四話 「赤の権能」
書いてました
「アカガミ! おい、しっかりしろ!」
魔獣に噛み砕かれたアカガミ。レイフは、心配した表情で様子を伺う。
だが、傷は深い。思い切り噛まれた上半身からは、血がダクダクと溢れていた。
恐らく長くはないと、なんとなくレイフは理解できた。
「レイフ……君、無事、か?」
そんな中、小さな笑みを浮かべ、レイフの心配をするアカガミ。
自分が致命傷を負っても他者のことを優先する。その姿を見て、民思いの善神だと、レイフは思った。同時に、何故庇ったのだと、怒り、そして悲しんだ。
「なんで、俺なんか庇ってるんだよ! お前、神なんだろ!? だったらもっと助けるべき人はいるだろ!俺なんて助けに来てんじゃねえよ!」
レイフは怒る。何故、という思いが胸の中を渦巻き、彼の心を荒立てる。
そんなレイフに対して、アカガミは。
「串肉」
「は……?お前、何言って」
「さっき、串肉、くれただろう?その、お礼さ」
「は……!?」
ほんの少し前、串肉を分けたことを思い出す。
たったそれだけ。串肉を分け、共に語らった。それだけで、レイフを助けに来たのだ。この赤神は。
「なんで……なんで、そんな」
「レイフ君、聞いて、くれ……私はこの先、長くは……ない……」
「ッ!」
本人の口から言われ、現実を突きつけられる。長くない、つまりそれは、死ぬということ。
「悪いんだけど、一つ、頼まれて、くれないか……?」
「たの……み……?」
「あぁ……これから先、魔獣たちは、世界に災厄をもたらすだろう。だが、私には、もう時間がない……だから」
レイフの手を、アカガミの大きい手が掴む。だが、その見た目に反し、掴む力は弱弱しく、そして冷たかった。
「私の代わりに、魔獣たちを、倒してくれ」
「なっ……! 俺に、出来るわけがない。そんな力、俺は持っていない!」
「だい……じょうぶだ、力は、私の力を使ってく、れ。私の権能、鋼体、を」
手を握る力が大きくなり、やがて、その手は、大きな赤い光を発する。
その瞬間、レイフの頭の中で、声が聞こえる。
『頼んだよ……レイフ君、私の代わりに、人々を守ってくれ』
声が聞こえた瞬間。
アカガミの身体は四散し、握っていた手が発していたものと同じ、赤い光を放つ。そのまま、赤い光は、レイフの胸に吸い込まれて、消えた。
「……あ、うわああああぁぁぁぁぁぁ!」
アカガミが死んだ。死体は残っていない。光となって、レイフの中に消えてしまった。
「くっ……うっ……」
「ふぅん……赤神が死んだか。まあ良い、少年よ。貴様も後を追うがいい」
レイフに、アカガミを殺した一撃が迫る。だが、レイフは避けない。何も考えられないというような無表情で、虚空を見つめる。
そのまま、魔獣の鋭利な歯が、レイフを砕――
「何っ!?」
けなかった。
レイフの身体が尋常ならざる硬度を発生させ、むしろ、噛み付いた魔獣の歯がへし折れたのだ。
レイフは、魔獣を見つめる。アカガミを殺した張本人、そう認識すると、途端にレイフの怒りが爆発した。
瞬間、異変が起こった。レイフの髪の色が赤く染まり、一瞬だけ、腕がアカガミのように太く、逞しくなった。
「ぐっ!」
魔獣は後ろに飛び退こうとしたが、常人ならざる速さから逃れることが出来ず――
「ガアァッ!」
「ぶおあぁぁ!」
レイフの拳を喰らい、背後にあった木に、叩き付けられた。
「くぅ……貴様……もしや、いや、そうか……赤神の権能を、鋼体を受け継いだな!?」
吠える魔獣。しかし、レイフには何もわからない。分かるのは、アカガミが死んだという事実のみ。
グルルと唸り、魔獣は遠のく。そして、今まで動かなかった猿の部分が動きだした。
「人間如きに使うのは癪だが……鋼体を持っている以上、止むを得まい」
キキキ、と猿の上半身が笑い、詠唱を開始する。
『キ、キキ……炎の祖ヨ、我ニ、火炎ノ弾丸、眼前ノ敵ヲ滅ボス炎ノ一撃ヲ……!』
魔法。言葉を紡ぐことによって完成する奇跡の形。その一つ、『火炎弾』の完成を、今か今かと、猿が待ちわびる。
だが、レイフは何も反応しない。全てを諦めたような、そんな表情をして、ただ呆然と立っていた。
魔法が発動する……その瞬間だった。
「火炎――」
「……ハァッ!」
「ギィ!?オ、オンナァ!?」
魔法が完成し、発動するまでの、ほんの一瞬。その一瞬を付き、黒髪の少女が突っ込んできた。
猿の片手が、少女の刀によって、胴体から切り離される。猿が怯んだことにより、魔法は失敗に終わる。
その少女は、黒髪であった。そして特徴的な、猫耳のフードを被っていた。
魔人の少女、ルカだ。先程の攻撃から回復し、レイフを追ってきたのだ。
「キキ、オイ!二人イルジャネエカ!撤退ダ!」
「仕方あるまい……そこの人間よ、勝敗は後日に持ち越しだ。我が名は狼猿!封印の洞窟で、貴様を待つ」
ローウェンと名乗った魔獣が、森の奥に逃げ去る。
戦いは終わった。だが、レイフの中には、無限に続く虚無しか残っていなかった。
そんな中、必死に追ってきたルカが、彼を正面から強く抱きしめた。
レイフは体重を支え切れず、倒れてしまう。
「良かった……レイフ、本当に……!良かった、良かったよぉ……」
涙を流すルカ。その涙が頬に当たり、ようやくレイフは、ルカの存在を認識した。
「あ……ルカ、生きてる……?」
「うん……うん……!二人とも……ちゃんと生きてるよ……!」
「あ……」
生きている。吐息を感じる。鼓動を感じる。温もりを感じる。
その時レイフは、ようやく自分が生きていることを自覚する。
「あ……俺、生きてるんだ……」
「うん……うん……」
レイフの胸で、泣き続けるルカ。その温もりを感じ、ようやくレイフは、生き延びたと実感するであった。
レイフは泣き続けるルカを見て、どうすればいいか悩みつつも、彼女の頭を、何度も何度も、撫で続けるのであった。
一時間後。二人は、未だに抱き合っていた。体温を確かめ合いながら、レイフは、ルカの頭を撫でた。
泣き止んだルカに、レイフは問いかける。
「……なあ、ルカ。お前、最初に駆け出して行っただろ。その時、変な男を見なかったか?」
「……見たけど、さっきの魔獣をけしかけて、どこかに逃げちゃった……」
「……そっか」
やはりルカは、あの男を見たようだった。続けてレイフは、話題を魔獣に移す。
「あの魔獣……ローウェン、だったか。あいつ、封印の洞窟って言ってたけど……この島にあるのか?」
「うん。この森の奥地に、世界の災厄を封じ込めた洞窟があるの……」
世界の災厄。災厄の魔獣を従え、世界を奪おうとした、諸悪の根源。
レイフは今すぐにでもローウェンを倒しに行きたかったが、今のボロボロな二人では勝ち目もない。
「なあ、アカガミが……」
「……うん、わかってる。死んだんだよね、レイフに能力を託して」
「……! なんで、それを」
「髪、見て」
鏡を手渡すルカ。恐る恐る確認すると、レイフの落ち着いた茶髪は、紅蓮のように燃え滾る赤色になっていた。
「これは……?何が、どうなって……?」
「……多分、頭の中で念じれば、すぐに戻ると思うよ。それは、権能を発動している状態だから」
頭の中で、戻れと念じるレイフ。すると、髪の色は今までの落ち着いた茶髪に戻る。
「……レイフ、落ち着いてよく聞いて。今貴方は、赤神そのものなの」
「どういうことだ、分かるように説明してくれ」
「つまり、赤神の権能が、レイフに宿ってるってこと」
「あいつの権能を、俺が……」
不思議な感覚だった。疲れはある。気怠さもある。
それでも、普段よりも体が軽く、そしていつもより視界がクリアになっているのだ。恐ろしいものだと、レイフは本能的に思った。
「それで、俺はどうすればいいんだ……?」
「分からないけど、まずは街に行きましょう。多分、リア様も待っているから」
「……分かった」
レイフは、ルカに引かれるように、ゆっくりと歩き始めた。