二話 「骸骨と串肉とアカガミ」
レイフ・レシペントは人間である。そして彼は、この世界で随一と言っていいほどに、色神についての知識がない。
彼は色神の統治しない島で生まれ、色神というものを知らずに育ち、色神がいない、人々に忘れられた島を旅してきた。
そのため、彼は色神という存在に無知であり、この世界を救ったと言われても、そうなのか程度の感想しか持てない。
故に、この島に来たのも、単なる観光であった。
ただ、気まぐれに、なんとなく。
ただ、この島が賑やかだったから。
ただ、この島が楽しそうだったから。
そんな適当な理由を付けて、彼はこの島を訪れた。
その選択が、彼のこれからの人生を大きく変えるとも知らずに……
ルカと別れてから半刻が過ぎたあたりだろうか。
パスレルの一番大きな広場で、彼は手ごろな椅子に座り、時間を潰していた。
そして、先程までは持っていなかった大量の串肉が入った袋を手に持ち、溜息をついていた。
きっかけは些細なことだ。
小腹のすいたレイフは、街を一人で歩き、何か良い物はないかと探していた。
中立都市パスレルは、偽りの都市とは言われつつも、祭りに訪れる人数は軽く一万を超える。
そのため観光客狙いで露店を開き、各地の名産品や名物の食べ物を売り出し、路銀を稼ぐ者も多い。
そんな中、レイフが訪れた露店は、不思議な店だった。そして、奇妙であった。
まず、奇妙なのはその店の立て看板だ。そこには大きく『焼き猪』と書いてあるだけだ。
普通の店ならば、何かしらメニューの一つでも書いてあるだろう。だが、その店はそれ以外に、何の情報も無かった。
特に奇妙な点は、店主そのものだ。
店主の男は、骸骨の面で顔を隠し、黙々と串肉を焼いていた。骸骨だ。顔を隠すだけなら別の面もあるだろうに、何故かその店主は骸骨の面を付けていた。
更には、ボロ布のようになった、小汚いマントを羽織っていた。
ある者は、その姿を見て死神だと言った。
ある者は、あの店の物を食ったら死ぬのではないか、とまで言った。それほどこの店は奇妙であった。
立て看板は良いとして、店主が変人-あれ-では、客も寄り付かない。このままでは、あの店は、何の売上も残せずに撤退することになるだろう。
しかし、その店主が変人であれば、レイフもまた変人であった。彼は、怖いもの知らずで、何より、見た目を気にしないのだ。
単身その店に入ったレイフは、その髑髏面の店主に声を掛けた。外から、驚きの声が上がる。
「この肉、何の肉だ?後、焼き猪ってなんだ」
単刀直入だった。しかし骸骨面は笑顔でその疑問に答えた。
「猪肉だよ。自家製の猪肉を串で焼いたもの、それが焼き猪さ。良かったら一本どうだい?」
片手で器用に焼きながら、ほいとレイフに串肉を渡す。レイフは、臆面も見せずに齧り付く。
「どうだい?」
「まあ、悪くないな。塩多めで、三十本くらいくれ」
「おっ、あんちゃん気前いいねえ、良かったら、タダで持って行ってくれ。うちの店に来てくれたのは、あんたが初めてだからな」
「いいのか?」
「おう。その代わり、ヴェインって島に着いたら、うちの店来てくれ。普段はそこで店構えてるんだ」
カチカチと髑髏面は笑う。その姿は、誰がどう見ても悪魔であった。
「覚えておくよ。それじゃあな」
そう言って、レイフは大量の串肉を貰い、髑髏面の店主と別れた。
異様な光景だった。
髑髏面の男と、人間の少年が、笑い合っているのだ。
カチカチとその髑髏面を震わせ、謎の肉を焼く店主と、それを大量に購入する少年。
このやり取りが、後に噂となり、更に客足は遠のくことになるのだが、そんなことをレイフが知る由もなかった。
「さて、この大量の串肉、どうしたものか」
レイフは、串肉の処理に悩んでいた。
かなり食べたが、それでも二十を超える串肉は、とてもじゃないが一人で食べきれる量ではない。
いっそルカがいれば……と考えるレイフであったが、別れたばかりだ。そうもすぐに会えるとは考えにくい。
一人でこの量を処理するのかと落ち込むレイフ。その姿を、仁王立ちで見つめる男が一人。
「…………」
「…………」
視線が交錯する。
第一印象は、ただただでかく、そして赤い。
2マートルを超えるであろう身長に、燃える炎のような赤の長髪。大男。
引き締まった両腕は丸太のように太く、鋼鉄の塊でさえも、あっさりと貫通するだろう。
冒険者、それもすぐにカッとなるタイプだと、レイフは予想した。
「あの……何か用か?」
「あぁ、良かったら、君の持ってるその肉、私に分けて貰えないかなって思ってね」
刺激しないように、声を掛けた。
だが、予想に反して聞こえてきた声は、気の良い青年のような、透き通った声であった。
「俺一人じゃちょっと手に負えなくてな。良かったら一緒に食べてくれ」
「おぉ、本当かい!」
大きな声で、子供のように喜ぶ赤髪の男。彼はレイフの隣に座り、串肉を頬張り始めた。
「あんた、名前は?」
「あぁ、私のなまへは、アカガミといふ」
「食ったまま喋んなよ……まあいいや、俺はレイフ」
「レイフ君か、よろしく頼む」
レイフに指摘され、肉を飲み込んだアカガミは、彼の手を握り、握手をする。
「君は、何のためにこの島に来たんだい?」
「何のため、か……まあ、端的に言えば、観光だな」
「観光って、色神を見に来たのかい?」
「いや、そもそも俺はここに来た時点では色神なんて知らなかった。良かったら、詳しく教えてくれないか?」
「ほうほう、色神を知らないと!ならばこのアカガミが、君に詳しく教えてあげましょう。この串肉のお礼にね!」
串肉を両手に持ちながら、高らかに叫ぶアカガミ。やれやれと首を振りつつも、レイフはアカガミの言葉に耳を傾けた。
「色神とは、かつてこの島と、この島を取り囲む七つの島を、世界の災厄から救った七人の勇者のことさ」
「さっきの、色神を見に来たのかって言葉から考えると、もしかして、まだ生きているのか?」
「ああ、色神には権能というものが備わっているからね。老衰はしないのさ」
まるで自分のことを話すかのように、楽しそうに語るアカガミ。
「権能ってなんだ?」
「あぁ、権能というのは。色神が持っている固有の力さ。君は、能力とか、魔法ってものを知っているかい?」
「まあ、一応は」
頭の中で、能力と魔法についての情報を引き出す。
能力とは、後天的に入手する異能の力で、一日の使用制限があるのだ。更に、その修得には多大な時間が必要で、修得しても使いこなせる者は一握り。
対する魔法は、自分と合う物であれば簡単に習得でき、扱うことが出来る。魔法は体内にある魔力と、空中に漂う魔素を詠唱によって形にすることで発動する。そのため、便利ではあるが、自分の魔力が枯渇しては使えないため、これもまた、一日の使用制限がある。
共通点は、使用回数に制限があるということ。こんなところだったはずだ、とレイフは頭の中でまとめた。
「能力や魔法と違って、権能は何度でも使うことが出来る強力な力でね。それを色神一人一人が持っているのさ」
「どんなのがあるんだ?」
「ふむ……ちょっと待ってくれ」
串肉を齧りながら、何かを思い出すような仕草を見せるアカガミ。
少しの間彼は目を瞑り、答えた。
「赤神の権能は、鋼体というものだ。皮膚を硬質化させ、物理攻撃に対する完全な耐性を得る。青神は、明鏡止水? だったかな。黄神は絡繰を自在に召喚する力で、他は……忘れた!」
「おい……」
「ははは、すまないね。私は赤神以外、あまり詳しくないんだ」
「自分と同じ髪色だからか?」
レイフが尋ねると、きょとんとした表情で見るアカガミ。
その後、にやりと笑い、アカガミは返答する。
「まあ、そんなところかな。さて、私はそろそろ行くよ」
含みのある言葉を残し、アカガミは立ち上がった。見ると、串肉を全て食べ終わっていた。
「ご馳走様。良かったら、後で舞台を見に来てくれ。もう少ししたら、第二部が始まるからさ」
「へぇ、出るのか。アシスタントか何かか?」
「それは来てみればわかるよ。じゃあ、また後で!」
人が出せる速度を超え、走り出すアカガミ。
レイフが瞬きした時には、その姿は粒のように小さくなっていた。
「さて、この残った鉄串は……まあ、洗えば投針-ピック-くらいにはなるかな……?」
片付けながら使い道を考えるレイフ。が、取り敢えず持っていこうと考え、串を袋に戻す。
そして、先程のアカガミの言葉が気になったレイフは、麻袋を肩に掛け、立ち上がった。
「あいつが何者か確かめるためにも、舞台、見にいくか」
彼は独り言を零しながら、舞台に向かって走り出した。