ、おい!」


 冒険者二人組は、レイフたちを見つけるなり、無理やり腕を引っ張り、街に向かった。

 レイフは、なんなんだと思いつつも、今暴れても仕方がないと判断し、黙って着いていくことにした。

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